第37話:『読者の声』という名の呪い
「……は、ハハ……っ! あはははは!」
執行官エグゼが、その端正な顔を歪めて笑い出した。
感情を消去されたはずのシステムの代行者が、回路が焼き切れたような狂気を見せる。
「素晴らしい……。論理も、設定も、世界のメモリさえも無視して『愛』の一文字で全てを塗り潰す。貴方たちは、もはや物語の癌だ。……ならば、これならどうですか?」
エグゼが天を指差した。
直後、王宮を包んでいた「白」が、凄まじい密度の「黒い文字」に塗り替えられていく。
それは、今までのシステムメッセージではない。
脈動し、蠢き、悪意を撒き散らす――無数の「言葉の礫」。
『エルセはいつまで泣いているんだ。イライラする』
『ジークヴァルトが強すぎる。もっと絶望しろ』
『この展開は飽きた。さっさと死ねばいいのに』
『管理者失格だ。新しいヒロインを出せ』
空を埋め尽くしたのは、この世界の外側――「観測者(読者)」たちが、無責任に放った声の残滓だった。
「……っ、な、に……これ……」
ペンを握る私の指が、震える。
一文字ずつが、ナイフのように私の心臓を刻む。
私を否定する声。私たちの愛を「退屈だ」と切り捨てる声。
何億、何兆という数の「他意」が、物理的な重圧となって、私の精神を圧し潰しにかかる。
「これが貴女たちの『正体』ですよ、エルセ」
エグゼの声が、嘲笑と共に響く。
「貴女たちがどれだけ愛を叫ぼうと、外側の者たちにとっては、ただの娯楽。消費されるだけのインクの塊。彼らが『飽きた』と望めば、貴女たちの幸せなんて、一行で消える儚い夢だ。……さあ、その呪いに耐えられるかな?」
文字の嵐が、渦を巻いて私たちを飲み込もうと迫る。
その中には、かつての私を「無能」と呼んだジュリアンの声も、私を「道具」と見た王家の声も、すべてが含まれていた。
私は耳を塞ぎ、その場に蹲りそうになった。
自分の存在そのものが、誰かの「気まぐれ」で生かされているだけだという、根源的な恐怖。
――だが。
「――うるさいな、雑音が」
熱い、猛烈な熱を帯びた手が、私の耳を優しく、力強く覆った。
「ジークヴァルト……様……?」
「エルセ、聞くな。……こんな、どこの誰とも知れぬ奴らの落書きなど、目を通す価値もない」
ジークヴァルト様は、私を背中に隠し、空を埋め尽くす文字の嵐を睨みつけた。
彼の纏う黄金の魔力が、私の放った「紅のインク」と共鳴し、真っ赤な劫火となって燃え上がる。
「お前たち……。安全な場所から、私の女を値踏みしたな?」
ジークヴァルト様の声が、世界の理さえも震わせるほどの重圧を放つ。
彼は剣を構えることさえしなかった。ただ、一歩踏み出し、空に向かって「意志」を叩きつけた。
「彼女がいつ泣くか、いつ笑うか、どんな結末を迎えるか。……それを決めていいのは、世界でただ一人、エルセ本人だけだ!!」
ドォォォォォォォンッ!!
ジークヴァルト様の怒りが、物理的な爆発となって、空の文字を次々と焼き払っていく。
『死ね』という文字が『愛している』という熱に焼かれ、消滅する。
『飽きた』という声が『離さない』という狂気に飲み込まれ、沈黙する。
「な……文字の力を、ただの『感情』で焼き払うというのか……!? それは世界の構成要素そのものだぞ!」
「構成要素? 知るか。……私のエルセを傷つけるなら、それが世界の根幹だろうが、神の吐息だろうが、根こそぎ磨り潰して塵にするだけだ」
ジークヴァルト様は空中に浮かぶ文字の一つを、その素手で掴み取った。
ジリジリと彼の掌が焼けるが、彼はそれを愉悦に満ちた笑みで握り潰す。
「見ていろ、観測者ども。……お前たちが望む『悲劇』も、用意された『設定』も。私がすべて、エルセが笑うためだけの『ハッピーエンド』に書き換えてやる」
ジークヴァルト様が、私の手を握り、ペンを天へと導く。
「エルセ、書け。……お前の物語を覗き見る無礼な奴らに、とどめを刺してやれ」
「はい……! ジークヴァルト様!!」
私は、紅のインクを全身から溢れ出させた。
『――三月二十六日。世界の観測者は、もはや私たちを縛ることはできない。
全ての「悪意ある文字」は、私たちの愛を永遠に讃えるための「祝福」へと姿を変える』
一文字。
私の魂を削り、彼との熱を注ぎ込む。
その瞬間、空を埋め尽くしていたどす黒い文字の嵐が、鮮やかな紅い花びらへと変貌した。
否定的な言葉は、すべて私たちの愛を彩るための、ただの背景へと成り下がったのだ。
「あ……が……あぁぁぁっ!!」
エグゼが、頭を抱えて膝をつく。
システムが完全に制御不能に陥り、彼の体から膨大なエラーコードが漏れ出していた。
「……ありえない……。こんな……こんなデタラメな……。読者の期待を、物語の整合性を無視して……!!」
「整合性など、一回目のループで捨ててきた」
ジークヴァルト様が、エグゼの喉元に黄金の剣を突きつける。
「エグゼ、お前たちの『作者』に伝えろ。
――次におかしなページを差し込んだら、この次元の壁を突き破って、お前の喉笛を直接噛み切りに行ってやる、とな」
空に空いた黒い裂け目が、ジークヴァルト様の「本気の殺意」に怯えるように、微かに震えた。
執行官エグゼの姿が、ノイズと共に霧散していく。
静寂が、再び王都に戻る。
紅い花びらが舞う中、ジークヴァルト様が私を強く、今までで一番強く抱きしめた。
「……終わったな、エルセ」
「はい、ジークヴァルト様。……でも、きっとまた、彼らは何かを書いてくるでしょう」
「構わん。……そのたびに、私は神だろうが読者だろうが殴り飛ばす。……お前が、私の腕の中で笑っていられるようになるまで、何度でもな」
ジークヴァルト様の深い接吻が、私の魂に新たな誓いを刻み込む。
――けれど。
遠く、空の最果て。
ジークヴァルト様の宣戦布告を受けた「作者」たちが、ニチャリと歪んだ笑みを浮かべていた。
『面白い……。ならば、その愛。究極の「真のヒロイン」を投入しても、守り切れるかな?』
王都の中央、光の柱が立ち昇る。
そこから現れたのは、エルセよりも遥かに聖なる気を纏った、システムが用意した「完璧な救世主」――。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「読者の声」を物理で燃やし尽くすジーク様!
「自分の女の人生に口を出すな」という、作者すら震え上がるような執着の極致でした。
紅のインクで悪意を花びらに変える演出、エルセ様の覚悟が伝わっていたら嬉しいです。
しかし、最後に現れた不穏な光……。
システムが放つ「真のヒロイン」!?
物語を正しく修正するために送り込まれた、非の打ち所がない「聖女」に対し、ジーク様はどう接するのでしょうか(きっとゴミを見る目でしょうが……w)。
「ジーク様の宣戦布告にシビれた!」「メタ的な敵をボコボコにするの最高にスカッとする!」
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皆様の温かい応援こそが、悪意あるノイズを跳ね返すエルセの「筆の魔力」になります。
次回、第38話は「ジークヴァルトの逆指名」。
現れた完璧な「真のヒロイン」を、ジーク様が文字通り一蹴し、エルセへのさらなる執着を見せつける神回……お楽しみに!




