82.片鱗
赤眼の男が娼館へ訪れる。頭を下げながら黒服の男が挨拶をした。
「ツェンさん!御贔屓にしていただきありがとうございます!!」
「沙羅に客取らせてないよな?」
「はい!!ご案内いたします!!」
黒服の返事に赤眼の男がそれを手で制す。
「いつもの部屋だろ。ついてこなくていい」
チップをばら撒いたツェンがロビーから姿を消した後、黒服達が喋り始める。
「野郎に『ツェン』とか吐き気がする」
「『愛しの君』って言ってるお前は笑えるが、アレは本名なのか?」
「さあな。中央の出らしい」
娼館で使われる隠語を名乗る赤眼の男を話の種にするが、懐が潤うため不満はない。上役からも騒ぎを起こすなとキツく指示されている。
面倒くさい客ではあるが、10年越しに孤児が大金を生んだことを誰もが喜んでいた。
「なあ」
「何?」
布団に寝そべる赤眼の男が隣に寄り添う黒髪の女に声をかけた。
「一緒に暮らさねぇか」
その言葉に女が即答する。
「無理」
「何でだい?」
「帰って」
沙羅がツェンの体を両腕で突き放す。
「そういうの信用するなって言われてるから」
「俺は本気さ」
立ち上がった赤眼の男が自身の体に片手を翳すと半裸の姿が黒いスーツ着に変化した。
「また来るぜ」
見えぬ目を伏せている女の頬を優しく撫で、ツェンは部屋を後にした。
「前みたいな下品な贈り物じゃないんだ」
赤眼の男が簡素な造りではあるが煌めくネックレスを女の首にかける。
「こいつを受け取ってほしい」
沙羅が指で首飾りを擦り、細いチェーンの先に小さな宝石がついていることを認識した。
「大して高いモンじゃない。気にいらなかったら捨ててくれ」
「ツェン」
そう言った女が首飾りを引きちぎった。
「こういうのは迷惑なの」
「何でだい?」
手にした首飾りを男の手に乗せて沙羅が答える。
「私だけにこういうことをされると疎まれる」
赤眼の男が腕を振るうと一直線に壁が砕け散り、外の景色を覗かせた。
「誰だそりゃァ!!」
轟音と聞いたことのない言語が女の耳に響く。見えぬ目から涙を流しながら沙羅が告げた。
「出てって・・・」
「何で」
「出ていけ!!」
赤眼の男の言葉を遮り女が叫ぶ。その表情を見てツェンが無言で部屋を立ち去る。
娼館を出る際に振り返った男が紅い瞳を見開き言い放つ。
「沙羅に何かしたら一匹残らず殺す」
灼熱の炎が男から噴き上がり周囲の建物を溶かし、焼いた。




