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第5話 サザンセトに来なさいと言いたい金曜夜

 ドライブインの前で、誰かがぶつぶつとスマホに向かって話していた。


 四十代くらいの女性だろうか。片手にスマートフォンを持ち、もう片方の手で店のほうを指している。何かを撮影しているようにも見えるし、一人で誰かと口論しているようにも見える。


 直樹は、少しだけ歩幅を緩めた。


 最近、このドライブインでは何が起きてもおかしくない。ロケ地巡りの学生たち、轟音とともに現れた革ジャンの男たち、夜の歩道橋で倒れかけていた駅伝部の高校生。金曜夜のふれあいドライブインは、いつの間にか、直樹にとって普通の飲食店ではなくなっていた。


 とはいえ、店の前でスマホに向かって演説している人は、やはり少し怖い。


 「ハッピー、サンセット! サザンセット!」

 女性がスマホに向かって、大声を出している。


 目を合わせないようにして、直樹は店の中へ入った。


 カランコロン。


「いらっしゃい」


 歌子さんの声が、いつものように出迎えてくれる。


「こ、こんばんは」


 店内に入った直樹は、すぐに違和感に気づいた。


 いつもは地域の観光向けVTRか、昔の洋楽・邦楽のミュージックビデオや、スポーツ中継が静かに流れているモニターに、今日はアニメ調のキャラクターが映っていた。白と赤を基調にした和風の衣装を着た黒髪の女性キャラクターが立っている。背景には白壁の街並みと月、そして金魚の飾りが浮かんでいた。


 画面の中のキャラクターが、突然、こちらを指差すように手を伸ばした。


「忙しくて辛い? サザンセトに来なさい!」


 ショパンのノクターンらしきBGMとともに、何かのショート動画で見た覚えのある言葉を、いきなりハイテンションで喋り始めた。


「ここには静かな海、のどかな島、そして白壁の町並みが広がっている。ゆったりするには最高。しかも、パスポート不要! 取得率が決して高くない日本人にもぴったり!」


 直樹は、思わず足を止めた。


 間違いなく、最近SNSでよく流れてくる、東南アジア系VTuberのネタに影響を受けている。あまりにも安易で、あまりにも勢いだけだった。


 思わず、失笑してしまった。


 すると、カウンターに座っていたエミが、塩コーヒーのカップを持ったまま、こちらを見た。


「笑ったね」


「笑ってません」


「いや、今、完全に笑った」


「すみません。ちょっと、あまりにも勢いが」


「分かる」


 エミは小さく頷いた。


「私も最初、何を見せられているのか分からなかった」


 モニターの中のVTuberは、さらに畳みかけていた。


「東京で疲れた? 大阪で迷った? 京都で人混みに負けた? ならば、サザンセトに来なさい! 大畠駅で降りなさい! 橋を見なさい! でも、いきなり島へ押しかけすぎるのはやめなさい! そこは人の暮らしがあります!」


「最後だけ急にまともだな」


 直樹が呟く。


「そこが、この人の厄介なところなのよ」


 歌子さんが苦笑した。


「基本ふざけてるのに、時々ちゃんとしたことを言うの」


「この人、知り合いなんですか?」


「知り合いというか、まあ、常連というか、台風みたいな人というか」


 歌子さんが窓の外を指差す。


「さっき店の前で喋ってた人が、中の人」


「中の人って、言っていいんですか?」


「本人が自分で言ってるからいいのよ」


 そのとき、玄関のドアが勢いよく開いた。


 ガランゴロン、とチャイムが大きく揺れる。


「歌子さーん! 今のテイク、どうでした? ちょっと毒が弱かった気がするんですけど!」


 入ってきた女性は、すらっとしていた。短くまとめた髪に、日焼けした肌。Tシャツの上から薄いパーカーを羽織り、首には防水ケースに入ったスマートフォンを下げている。年齢は四十代くらいに見えたが、目だけは十代のようにきらきらしていた。


