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これから出番が増える3人です

茶色いトレンチコートを着た品の良い風貌のその男は、タクシーからスーツケースを降ろすと、久しぶりに再会した姪を見つけて右手を振った。ガラガラと音を鳴らすスーツケースを苦労しながら引いて駆け寄ってくると、長い外国生活で身に着いたのか大仰なしぐさで再会に歓喜し姪の肩を抱き寄せた。


「すーちゃん、元気だった?」

「…叔父さん………家が……」

「うん。とりあえず、家へ帰ろう」


まる2日間余程神経が張り詰めていたのだろう、柔らかな雰囲気を持つ叔父の信慶(のぶちか)を前にして涙腺が緩んだ姪ははらりはらりと涙を溢す。

一見すると静かに佇む日本人形の様な姪の静は、周りには「しっかり者」「大和撫子」という印象を与えているが、実際には「寂しがり屋」で「甘え下手」、しかも独りが苦手なのに天の邪鬼で強がるのだ。

今回はありえない事態と状況で余程心細かったのだろう。姪がお付き合いしているという青年が、彼女を支えていてくれたからこそ電話口では憎まれ口を叩いていたが、実際に叔父の信慶に会って強気な仮面を取り外したようだった。



信慶の兄である嘉信(よしのぶ)は、とにかく全てを自分の思い通りに動かしたい・支配したいという、良い意味でも悪い意味でも傲慢な男である。

兄の嘉信が結婚に失敗し、子供達との関係がおかしくなった頃、実家の父と信慶が子供達の避難場所として兄妹を受け入れていた。その所為か、いまでも甥姪達は父である嘉信よりも、叔父である信慶に事あるごとに相談し、よく懐いていた。


「すーちゃん、独りで大変だったね」


兄弟であるはずの嘉信とは、容姿も性格も似ていない信慶だが、その声色は祖父に似て優しい。その懐かしい声に促され、静は叔父と共に一昨日に突如として消えた我が家へ向かった。



櫟木(いちき)のおじさん、お久しぶりです」


出迎えたてくれたのは、姪の静と付き合っているという甥の同級生だ。自宅の酒屋のロゴが入った箱バンが、自宅があったはずの敷地の前で停まっている。

家を失ってしまった姪は、彼氏である孝弘の家に泊まっているという事だった。

そこで信慶は2人の若者から驚く告白をされた。


「えっ!?すーちゃん結婚するの?叔父さん聞いてないよ」

「まだ、忍にしか言ってないもの。叔父さんには帰国した時に報告するつもりだったし」


年に1・2回、信慶は甥姪や、養い子である雫に会いに里帰り帰国している。その際に、報告して驚かせる予定だったのだと静が言った。

養い子の雫は自分が連れてきた赤子だ。独身の為、養子縁組が難しい信慶に代わり、兄夫婦の嘉信が雫と養子縁組し、信慶がその子を育てていた。


「そっかぁ、すーちゃんももうお嫁さんに行く歳なんだねぇ~って、うゎ~本当に家が無くなってる」

「叔父さん、あんまり驚いてなくない?」


外国人並のリアクションをする割には、どことなく芝居じみている。


「えぇ~驚いたよ。すーちゃんが孝弘君と結婚するんだもの。よくしーちゃんが許したなぁって。雫が結婚するなんて言ったら、僕は絶対許さないけどね」

「そっちじゃない!家が無くなってる方!!」

「いやぁー、俺も吃驚なんでけどね……生まれてくる我が子の為にもちゃんと籍入れたいし」

「えっ!?すーちゃん、おめでた??」

「違うっ!!出来てない……出来たと思ったけど、出来てなかった!!」


どうやら、そういう騒動があったらしい事が分かり、誤解ではあったが妊娠騒動をきっかけにして結婚を決めたという事だった。

姪の婚約者である孝弘君は甥の忍とよく似た体格で、背も高く確か喧嘩も強かったはずである。学生時代に甥と悪さをしては、祖父によく叱られていた。


アッシュカラーの短髪を無造作にセットし、Vネックの薄手ニットにブルゾンとデニムパンツとカジュアルな格好だが、30代になったばかりの大人の男としての魅力が見え隠れしている。

美人と評判の姪と並んでも、遜色がない異性というのは中々見つからないと思っていたが、なかなかどうして……お似合いじゃないか。あの気難しい甥の友人を長年していたのだから、悪い男ではないだろう。もしそうならば、妹達を大切にしている忍がどのような手を使っても阻止しているはずなのだから。


すっかり更地となった我が家の跡地を歩いてみる。車庫は無事だが、庭の途中から母屋が綺麗さっぱりと跡形もない。

信慶はコートを地に付けるようにしゃがみ込み、家があった筈の場所をぺたぺたと確認するように触った。


「うちの親父ももう歳なんで、俺が酒屋を継いでコンビニにする予定です。今やってるBARは弟にやっても良いし…しーちゃん、またバイトでバーテンしてくれないかなぁ?」


孝弘君が信慶の隣にしゃがみ、静との今後の人生設計の一部を語りだした。

そういえば、仕事をやめた直後の甥が、孝弘君が経営するBARでアルバイトしていたのだったか。


「孝弘くんのお父さんって、もう還暦だっけ?」

「いえいえ、もう63ですよ。うちは姉貴も嫁に出てて他に店継ぐの俺しかいなんで…」

「もうそんな歳だっけ?僕も50だからなぁ、白髪が増える訳だ」

「私はコンビニ手伝わないわよっ」


地面にしゃがんで会話する2人の後ろで、静が仁王立ちで宣言する。


「すーちゃんはお仕事続けて良いよ♪親父もコンビニ一緒にやるって言ってるし、バイトも使うから大丈夫。俺としては雫ちゃんがバイトで入ってくれると助かるから、早く帰って来て欲しいんだよねぇ」


