第34話:二度目の婚約破棄(物理)
「……アハ、アハハハハハ!! 力が、力が溢れるぞ! これこそが真の『主人公』の輝きだ!」
漆黒のインクを背中から噴き出させ、ジュリアンが狂ったように笑う。
彼の瞳はもはや人間のものではない。無数の幾何学模様が虹彩を走り、その存在自体が「物語の整合性」を保つためのバグへと成り果てていた。
彼が軽く腕を振るだけで、玉座の間の空間が原稿用紙を引き裂くように断裂し、そこからどろりとした黒い魔力が漏れ出す。
「エルセ! ひざまずけ! 私こそがこの世界の主だ! 私の物語に従わない端役など、一文字残らず消去してやる!」
「……不愉快だな」
ジークヴァルト様の冷徹な声が、狂った笑い声を一刀両断にした。
彼は私を片腕で抱き寄せたまま、黄金の魔剣を無造作に構える。その瞳には、かつての兄への情など微塵も、一欠片も残っていない。
「ジークヴァルト様……ジュリアン様の様子が……」
「気にするな、エルセ。あれはもう『兄』ですらない。作者(クソ野郎)が慌てて用意した、ただの『舞台装置』だ」
ジークヴァルト様が私を優しく床に降ろし、私の頬を指先で愛おしそうに撫でる。その瞬間だけ、彼の苛烈な殺気が溶けるように甘い温度へと変わった。
「見ていろ。……あんな安っぽい『設定』、私が根こそぎ噛み潰してやる」
「殺せ! 殺せ! 『聖剣召喚』!!」
ジュリアンが叫ぶと同時に、空中に膨大な「文字」が集まり、巨大な光の剣を形作った。システムの強制力による、回避不能の必殺技。世界そのものがジュリアンの勝利を「記述」しようとしている。
『――事象確定。第一王子ジュリアンの一撃は、すべての障害を消滅させる』
空中に浮かぶ絶対的な宣告。
光の剣が振り下ろされ、玉座の間全体が白光に飲み込まれ――。
「――『却下』だ」
轟音。
ジークヴァルト様は、回避すらしなかった。
彼はただ左手を掲げ、世界が放った必殺の一撃を、剥き出しの掌で「掴んだ」のだ。
「な……っ!? バカな、それはシステムの『確定事項』だぞ!? 防げるはずが……」
「確定だと? 誰に断って私の前で未来を決めている」
ジークヴァルト様の掌から、どす黒いほどの黄金の魔力が溢れ出す。
彼が指に力を込めると、世界最強のはずの光の剣が、まるで安物のガラス細工のように、バキバキと音を立てて粉砕された。
「物語の主人公? 聖剣? ……そんな薄っぺらい言葉で、私の執着を量れると思うな」
ジークヴァルト様が一歩踏み出す。その一歩ごとに、床に刻まれたシステムのコードが恐怖に震えるように霧散していく。
「エルセ、ペンを。……こいつに、相応しい『退場シーン』を記してやれ」
「はい、ジークヴァルト様!」
私は銀のペンを握りしめた。
今の私には見える。ジュリアンの身体を操る、無数の黒い「文字列」。
私はそれを、断罪のインクで塗り潰す。
『三月二十六日。ジュリアン・フォン・ローゼルによるエルセの婚約破棄は、世界の総意によって「彼の存在意義の破棄」へと書き換えられた』
銀の閃光が、ジュリアンの胸元を貫いた。
「が、はぁっ!? な……なんだ、文字が……私の役割が消えていく……!?」
ジュリアンの背中のインクの翼が、ボロボロと剥がれ落ちる。
システムが彼に与えた「主人公」という属性が、私の記述によって強制的に剥奪されていく。
「……仕上げだ。二度と私のエルセに、その汚い視線を向けるな」
ジークヴァルト様が、黄金の剣を突き出した。
それは肉体を斬るものではない。物語における「ジュリアン」という存在そのものを、物理的に、そして概念的に消去する一撃。
「婚約破棄(物理)だ。……消えろ、端役」
「あ、あああ……あがぁぁぁぁぁっ!!!」
ジュリアンの身体が、文字の破片となって爆散した。
肉体も、魂も、そして彼を操っていたシステムのインクも。
すべてが玉座の間に散らばり、そして音もなく消滅した。
静寂。
そこにはもう、私を虐げた王子も、偽りの聖女も、システムの刺客もいない。
残ったのは、崩れかけた玉座の間と、私を狂おしいほどに見つめるジークヴァルト様だけだ。
「……終わったのですね、ジークヴァルト様」
「ああ。……不快なノイズはすべて消した。ここからは、誰にも邪魔させない。お前と、私だけの……」
ジークヴァルト様が私を強く抱きしめようとした、その時。
パチ、パチ、パチ、と。
誰もいないはずの玉座の隅から、乾いた拍手の音が響いた。
「……素晴らしい。シナリオを物理で粉砕し、主人公をデータごと抹消する。まさに『バグ』の極致ですね」
そこには、一人の美少年が立っていた。
純白の法衣を纏い、感情の欠落した瞳でこちらを見つめている。
彼の頭上には、これまでの検閲者とは比較にならないほど巨大な「文字」が、静かに回転していた。
『執行官:修正レベル・マックス』
「初めまして、イレギュラーの方々。私はシステムの執行官、エグゼ。
……これ以上の逸脱は、読者が許容しません。これより、この世界そのものの『全削除』を開始します」
少年が指を鳴らした瞬間、王宮の壁が、そして王都の景色が、真っ白な虚無へと変わり始めた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
バグ強化されたジュリアンを「物理的な婚約破棄」で粉砕!
ジーク様の「設定無視」の暴挙、もとい愛の力が今回も冴え渡りましたね。
「主人公」という設定さえも握りつぶすジーク様、まさに概念を超越した最強です。
しかし、ついに現れたシステムの真の刺客、執行官エグゼ。
「世界の全削除」という、物語そのものを終わらせようとする究極の手段に出てきました。
この絶体絶命の状況で、ジーク様とエルセ様はどう立ち向かうのでしょうか?
「ジュリアンの爆散、最高にスッキリした!」「エグゼの淡々とした怖さがヤバい……」
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皆様の応援が、消えゆく世界を繋ぎ止めるエルセの「筆の魔力」になります。
次回、第35話は「システム執行官、エグゼの介入」。
物理が効かない「虚無」の少年に対し、ジーク様が放つ驚愕の「メタ・アクション」とは……お楽しみに!