「毒は弱いくらいでちょうどいいの」


 歌子さんが答える。


「また観光協会の人に怒られるわよ」


「怒られるうちが花です。無視されたら終わりです」


「そういう問題じゃないのよ」


 女性は、直樹とエミに気づくと、ぱっと表情を明るくした。


「あ、新規の視聴者候補!」


「違います」


 エミが即答した。


「まだ何も言ってません」


「目が言ってました。あなたは今、『この人、面倒くさそう』と思いましたね」


「思いました」


「正直!」


 女性は嬉しそうに笑った。


「初めまして。サザンセト系非公認VTuber、月白ユイ、そして蜜柑ナナの中の人をやっています。名前は、表では秘密ということになってますが、地元ではだいたいバレています」


「一人二役なんですか?」


 直樹が聞いた。


「そうです。柳井側が月白ユイ。白壁、月、金魚ちょうちん、ちょっとお姉さん系。周防大島側が蜜柑ナナ。みかん、橋、海、元気系。どっちも私です」


 モニターの画面が切り替わった。


 今度は、オレンジ色の髪をツインテールにしたキャラクターが映っている。衣装にはみかんや波、大島大橋のような模様が入っていた。


「仕事に疲れた? 心が乾いた? 周防大島に来なさい! みかんを食べなさい! 海を見なさい! でも畑に勝手に入るのはやめなさい! それは普通に迷惑!」


「また最後だけまともだ」


 直樹は思わず言った。


「そうなのよ」


 歌子さんが頷く。


「ふざけてるのに、最後にちゃんと釘を刺すの」


「そこが大事なんです」


 女性は胸を張った。


「来てほしい。でも、壊してほしくない。楽しんでほしい。でも、地元の人の生活を軽く見てほしくない。観光PRは、そこを言わないとだめなんです」


 エミの表情が、少しだけ変わった。


 さっきまで呆れていた目が、少し真面目になる。


「それは、分かります」


「おっ、分かってくれますか」


「私はトラックで走ってるので。道が混むと困るし、勝手に停められると困るし、でも人が来ないと店も困るし。簡単じゃないですよね」


「そう! そうなんです!」


 女性は、エミの手を握りそうな勢いで近づいた。


「観光って、愛と迷惑の境界線なんですよ!」


「急に名言っぽいこと言わないでください」


 エミが身を引いた。


「名言は急に来るものです」


 女性は真顔で言った。


 直樹は、少し笑ってしまった。


「それで、月白さん……でいいんですか?」


「地元ではユイさんでもナナさんでも、中の人でも、自由に呼ばれてます。あ、でも本名は一応伏せてください。夢が壊れるので」


「今、自分でだいぶ壊してませんか」


「壊れた夢の破片で、次の動画を作るんです」


「強い」


 直樹は素直に感心した。


 女性はカウンター席に座ると、いつものようにメニューを開いた。どうやら本当に常連らしい。


「歌子さん、今日はみかんソースの夜パフェ、小さめで。あと、塩コーヒー」


「はいはい。フリーダイバーさんは、今日は海じゃなかったの?」


「午前中は潜ってました。午後は編集。夕方は観光協会の人に怒られ、夜はここで撮影です」


「忙しいですね」


 直樹が言う。


「フリーダイバーなんですか?」


「はい。本業はフリーダイバーです。息を止めて潜る人です。海の中では喋れないので、陸に上がると喋りすぎる傾向があります」


「それは職業病なんですか」


「たぶん性格です」


 エミが、少しだけ笑った。


「動画の収益も、そこそこあるんですか?」


「そこそこ、というほどではありません。遠征費の足しです。大会に出るにも、お金がかかりますから。あと、近海の調査をしているダイバーさんたちへの支援にも回しています」


「調査?」


 直樹が聞き返す。


 女性は、一瞬だけ表情を落ち着かせた。


「戦艦陸奥です」


 その名前が出た瞬間、店内の空気が少しだけ変わった。


「この海には、きれいな景色だけじゃなくて、沈んでいる記憶があります。私は専門家ではないです。でも、潜る人間として、海の中にあるものを、『なかったこと』にはしたくないんです」


