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「無能な記録係」と捨てられましたが、私の綴る一字は世界の理。冷徹な第二王子に「君の全てを独占させろ」と溺愛され、私を捨てた国は歴史から抹消されました  作者: 星詠みミラ


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第35話:システム執行官、エグゼの介入

――パチン。


 少年が指を鳴らしたその微かな音が、世界の終焉を告げる鐘ののように響き渡った。


 視界の端から、色が剥がれ落ちていく。

 豪華な絨毯も、大理石の柱も、崩れ落ちた玉座の破片さえも。

 それらは塵になることすら許されず、ただ「真っ白な虚無」へと塗り潰されていった。


「な……っ!? 街が、街が消えていく……!」


 窓の外を見れば、王都を彩っていた家々や活気ある通りが、巨大な消しゴムでなぞられたように音もなく消失していく。

 残るのは、足元からどこまでも広がる無機質な白い空間だけだ。


「……フン、派手な演出だな。だが、お前が誰だろうと、私の許可なくこの場所からエルセを消すことは許さんと言ったはずだ」


 ジークヴァルト様が、私の腰を砕かんばかりの力で引き寄せ、黄金の魔剣を構えた。

 周囲の景色が白く消え去る中、彼の黄金の魔力だけが、侵食を拒絶するように猛烈な光を放っている。


「無駄ですよ。これは破壊ではなく、設定セットアップの解除です」


 少年――エグゼが、感情の欠落した瞳でこちらを見つめた。

 彼の頭上で回転する『執行官:修正レベル・マックス』という文字が、不気味な発光を強める。


「ジークヴァルト・フォン・ローゼル。貴方は物語のバグです。エルセを愛し、守るというその執着が、世界の許容メモリを食い潰している。……だから、貴方もろとも、このページを破り捨てることにしました」


 エグゼがゆっくりと右手をこちらへ向ける。

 魔法陣も、詠唱もない。ただ、彼の指が空間をなぞった瞬間、ジークヴァルト様の振るう剣の「刀身」が、一瞬で半分消滅した。


「ジークヴァルト様!?」


「案ずるな、エルセ。剣など、また創ればいい」


 ジークヴァルト様は顔色一つ変えず、折れた剣を投げ捨てた。

 彼は私の手を握り締め、自分の胸へと引き寄せる。


「エルセ、ペンを使え。奴の『消去』を上書きしろ」


「……っ、はい!」


 私は銀のペンを握りしめ、必死に「この世界を維持する」と念じながら宙に文字を刻もうとした。

 けれど。


「……インクが、出ない……?」


 いくらペンを走らせても、銀の光は一滴も現れない。

 それどころか、ペンそのものが、まるでこの空間に存在することを拒まれているように、カタカタと激しく震え始めていた。


「この空間は既に『読み取り専用リードオンリー』です。貴女の書き込み権限は停止されました。エルセ、貴女はもう、ここでは何も書くことはできない」


 エグゼの淡々とした言葉が、絶望となって私に突き刺さる。

 書くことができない。

 それは、管理者の末裔である私にとって、存在価値を否定されたに等しかった。


「書けない? ……それがどうした」


 ジークヴァルト様が、地の底から響くような声で笑った。

 彼は折れた剣のつかを握り直し、黄金の魔力を「拳」に集中させる。


「ペンが使えないなら、私がこの拳で世界の理を殴り開けるだけだ。……エグゼと言ったか。お前の『削除』とやら。私のこの、煮え滾るような独占欲を消せるかどうか、試してみろ」


 ――ドォォォォォォンッ!!


 ジークヴァルト様が、目にも止まらぬ速さで踏み込んだ。

 エグゼの周囲には、物理的な防御など存在しない。ただ「彼に触れるものは消滅する」という絶対的な消去命令デリート・コマンドが展開されているはずだった。


 しかし。


「……な……っ!?」


 初めて、エグゼの無機質な表情が揺らいだ。


 ジークヴァルト様の黄金の拳が、消去の波動を強引に突き破り、少年の頬を掠めたのだ。

 白い法衣が切り裂かれ、少年の頬から一筋の「黒いインク」が血のように流れ落ちる。


「……概念の消去を、ただの気迫(殺気)で突破したというのですか? ありえない。人間という不確定要素が、システムの論理を凌駕するなど……」


「システムだと? そんな安っぽい言葉で、私とエルセの時間を測るな!」


 ジークヴァルト様の全身から、黄金の光が溢れ出す。

 その光は、白紙になりかけていた足元の地面を、強引に「黄金の色」で染め上げていく。


「エルセが書けないなら、私がその背景を支えてやる。世界が白紙だというなら、私が血のインクで新しいページを塗り潰してやる。……お前にこのひとは渡さない。一文字たりとも、お前の好きにはさせん!」


「ジークヴァルト様……」


 私は、彼の広い背中を見つめながら、悟った。

 この人は、私が「管理者」だから愛しているのではない。

 私が「何もできなくなっても」、世界が消えて無くなっても、ただ私という存在を執着し、愛し抜くと決めているのだ。


 胸の奥で、インクが出なくなっていた銀のペンが、トクン……と脈動した。

 それは、システムから与えられた力ではない。

 私の、この人への愛から生まれる、新しい「記述きもち」。


「……理解不能ですね。自己犠牲という非合理を超えた、狂気。……ですが、無意味です」


 エグゼは傷ついた頬を拭い、冷酷な光を宿した。


「ジークヴァルト・フォン・ローゼル。貴方は今のエルセを愛している。……ですが、以前のループで彼女がどうなったかを知れば、貴方は絶望し、自ら消去を望むことになるでしょう」


「……何だと?」


「エルセ。貴女が忘れている『第1話』以前の記憶。貴女が何度も、この男の手によって――」


「黙れッ!!」


 ジークヴァルト様の叫びと共に、空間が激しく明滅した。

 エグゼの姿がノイズとなって消え、気づけば私たちは、真っ白な虚無の海を漂っていた。


 エグゼの残した言葉が、私の頭の中で、ひどい耳鳴りのように反響を続けている。

 私が忘れている記憶。

 ジークヴァルト様が隠している、私たちの物語の「本当の始まり」。


 その時、私の手帳の真っ白なページに、一滴の銀の雫が落ちた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


物理を超越した「消去」の力を、気迫だけで殴り飛ばすジーク様……!

さすがは概念を物理で解決する男、安定の暴挙(愛)でしたね。

しかし、エグゼが残した「失われた記憶」についての不穏な伏線。

ジーク様がこれほどまでに過保護なのは、過去のループに理由があるのでしょうか?


「ジーク様の黄金の拳に痺れた!」「エグゼの言葉が怖すぎる……」

と思っていただけたら、ぜひ評価【☆☆☆☆☆】やブックマークをお願いいたします!


皆様の応援が、消去されかけた世界を繋ぎ止めるエルセの「銀のインク」になります。


次回、第36話は「銀のペンの真実:エルセの失われた記憶」。

ついに語られる、第1話よりも前の惨劇。

ジークヴァルト様がひた隠しにしてきた、二人の「最初の出会い」とは……お楽しみに!

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