どうやら、孝弘と忍とで引き篭もりがちな妹の社会復帰の為に、コンビニでのアルバイトを計画していたらしい。なるほど、どおりで最近になって兄妹でコンビニに買い物に行く回数が増えた訳だと静はひとり納得した。


「で?……さっきから叔父さんは何書いてるの?」


静が覗き込むと、叔父は外国語らしき文字と何かの公式らしきものを手帳に書いている。


「ん~、しーちゃんと雫がどこへ行ったのかなぁ~と思って」

「分かるんですか?」

「愛しい娘が何処へ行こうと、お父さんには分かるんです!!……たぶん」


むむむっと書き出した公式を睨みながら、少し自信なさげに言うと、腕を組んでその場にどかりと座り込む。

服が汚れるとかいう事は、全く気にしていない。信慶は何かに集中すると周りが見えなくなるほどのめり込む。仕事中でも寝食を忘れたように没頭する信慶の生活力のなさに、忍や静は家事能力が身に着いた。2人に甘やかされた雫にいたっては、信慶と同様に出来ない子になってしまったが。


「信慶おじさん。しーちゃんが一緒ですから、雫ちゃんは大丈夫ですよ」

「だよねぇ~。しーちゃんは本当にしっかりしてるから……色恋沙汰にはだらしないけど」


カリカリと青いインクが紙を埋め尽くし、ぺらりぺらり次頁へと侵食していく。

そのうち、静や孝弘の声も聞こえなくなり、真新しい紙へ紙へと思考を書き連ねていくと、ふと紙に影が差し思わずペンを止めて見上げる。


「叔父さん……とりあえず、1回コレ食べて休んで」


そういって差し出されたのは、温かい缶コーヒーとコンビニのサンドイッチ。

いつの間にか手にしているのは見慣れた手帳ではなく、新品の大学ノート。

おそらく、2人のどちらかがコンビニで買って来てくれたのだろうそれは、既に3冊目となっていた。

どのくらい集中していたのか?確かに腹が空いたと、受け取ったハムサンドを食べた。


「………孝弘君」

「はい、なんですか?」

「ノート……有難う」

「いえ、ホントに凄い集中力でしたね」

「ノート、あと5冊くらいよろしく」

「っ!!」


缶コーヒーをぐびっと一気に飲んで、またも信慶は思考の海へと沈んでいった。


「ごめん……孝くん。こうなったら梃子でも動かないから……」

「とりあえず、もう10冊くらい買ってくる。あと毛布か何か持ってくるわ」


これはもしかすると、信慶さんはあの見たことのない文字と何かの公式らしきモノを、夜通しでも書き続ける可能性があるぞ……。

着ていたブルゾンを静に羽織らせると、白い箱バンのエンジンをかけて、孝弘は大きく溜息をついた。






「すーちゃん………」


すっかり冷え切った静の身体を毛布に包み、店から持ってきたダンボールを潰してその上に座らせていた。

以前から変わり者のおじさんだとは思っていたが、実際の信慶は孝弘の想像を遥かに超えていた。あたりは暗くなり、手元が見えなくなって漸くと信慶の作業は終えたらしい。

孝弘に寄り掛かり、ウトウトしていた静を起こして車の鍵を渡す。静はその意図を読み取り、エンジンをかけると助手席に乗り込んだ。


「信慶おじさん……もう暗くなりましたから、一度帰りましょう」


そう言って気が付いた。

何処へ帰るというのか?

彼らが帰るはずの家は跡形もなく消えたのだ。


「とりあえず、しばらく俺のうちへ来て下さい。すーちゃんもいるし、親父達もそうしろと言ってますから」

「……………………………………」

「………………………おじさん?」


見えない手元をじっと見つめていた信慶が、ポツリと何事かを言ったが孝弘の耳には届かなかった。


「信慶おじさん?」

「―――っえ!……あ、ああ、ごめん。もう暗くなっちゃったんだねぇ」

「ええ、身体もすっかり冷えてますから、俺のうちへ行きましょう」


信慶の手を取って立ち上がらせて、その手の冷たさに驚いた。


「でも、もうちょっとなんだよ……もうちょっとでわかりそうなんだよ」

「はい、続きは明日。おじさんがうちに来てくれないと、すーちゃんが此処を離れないんですよ。風邪引かせたくないんで」


ずるい言い方だが、姪の身体を思えばこの変わり者の信慶も従わざるを得ないだろう。


「そうだね……ごめんね」

「いえ」


畳んであった後部シートを戻してスーツケースと一緒に信慶が車に乗り込んだところで、思いがけない事を告げられた。


「叔父さんね。明日、雫としーちゃんの所へ行くから」


2章に入って、初めて苗字が判明しました。

櫟木いちきさんご一家です。

櫟木 しーちゃん長男

櫟木 すーちゃん長女

櫟木 雫 次女(養女)

信慶のぶちか50歳 叔父

嘉信よしのぶ58歳 父


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