 エミは、窓の外を見た。


 暗くなった海は、店内からはほとんど見えない。でも、見えないからといって、そこに何もないわけではない。


「だから、ふざけた動画も作るけど、海の清掃もするし、調査に関わる人たちのことも伝えたい。日本中から、世界中から瀬戸内に来てほしい。でも、ただ、『映える海』としてだけ見てほしくはないんです」


 直樹は、モニターに映る明るい蜜柑ナナの姿と、目の前で静かに話す女性を見比べた。


 画面の中では、オレンジ色の少女が手を振っている。

 現実の彼女は、日焼けした腕に、小さな傷をいくつも残している。


 明るいキャラクターの向こう側に、現実の海と体がある。


「でも、毒を入れすぎて公式にはなれないんですよね」


 歌子さんが、パフェの器を置きながら言った。


「そうなんです」


 女性は、急に肩を落とした。


「観光協会の職員さんには、一目置いてもらっているんです。たぶん。いや、そう信じたい。でも、公式にするには危険すぎるって」


「まあ、さっきのパスポート取得率ネタとかね」


「現実を言っただけなのに」


「言い方よ」


「あと、たまに“サザンセト、車がないと意外と詰む”とか、“静かな海を求めて来た人が全員車で来たら静かじゃなくなる”とか言うから」


「それは公式にはしづらいですね」


 直樹が言うと、女性は嬉しそうに指を鳴らした。


「でも、本当でしょう?」


「本当ではあります」


「ほら!」


「ただ、公式が言うと角が立ちます」


「だから非公認が必要なんです」


 女性は得意げに胸を張った。


「公式は夢を見せる。非公認は、夢の下にある段差を指差す」


「危ない段差を?」


「そう。転ぶ前に」


 その言葉に、エミが小さく頷いた。


「それは、ちょっと分かります」


 先日、駅伝ガールの未来(みく)を助けた夜のことを思い出したのかもしれない。歩道橋の階段。足をつって動けなくなった少女。前へ進むことだけが正しいわけではないと知った金曜夜。


「ところで、のんのちゃんって知ってます?」


 女性が急に話題を変えた。


「上関の方の?」


 歌子さんが言う。


「そうです! 私は勝手に先輩だと思っています」


「勝手に?」


「はい。向こうはたぶん私のことを知らないか、知っていても見なかったことにしています。でも、ご当地キャラクター界では先輩です。私は勝手に背中を追っています」


「向こうに迷惑をかけない範囲でね」


「もちろんです。先輩に泥は塗れません」


 エミが呆れたように言った。


「勝手に慕って、勝手に背中を追って、勝手に責任を感じてるんですね」


「はい。地方の発信は、だいたい勝手な愛から始まります」


「迷惑な愛ですね」


「でも、ゼロよりはいいでしょう?」


 エミは少し考えた。


「ゼロよりは、いいかもしれません」


 その返事に、女性は満足そうに笑った。


「あと、私はいつかオルゴール職人になりたいんです」


「急に?」


 直樹が聞く。


「急ではありません。人生は、だいたい急に見えて、本人の中では長年の蓄積があります」


「それも名言っぽい」


「ありがとうございます」


 女性は、みかんソースのかかったパフェを一口食べた。


「柳井には、オルゴールに関わる施設もあるでしょう。小さな音を作る仕事って、いいなと思って。海の中では息を止める。動画では喋り続ける。でも、最後にやりたいのは、小さな音を残す仕事なのかもしれません」


