表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「無能な記録係」と捨てられましたが、私の綴る一字は世界の理。冷徹な第二王子に「君の全てを独占させろ」と溺愛され、私を捨てた国は歴史から抹消されました  作者: 星詠みミラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/45

第43話:新約:私たちの物語

――静かだ。


 耳を澄ませても、もうあの不快なノイズは聞こえない。

 私の思考を先回りしてくる「ナレーション」も、私の不幸を期待して囁く「読者の声」も。

 窓の外から差し込む陽光は、誰に演出されたものでもない、ただの自然な朝の輝きだった。


「……起きたか、エルセ」


 背後から、熱い体温が私を包み込む。

 目覚めるよりも早く、彼の手が私の腰を引き寄せ、逃げ場を塞ぐ。

 ジークヴァルト様だ。

 

 彼が私の首筋に顔を埋め、深く、深く息を吸い込む。

 それはまるで、この世界に私という存在が確かに留まっていることを、肺の奥まで確認しようとするような、執拗な愛撫。


「ジークヴァルト様。……おはようございます」


「ああ。……本当に、誰の声も聞こえん。お前と、私。そして風の音だけだ。……最高の気分だな」


 ジークヴァルト様が、私の耳朶を甘く噛む。

 1回目・・・・のループでは、彼は常に「第二王子」として、衆人環視の中で私を守らねばならなかった。

 けれど、今は違う。

 ここは、次元を閉ざし、全ての観測者を叩き出した後の「世界の果て」。

 

 彼がどれほど私を乱暴に抱きしめても、どれほど独占欲を剥き出しにしても、それを「やりすぎだ」と批判する読者はもういない。


「……寂しくはないか? エルセ。誰も、お前の美しさを讃えない。誰も、お前の幸福を祝福しない。ここは、私とお前以外、誰も存在しないも同然の『死んだ物語』だ」


「寂しいわけがありません。……私を讃えるのは、貴方の瞳だけでいい。私の幸せを記すのは、私の手だけでいいのです」


 私は起き上がり、テーブルに置かれた『空白の手帳』に手を伸ばした。

 署名を終えたペンは、もはや黄金や銀に輝くことはない。

 ただの、どこにでもある筆記具。

 けれど、そのペン先に宿るインクには、私たちの命が混ざり合っている。


『――三月三十一日。朝食は、彼が淹れてくれた香りのいい珈琲。

 世界はとても静かで、私は、ただのエルセとして彼を愛している』


 一文字刻むたび、手帳のページが柔らかく脈動した。

 これは、誰かに読ませるための「小説」ではない。

 ただ、私たちが生きた証としての、日記。


「珈琲か。……いいだろう。お前のために、一生分でも淹れてやる」


 ジークヴァルト様が、キッチンの方へ歩いていく。

 王族としての矜持も、騎士としての武勲も、この世界では何の意味も持たない。

 彼はただ、私を満足させるためだけに存在する、一人の男になっていた。


 私は窓の外を見た。

 湖畔の向こう側は、うっすらと霧がかかっている。

 「署名」によって閉ざされたこの世界は、もしかしたらこの小さな家と湖の周辺だけに限定されているのかもしれない。

 けれど、それでいい。

 

 無限に広がる虚偽の王国よりも、彼と二人きりでいられる狭い箱庭の方が、私にとっては数万倍も豊かだ。


 珈琲の香りが漂ってくる中、私は手帳のページを捲った。

 

 ――その時だった。

 

 ふと、指が止まった。

 

 手帳の最後のページ。

 そこには、私が記した覚えのない「印」が、じわりと血のような紅いインクで浮き出ていた。

 

 それは、一つの小さな『砂時計』のマーク。

 

 砂は、既に上半分から下半分へと、絶え間なく落ち始めている。


「……え?」


 私は、息を呑んだ。

 

 次元を閉ざし、自由を手に入れた代償。

 観測者がいなくなった物語は、エネルギーを失い、やがて消滅へと向かうのではないか?

 「署名」は、永遠の約束ではなく、期間限定の「執行猶予」だったのでは――。


「エルセ? どうした。そんな顔をして」


 ジークヴァルト様が、カップを二つ持って戻ってきた。

 

 私はとっさに手帳を閉じた。

 

 彼には、まだ言えない。

 ようやく手に入れた、この静かな、静かなハッピーエンドの裏側に。

 

 世界そのものが「寿命」を迎えようとしているという、最期のバグが潜んでいるかもしれないなんて。


「……何でもありません、ジークヴァルト様。少し、珈琲の香りが良すぎて驚いただけですわ」


「そうか。……ならいい」


 彼は私の隣に座り、私の肩に頭を乗せた。

 

 穏やかな朝。

 けれど、私たちの「新約」は、まだ完成してなどいなかった。

 

 手帳の表紙を撫でる私の指先が、微かに、けれどはっきりと震えていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


メタ決戦を越え、ついに二人きりの「閉じた世界」に辿り着いたエルセとジーク様。

誰もいないからこそ、ジーク様の過保護と執着がより濃密に、より美しく描かれる回となりました。

「珈琲を淹れるジーク様」という、これまでの戦いからは想像もできない平穏が尊いですね。


しかし、手帳に現れた「砂時計」の印。

観測者を断絶した世界は、いつまで存在し続けられるのか?

「自由」の代償が、今度は「時間の限界」として二人に襲いかかる予感です。


「ジーク様とエルセ様、末長く爆発してほしい」「砂時計の意味が不穏すぎる……」

と思っていただけたら、ぜひ評価【☆☆☆☆☆】やブックマークをお願いいたします!


皆様の応援こそが、消えゆく世界の砂を押し戻す、二人の「命のインク」になります。


次回、第44話は「修正不能な真実アンストッパブル」。

手帳の砂時計の謎を解くため、エルセが一人で「物語の残骸」と向き合います。

そしてジーク様が、彼女の隠し事に気づかないはずがなく……。

本当の結末へのカウントダウンが始まります! お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