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年賀状をやっと書きえ終えたので、また頑張って続きを書きま~す
船は進む、右手には見渡す限りの大海原、左手には天高く連なる岸壁が何処までも続いている。
アヴァンディール王国の領海ぎりぎりまでを、藍色の髪が美しい人魚のルサールカが仕切る哨戒艇で護衛され、現在は魔族国の最東端を船で北上中だ。
大きな帆船だが、その実は巨大な魔導技術によって造られた魔導船である為、安定した航行で船酔いが少ない。
魔族国はこの中央大陸で最も広大な国だとは聞いていたが、一昼夜船を進めてもまだ辿り着かないその場所が、大陸北方地方の国々とノクスのちょうど中間地点だと聞いて納得した。
漸く着いた其処の場所は、高い岸壁に突如現れた巨大な大陸の割れ目だった。
巨大で高い岩壁に挟まれた渓谷の様なその場所を船は奥へと進む。その奥に現れたのはホールの様な広い空間。細い運河の奥に開けたホールの様なその場所は、高い岩壁に囲まれてポカリと空いた大陸の穴の様だ。
一行が乗船してきた以外にも、その空間には他に2隻の船があった。どうやらこの巨大なホールで先へ進むのを待つらしい。
高い壁に囲まれた空間の奥には、縦に割れた壁に挟まれた巨大な扉があった、壁の半分程度の高さの巨大な水門だ。その先には閉じられた扉で見ることが叶わないが更に続く水路があるのだろう。
すると突如ごうううううという音と共に、水門の下方に開いた空間から大量の水が流れ出す。ホールに流れ出した大量の水が多少船を揺らすが、広い空間に流れ出た水はすぐに元の凪いだそれとなった。
全ての水を吐き終えた水門が静かに上へスライドし、3隻の船が奥へと進むと再び静かに閉じ、奥には別の水門が行く手を阻む。2枚の巨大な扉に閉じられた空間に、3隻の船が空間の中央でピタリと停止した。
「嬢ちゃんがた。下を見てみな!!」
甲板に出て見学していた3人の若者が船の下の水面を見ると、何かの魔方陣らしきものがキラキラと光っていた。
「水の流れで船がぶつかったりしないように、これで固定しているのさ」
船員の説明が終えるのを待つように、奥の水門の下部が開き、大量の水が流れ出てくる。閉じられた空間に水が満たされると、先ほどよりも低くなった壁上の大地が見えた。船が更に奥へ進むと、先程と同様の水門が行く手を阻み、同様の手順を踏んで進んだ先は魔族国の地を潤す大河だった。
船が向かうったのは大河の中州につくられた、魔族国外交特区のひとつだ。
この特区を出るには大河を渡らねばならず、特区の出入りを許された人族であっても簡単には対岸へ渡ることが出来ない。
外交特区はこうした特殊な場所につくられ、大河や大地の割れ目、連なる山脈に阻まれた其処から他の地へは簡単に赴くことが出来ないようになっている。
中州の街へ到着すると、船を下りたところで細身の青年が出迎えた。
「ようこそ魔族国へ。私は皆様が滞在される間のお世話をさせていただくリュートと申します」
夢魔族だという青年の瞳は、虹色の珍しい虹彩だ。見る角度や明るさ、光源によって、明度や光彩が変化するという類いな美しい瞳だった。それを縁取る闇色の長い髪を後ろで編んで左肩に無造作に流している。
「忍だ、よろしく頼む。そこにいるのがマネージャー兼護衛のアルと、アルのアシスタントで護衛のコウ、五月蝿いピンク頭が雫、水色頭がセッカだ」
簡単な自己紹介を終えると、次に一行の足となるのが街に流れる運河を利用した小型船だ。屋形船の様なそれを過分に華美にした船が水路を進んで行く
薄桃色の髪をした小柄な少女が、キョロキョロと特区の街並みを好奇心を隠しきれない様子で見れば、一行の世話人というリュートが街の説明をしてくれた。
「シズク様。この中州の特区は、東西南北の大きな運河が街を分断しています。皆さんが着いた船着場は東区、今向かっているのは宿泊先のある北区です。中央には4街区とは別に街の主要機関や転移門があります。まあ、お役所街って所でしょうか?」
「……転移門?」
聞きなれない言葉だったのだろう、雫が首をかしげると、ゆるくウェーブした金糸の髪の魔術師アルが問いに答える。
「転移門は都市から都市、時には国を跨いで移動する魔導技術のひとつです。人族の国にも大きな都市には設置されてますよ」
「へぇ……瞬間移動できるんだ。アル君の魔術でも出来るの?」
「個人の力量でどうにか出来るものではありません。転移の魔術式は複雑で難解ですから……何より、転移先の固定に失敗すれば、この空間から身体が消滅しますからね。膨大な時間と魔力があれば不可能ではないですが、したくはないですね~」
「はははっ…流石の魔術師様でも難しいですか。安定し、安全、確実に転移するための転移門ですから」
雫に難しい内容は理解できなかったが、双方の転移門があるからこそ、簡単に転移が出来るらしいという事は理解できた。1個人だけで転移を行うには、転移先の道しるべが不安定で難しいらしい。