「オルゴールって、いいですね」


 直樹は言った。


「大きな声じゃないのに、残りますよね」


「そうなんです。バズる音は大きい。でも、残る音は小さいこともある」


 女性は、少しだけ遠くを見る目をした。


 歌子さんが、ふと笑った。


「音といえば、このあたりは歌にも縁があるのよね」


「星野哲郎さんとか、松島詩子さんとかですか」


 直樹が言うと、歌子さんは嬉しそうに目を細めた。


「あら、直樹さん、勉強してるじゃない」


「この店に来るようになってから、少しだけ調べました」


「橋本勇夫さんのことも、忘れちゃいけないわね」


 女性が言う。


「そういう土地の名前や、人の名前を、ちゃんと次に渡したいんです。ただ観光地としてじゃなくて、人が生きて、歌って、書いて、泳いで、働いてきた場所として」


「だから、月白ユイと蜜柑ナナなんですか」


 直樹が聞いた。


「そうです。白壁と月。みかんと橋。分かりやすいでしょ」


「分かりやすすぎるくらいです」


「分かりやすさは入口です。深さは後から落とし穴として用意します」


「落とし穴なんですか」


「はい。観光PRの皮をかぶった郷土史の落とし穴です」


 エミが吹き出した。


「それ、公式になれない理由が分かります」


「でも、好きでしょう?」


「少しだけ」


「少しだけでも勝ちです」


 モニターの中では、月白ユイと蜜柑ナナが並んで表示されていた。黒髪の落ち着いたキャラクターと、オレンジ色の元気なキャラクター。一人二役なのに、まるで二つの地域が会話しているようにも見えた。


「柳井と周防大島って、近いけど違うんですよね」


 直樹が言った。


「橋で繋がっているけど、同じではない」


「そうです」


 女性は、真剣に頷いた。


「近いからこそ、雑に一括りにしてはいけないんです。サザンセトって便利な言葉だけど、その中にはそれぞれの暮らしがある。柳井には柳井の、周防大島には周防大島の、上関には上関の、平生には平生の時間がある」


 エミが、カップを置いた。


「でも、動画だと短くしないと見てもらえない」


「そうなんです!」


 女性は、待ってましたという顔をした。


「十五秒で言うには、全部を削らないといけない。でも、削りすぎると嘘になる。だから、私は毎回悩みます。悩んだ末に、“サザンセトに来なさい!”って叫ぶ」


「結局そこに戻るんですね」


「戻ります。強い言葉は、船の汽笛みたいなものです。まず気づいてもらわないと、誰も港に来ない」


 直樹は、その言葉を聞いて、少しだけ納得した。


 自分は、最近まで柳井も大畠も、ただの通過点だと思っていた。徳山から岩国へ帰る途中の駅。資格勉強から逃げ込むために降りた場所。けれど、この店に来るたびに、知らなかった風景が増えていく。


 花火の夜。

 鯛茶漬けの夜。

 駅伝の夜。

 そして今夜は、画面の中で動く二人のキャラクターと、海に潜る一人の女性。


 土地は、地図で見るよりずっと忙しい。


「エミさんは、どう思います?」


 女性が急に聞いた。


「私ですか」


「はい。トラックでこのあたりを走っていて、外から人が来ることについて」


 エミは、少し考えた。


「来てほしい気持ちはあります。お店も続いてほしいし、町も元気でいてほしい。でも、正直、怖さもあります」


「怖さ」


「はい。静かな場所だから来たいって言われて、その人たちが増えたら、静かじゃなくなる。海が綺麗だから来たいって言われて、ゴミが増えたら、綺麗じゃなくなる。道が良いからドライブしたいって言われて、無理な駐車や渋滞が増えたら、仕事で走る人が困る」


 エミは、少し照れたようにキャップのつばを触った。


「でも、来るなって言いたいわけじゃないんです。来るなら、ちゃんと見てほしい。写真に映らないところも含めて」


 女性は、黙って聞いていた。


 それから、深く頷いた。


「それ、次の動画で使っていいですか」


「だめです」


「即答!」


「私の言葉を勝手にバズらせないでください」


「では、趣旨だけ」


「趣旨だけなら……まあ」


「ありがとうございます。サザンセト交通・物流監修として」


「やめてください」


 直樹は笑った。


 歌子さんも、カウンターの向こうで肩を揺らしている。


 その夜、女性はドライブインの駐車場で、最後にもう一本だけ動画を撮ることにした。


 直樹とエミは、店内の窓からそれを見ていた。女性はスマートフォンをジンバルにセットし、月を背景に立つ。モニターには、月白ユイの姿が映っている。


「疲れた人へ。サザンセトに来なさい」


 今度の声は、さっきより少しだけ落ち着いていた。


「でも、急がなくていい。橋を渡る前に、橋の手前で止まってもいい。海を見るだけの日があってもいい。誰かの暮らしのそばを通る時は、少しだけ速度を落としなさい。写真を撮る前に、そこに人の時間があることを思い出しなさい」


