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「無能な記録係」と捨てられましたが、私の綴る一字は世界の理。冷徹な第二王子に「君の全てを独占させろ」と溺愛され、私を捨てた国は歴史から抹消されました  作者: 星詠みミラ


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第36話:銀のペンの真実:エルセの失われた記憶

真っ白な、音のない世界。

 上下も左右も、時間さえもが消去された虚無の海で、私はジークヴァルト様の腕の中にいた。


「エルセ、聞くな。……何も思い出すな」


 ジークヴァルト様の声が、ひどく震えている。

 私を抱きしめる彼の腕は、骨が軋むほど強い。それは、私を離したくないという執着ではなく、私が「真実」に触れることを何よりも恐れている者の拒絶だった。


 けれど、エグゼの残した言葉が、私の魂の奥底に眠っていた「重い鍵」を回してしまった。


 ――貴女が何度も、この男の手によって。


 耳鳴りがする。

 視界が白から、どろりとした銀色に染まっていく。

 ジークヴァルト様の静止を振り切るように、私の意識は、自分さえ知らない過去の深淵へと滑り落ちた。


 ***


 そこは、第1あのひの冷たい雨の路地裏よりも、ずっとずっと前の場所。


 色彩のない、真っ白な原稿用紙の上のような世界。

 そこに、一人の少女が座っていた。

 幼い私だ。

 私は、たった一人でペンを握っていた。


「……さみしい」


 その世界には、誰もいなかった。

 家族も、王宮も、ジュリアンも。

 私は「管理者」として、この空虚な世界を彩るために、ただ一文字ずつ、事象を書き込んでいた。

 けれど、何を書いても、心は満たされなかった。


 だから、私は願った。

 『誰にも邪魔されず、私だけを、永遠に愛してくれる人がほしい』


 私は震える手で、銀のペンを走らせた。

 私の魂を、命を、そのすべてをインクに変えて、一人の「騎士」の物語を綴った。

 

 強い力。

 揺るぎない意志。

 そして、私に対する、狂気的なまでの独占欲。

 

 それが、ジークヴァルト・フォン・ローゼルの「初期設定」だった。


 けれど、世界システムはそれを許さなかった。

 管理者が「個人の愛」を書き込むことは、システムのバグとして処理された。

 

 彼が私を抱きしめるたび、空から「消去」の雷が落ちた。

 彼が私に愛を囁くたび、彼は私の目の前で、文字の破片となって砕け散った。


「……やだ。消えないで。ジーク……っ!!」


 そのたびに、私は泣きながらページを破り捨て、世界をリセット(ループ)させた。

 何度も、何度も。

 彼が死なない世界を。彼が私を守り抜ける世界を。

 

 そして、何百回目かのループで、私は気づいた。

 彼を「私の騎士」として書けば、システムに狙われる。

 なら――彼を「私を救いに来る、冷徹な第二王子」として、私から最も遠い場所に配置すればいい。

 私は自分自身の記憶を封印し、彼との繋がりを隠蔽した。

 

 それが、あの「第1話」の始まりだった。

 

 けれど、ジークヴァルト様は違った。

 彼は、私が書き直した新しい物語の中でも、私への「執着」というバグを、自らの意志で保持し続けていた。

 

 ループのたびに死に、消去され、書き換えられる苦痛を。

 彼はその黄金の瞳に焼き付け、何一つ忘れずに、ただ私を愛するためだけに、この地獄のような物語を歩み続けてきたのだ。


 ***


 ハッと目を開けると、視界にジークヴァルト様の顔があった。

 彼は絶望したような表情で、私を見つめている。


「……思い出して、しまったんだな」


 ジークヴァルト様が、私の頬に触れようとして、その手を止めた。

 その指先は、ひどく震えている。


「そうだ、エルセ。私はお前に創られた、ただの道具だ。お前が『愛してほしい』と書いたから、私はお前を狂ったように求めているだけなんだ。……この感情さえ、お前の『記述』に過ぎない。お前にとって、私は……気味の悪い人形だろう?」


 彼は自嘲気味に笑い、私から離れようとした。

 

 ――バカな人。

 

 私は、彼の腕を、全力で引き戻した。

 

「……違います。ジークヴァルト様」


 私は、機能停止していた銀のペンを握りしめた。

 インクが出ない? 当然だ。システムから与えられた「記述権限」なんて、今の私には必要ない。

 

 私の魂から、新しい色が溢れ出す。

 それは銀でも黄金でもない。

 二人の命が混ざり合った、鮮やかな「あか」。

 

「貴方は、私に書かれたから私を愛しているんじゃない。……貴方が、消去されるたびに、私を忘れないと決めてくれたから、私たちは今、ここにいるんです」


 私は、ジークヴァルト様の胸に、銀のペン先を突き立てた。

 傷つけるためではない。

 彼の魂にある「設定」を、私の愛で、上書きするために。


『――新約。ジークヴァルト・フォン・ローゼルは、もはや私の「作品」ではない。

 彼は、私の命よりも重い、対等な「最愛の共犯者」である』


 ドォォォォォォォンッ!!


 白紙の世界に、真っ赤なインクが爆発した。

 システムが用意した「虚無」が、私の新しい意思によって強引に塗り替えられていく。


「エルセ……お前……っ」


「ジークヴァルト様。……さあ、二度目の物語の、その先へ行きましょう」


 私は彼の首に腕を回し、深い接吻を落とした。

 

 空中で、再びあのノイズが走る。

 エグゼが、そして「作者」たちが、驚愕に震えているのを感じた。


『修正……不能。……論理エラー。……愛が、世界の総量を……越えました……』


 手帳のページが猛烈な勢いで捲れ、私たちは真っ白な虚無を突き抜け、再び「現実」へと足を踏み出す。

 

 そこに立っていたのは、顔を青ざめさせた執行官エグゼだった。

 

「……ありえない。自分の存在理由アイデンティティを否定して、力を取り戻すなんて」


「……フン。言っただろう、エグゼ」


 ジークヴァルト様が、私の肩を抱き寄せ、不敵に笑った。

 その瞳には、もはや迷いも恐怖もない。

 

「エルセは私の神だが……私は彼女を、ただの女として愛しているんだ。

 さあ、お遊びは終わりだ。お前たちの綴る『ハッピーエンド』なんて、私たちの邪魔でしかないんだよ」


 エルセのペンが、黄金と紅の輝きを放ちながら、エグゼの足元の世界を「地獄」へと書き換え始めた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


ついに明かされた、第1話以前の真実。

「ジーク様は、エルセ様の寂しさが生み出した騎士だった」という、究極にエモーショナルで重い設定の回収でした。

しかし、それを知ってもなお「対等な愛」を誓う二人の絆……もう、世界が何をしても壊せませんね!


「ジーク様の健気さに涙が出た」「紅のインクへの進化、カッコよすぎる!」

と思っていただけたら、ぜひ評価【☆☆☆☆☆】やブックマークをお願いいたします!


皆様の応援が、システムさえも書き換えるエルセの「新約のインク」になります。


次回、第37話は「『読者の声』という名の呪い」。

システムが最終手段として放ったのは、エルセとジークヴァルトを罵倒し、絶望へと誘う「数億の匿名メッセージ(読者の声)」。

精神を削る文字の嵐に、ジーク様はどう立ち向かうのか……お楽しみに!

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