「その転移門とやらを使ったら、他国にでも簡単に侵攻できるんじゃないのか?」
「いえ、転移先の認証がなければ転移できませんし、個人で転移門を転移先に出来ないよう、転移門は複雑な術式パスで護られてますから、悪用する事は出来ません」
黒衣を纏った忍という男の問いに、夢魔族の青年が答えた。
人族はすぐに戦の道具として悪用する道を見つけ出す。他の人族に問われたのであれば、夢魔族の青年も腹立たしく思ったのであろうが、黒衣に双黒の瞳を持った男にはそういった嫌らしい部分がない。男にとってはごく単純な疑問だったのだろう。それは、青年の答えを聞いて幾分か安心したような男の様子を見ても分かることだった。
どうやら東西南北の街区によって随分と街の様子も違うらしい。北区に差し掛かかると、豪奢で高い建築物が増えた。
一行の船が目的地であるホテルの専用船着場へ到着すると、雫があんぐりと口を開けて建物に見とれている。
「………は、はうすてんぼす?」
「まあ、造りは似てるなぁ。ヨーロッパの運河都市にありそうなホテルだ」
ほうっと美しい建物に感嘆する桃色頭を撫でると、忍は苦笑しながら「修学旅行だとでも思って楽しめ」と言った。初めて入国した魔族国にいささか緊張していた少女は、かつて行くことが出来なかったその場所に似たこの場所を楽しもうと、期待に踊る心を隠すように頷いた。
衣装などの大量な荷物を従業員が運び込むと、ひとまずは旅の疲れを癒すために部屋で一息つくことになった。
スィートルームに案内されると、その洗練された内装と豪華さに年若い3人は大はしゃぎで室内を見て回っている。
リビングを共有する3ベッドルーム、奥の2部屋はドアを一枚隔てただけのコネクティングルームになっているので、護衛するにも良いだろう。
「すごーい。おっきいお風呂があるのに、部屋にもシャワーとトイレ付き♪」
「隣のお部屋へ続いてますのね♪」
「ふ、ふかふかぁ~♪」
ダブルルームが2部屋、ツインルームが1部屋、リビングルームとバスルームは共有だが、各部屋に小さなシャワールームとトイレが完備されている。
「……賑やかしくて悪いな」
「いえ、お部屋にご満足いただけて何よりです」
リビングで打ち合わせする忍と世話役のリュートのすぐ傍では、バタバタと室内を行き来して黄色い声を上げる3人がはしゃいでいた。
「ねぇねぇ!忍兄ぃ部屋割りどーすんの?」
「………お兄ちゃんは只今打ち合わせ中。お前達で勝手に決めろよ」
「セッカ、雫おねー様と一緒が良いですわ♪」
「お、俺は?」
「んー、コウはアル君か忍兄と一緒♪」
「おねー様……ここはやはり、シノブおにー様と一緒ですわよね」
「え?じゃ、コウが忍兄に喰われるの決定?」
「し、忍が、お、俺を食うのか!?」
たじろぐ銀狼族の少年に、にまにまと笑顔で少年の首に腕をまわして囁く少女。
「コウが言ってる意味とは違うけど、食われちゃうんだよぉ~」
「大人の階段ですわ♪」
「すまん…本当っにすまん……」
「い、いえ………」
頭を抱えて謝罪する忍に、夢魔族の青年は紅顔して顔を背ける。意味は分かっているらしい。
「コウ君は私と一緒ですから大丈夫ですよ」
「あ、アルと?」
「シノブさんと一緒ではコウ君の貞操……げふんごふんっ。コウ君にはまだ早いかなぁ~と」
「こらアル!紛らわしい事言うなよ。俺は18歳未満は喰わんっ!!……いや、そうじゃなくて、お兄ちゃん打ち合わせ中だから」
「ごめん……シノブ。俺、五月蝿い?」
「あぁー、コウは悪くない……」
しゅんと、尻尾を耳を下げたコウを宥めてから、忍とアルとで強引に部屋割りを決定すると、一同が揃って広いリビングに集まり今後の打合せをする事になった。
ライブツアーの為に魔族国へ入国がかなったメンバーは最小限の為、その他スタッフは全て魔族国で準備することになる。その仲介役でもあるリュートが音響スタッフや衣装、メイク等を担当するスタッフ達と面通しする日程について説明する。
「音合せもしたいのだが……」
「そうですね。ルチーフェロ氏自ら演奏者の手配や諸々を行ってくださったので、問題ないとは思いますが、ライブ本番まで日もないことですし、いつでもメンバーを徴集できるように手配してあります」
バックバンドは著名な演奏家であるセスレシア・ルチーフェロこと、セスに一任してあるため問題はないが、メンバーとの相性などもあるだろうと直ぐに顔合わせをする事になった。
「忍兄ぃ……本番って、いつ?」
「あ?……3日後」
「みっ……って、特区ぶらり旅で街中散策したーい」
「あー窓から景色を楽しめ!!」
「ホテルに缶詰ぇぇ!?」
「いや、ライブ会場には行けるぞ」
「あー、DIVASの皆さん、ライブ会場はホテルの直ぐ隣でして、というかホテルの一部です。ですから、会場までは地下通路を利用していただいて警備も万全かと?」
「うそぉぉぉぉぉぉー」
あまりに急なライブ本番に向けて、楽しみにしていた特区街の散策もできないまま、一行は終日リハーサルに追われることになった。