 エミは、窓の向こうを見ながら言った。


「さっきより、いいですね」


「はい」


 直樹も頷いた。


「ちょっと、来たくなります」


「もう来てるけどね」


「確かに」


 女性は撮影を終えると、こちらに向かって大きく手を振った。

 それから、もう一台のスマホを取り出して、今度は蜜柑ナナの声を作る。


「みかん食べたい? 周防大島に来なさい! でも、畑には勝手に入らない! これ、ナナとの約束!」


「結局それも撮るんだ」


 エミが呟いた。


 直樹は笑った。


「でも、あれはあれで必要なのかもしれません」


「そう?」


「入口は、少し騒がしい方がいいのかも」


 エミは少し考えてから、窓の外の女性を見た。


「なら、出口は静かであってほしいですね」


 その言葉に、直樹は頷いた。


 しばらくして、女性は機材を片づけ、店に戻ってきた。


「今日の動画、タイトル決めました」


「何ですか」


 歌子さんが聞く。


「『サザンセトに来なさい。でも、ちゃんと帰り道も考えなさい』」


「長い」


 エミが言った。


「じゃあ短くします」


「どうするんですか」


「『来なさい、でも壊すな』」


「怖い」


「難しいなあ」


 女性は本気で悩み始めた。


 歌子さんが、温かいお茶を出した。


「まあ、ゆっくり考えなさい。バズる言葉より、残る言葉の方が難しいんだから」


 女性は、お茶を両手で包んだ。


「そうですね。オルゴールみたいに、残る言葉を作りたいです」


 その声は、いつものハイテンションではなかった。


 直樹は、その横顔を見ながら思った。


 サザンセトに来なさい。


 乱暴で、安易で、どこか笑ってしまう言葉。

 けれど、その奥には、来てほしい、知ってほしい、でも壊さないでほしいという、面倒で、切実で、少し不器用な願いがある。


 それは、もしかすると、このドライブインそのものにも似ていた。


 来てほしい。

 でも、騒ぎすぎないでほしい。

 知ってほしい。

 でも、分かったつもりにはならないでほしい。

 橋を渡ってほしい。

 でも、橋の手前にも時間があることを忘れないでほしい。


 モニターの中で、月白ユイと蜜柑ナナが並んで手を振っていた。

 二人とも同じ人が動かしているはずなのに、直樹には、それぞれ別の土地の声に見えた。


 エミは、塩コーヒーを飲み干して、ぽつりと言った。


「呆れるけど、嫌いじゃないです」


「最高の褒め言葉です!」


 女性は立ち上がり、胸に手を当てた。


「では最後に、皆さんご一緒に!」


「やりません」


 エミが即答した。


「直樹さんは?」


「僕も遠慮します」


「歌子さん!」


「私は裏方でいいわ」


「冷たい!」


 それでも女性は、ひとりでカメラに向かって満面の笑みを作った。


「疲れたら、サザンセトに来なさい!」


 店内に、少しだけ笑いが起きた。


 外では、夜の海が静かに広がっている。

 橋の向こうへ行く人もいれば、橋の手前で止まる人もいる。

 動画になるものもあれば、ならないものもある。


 直樹は、今夜も問題集をほとんど開けなかったことに気づいた。

 けれど、不思議と後悔は少なかった。


 バズる言葉ではなく、残る言葉。


 その難しさだけは、資格試験の記述問題よりも、少しだけ分かった気がした。


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