84.逆鱗
「頑張った娘にやっといてくれ」
赤眼の男が帰り際に豪奢な指輪を従業員に手渡す。
「沙羅には嫌われちまった」
軽い足取りで立ち去る黒いスーツ姿の男の背を、同じ格好をした男たちが見ていた。
「あいつ、もう来ないかもしれないな」
「せっかくの金づるが」
彼等は知ることになる。自らが死神を呼び込んだことを。
その後、ツェンが来館する回数は明らかに減った。相変わらず娼婦に愛想良く振舞っては金品を渡し、店にも金を入れているが沙羅への指名はなくなった。
ひとしきり遊んだツェンが帰った後に従業員達が今後について話し始める。
「沙羅には客取らせんのか?」
「店長の指示で出ていくまで放っておけとよ」
「出ていく?」
「あの赤眼の男が身請けするんだと。俺もアイツに睨まれたくねーからなー」
「振られた女の身請けたぁ頭おかしいんじゃねぇのか?」
「健気とでも言ってやれ。金の切れ目が縁の切れ目だ。いなくなるなら関わりたくない」
赤眼の男の動向は従業員の話のネタとして開花した。
「これくらいのウサギ小屋が丁度いい」
村にある建物と比べると、よほど豪華な造りをした家を眺めてツェンが言う。
「作ってやった評価がそれかい。おお!?大将!!」
今にも殴り掛からんばかりに憤る大工の怒声に赤眼の男が言葉を返した。
「悪ィ悪ィ。こういうトコに住んでたもんでね」
掌から浮かび上がる光に、煌びやかな宮殿が映し出される。
荘厳な建物の周りで行われるパレードに酔う数十万に及ぶ群衆。その中心にいる赤眼の男。そのような光景が28ヵ所で毎日のように行われているのを見せられた男たちが困惑する。
「何じゃァ今のは?」
「中つ国の方で開発された映写機だ。流行ってんだよ、最近」
「そうじゃねぇよい」
ザワめく屈強な肉体をした大工たちにツェンが答える。
「お忍び中の王子様なんだ」
懐から取り出した金貨を彼等に握らせ、乾いた声で男が言う。
「これやるから黙っててくれよ。話したら・・・後は分かるな?」
不気味な笑みを浮かべる赤眼の男に、金貨を手にした男たちはただただ肯定の意を示した。
鼻歌を歌いながら艶やかな黒髪の男が道を行く。
表通りに面すことはないが随分と豪華になった娼館の暖簾を男がくぐる。
「何だよ。暗ェな」
お通夜のような雰囲気の店内を見てツェンが告げた。
赤眼の男に気づいた従業員が言う。
「お前が持ってきたプレゼントのせいで嬢達が連れてかれちまった」
それを聞いたツェンの表情が歪む。
「誰に?」
「この町のドンだよ!お前のせいで商売上がったりだ!」
「お前がいなければ」
「くたばれ!!」
男の言葉に賛同する周囲の声を無視してツェンが言う。
「そいつは何処にいる?」
「テメェ分かってんのか!!」
そう叫んで殴り掛かろうとした男が火柱と化す。
「何処にいる?」
赤眼の男の言葉に周囲の空気が異常な程の熱を帯びる。
「答えろよ」
近くにいる男を掴んだツェンの掌にあったはずの人間が消し炭と化した。
その光景を目にし、逃げ惑う人間を見てツェンが火柱と共に怒号を上げる。
「沙羅は何処にいる!!!」
振るった腕から迸る灼熱が地を裂く。その先にある山が割れ、マグマが噴出し始めた。
大地が地獄のような熱を呈する。へたり込む老婆を前にツェンが告げる。
「何処にいる」
「主様なら、あちらの方に・・・」
震える指先が指し示した建物を視認し、赤眼の男が飛ぶ。踏み込んだ足元の周囲に残されたものは何もなく、行く先の途上にある全ては炎熱により燃え上がり、溶け、蒸発した。




