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ここは港湾管理局の分局にあたる、第2港の港湾分局事務所だ。
港湾局の職員達は、荒くれな海の男達を相手に仕事をしている。凄みを効かせながら、港使用の順番や各種雑多な手続き待ちの書類等、無理を通そうという者達を相手にしているのだ。多少の事でいちいちと脅えていては務まらない……はずだった。
「おい、面貸せ…三下ぁ」
襟首を掴みあげられた職員が顔を真っ青にしながら大量の汗を噴き出していた。
「だ、だだだだ駄目ですシノブさん!!落ち着いて」
「あ゛ぁぁぁ?てめぇ誰様に向って口きいてんだぁ?」
元ヤンスイッチオン。喧嘩上等、素手喧嘩でいつでも殺り合う準備は出来ている。ジャケットの背には夜露死苦の幻まで見えるようだ。
異国の男に締め上げられた職員は涙目。怒りモードで忍の迫力が増しているが、アルが見る限りではそれだけが原因ではない。忍から感じる魔力、そして圧倒されるような気迫(※黒いオーラともいう?)こちらの世界に来てから約1ヵ月、身体が魔力に慣れ体内の魔力回路も完成してる頃だろう。
精神感応系の魔術には、相手を魅了し虜にしたり、恐怖心をあたえ洗脳したりと様々ではあるが、どうも忍は無意識に魔力を使って効果の底上げをしているようだ。これを「フェロモン垂れ流し」と妹に公言されている忍が、そっちの方面で使う事を考えるとちょっと恐ろしい。元々の素養もあるのだろうが、これほど効果的に使えているが不思議なくらいだ。さしずめ目の前の状況は、街中で不良に絡まれた気の弱いリーマン?いや、キャバクラでありえない請求額をぼられ、ヤクザに内蔵売るかコンクリ詰めで海の底かの2択を迫られた状況だろうか??
「あの船は何だ?」
「ヒ…ヒィ…」
「シ、シノブさん落ち着いて」
「何処の誰が許可した。何商会の船だっつってんだ!ああ゛きいてんのかぁ?」
忍とアルは1番から3番港の捜索をする事になっていた。4から6番は港湾管理局を出た後で合流したシュルツ隊、7から12番はルサールカの部下達の担当だ。
1と3番港からは1隻ずつ既に出港許可証が出された船舶があり、ちょうど3番港の管理局へ向かっている途中にその一報は入った。
走るトイプードルとリードに引っ張られるように後を付いて行くバーン副隊長。以下メスブタとその後輩君は2番港の埠頭へ行き着いた。
2番港から出港許可が出た船はない、だが愛犬わさびが案内したのは2番港からはどこかの船舶が出港した直後だった。
即時にバーン副隊長から忍へ連絡が入り、それを聞いていたアルはルサールカへ出港の妨害を指示する為に連絡した。そして、幸いちょうど目の前を通りかかっていた2番港の港湾分局へ殴りこんだという訳だ。
「アルーッ!!」
「は、はい!!……ちょっと待って下さい今、え、ええ、ハイハイ、そうです。2番港から」
ついでとばかりに忍に怒鳴られながら、携帯電話口で先方とやり取りをしている。ペコペコ頭を下げながら通話している姿は、どこかで見たような懐かしいリアクションだ。思わず、日本人ですか?とさえ訪ねたいくらいに自然だ。
「シノブさん、哨戒艇は9番港から出港していた船を足止めしている最中です」
「チッ――――つかえねえなぁ」
「「「「すみませんっ」」」」
何故か職員一同と金髪の魔術師が一斉に頭を下げた。語尾に総長!!という幻聴が聞こえる。
「あ、ありました」
締め上げられている職員の同僚らしき人物が、震える手で書類を差し出した。
引っ手繰るように受け取り、そこに書かれているサインを確認する。
「ビンゴだ」
「………シノブさん」
書類にされていたサインは、ギルバルト・セルウス。
刹那、外へ向かって駆ける忍、ハッキリ言って、全力疾走する忍の姿は珍しい。
「あ、この許可を出した職員の身柄は確保しておいて下さいね。後ほど騎士隊を迎えにやりますから、もし逃がすような事があれば、職員一同連帯責任という事で処分させていただく事になりますよ」
アルは職員達にそう告げて、シュルツ隊長へ一報しておく。
警邏隊ではなく領主直轄の騎士隊が身柄を引受に来るというのは、今回の罪状が文書偽造程度では済まないという事だろう。罪を犯した職員はおそらく幾らかの賄賂を受け取って、虚偽申告や文書偽造などを融通していたのだろうが、今回ばかりは下手を打った。領主の怒りを買ったとすれば、通常より重い罪状を言い渡される可能性もある、魔石鉱山で一生強制労働ならば良し、人知れず消される事さえ脳裏をよぎるだろう。まあそれも極々一般的な貴族達が相手であればだが。
ただし、もしも雫の身に何かあれば間違いなく消される。あの兄が許すはずがなく、それをシャールは黙認するからだ。
アルは分局事務所を出て港へ駆けていく忍を追い掛けた。
一応はつい最近まで現役で魔窟潜りをしていたので、それなりに体力も脚力もある。だが、少しでも早く向かうため、魔力を体内にめぐらせる様にして使用し、筋力の底上げを図る。体内を巡る魔力が筋力を補助し、力強い足取りで地を駆る。ただし筋力には通常よりも負荷が掛かるので、翌日は筋肉痛に悩まされることになるが…。
風を斬るように疾走すると、視線の先の埠頭に忍達の姿を捉えた。だが船を横付けする岸壁にはその船の姿はない。
アルがそこへ着いたまさにその時、雫を乗せた船は湾外へ出ようとするところだった。




