64.再臨
「シルファちゃん、大丈夫?」
ソファの上で膝を抱えている栗色の髪の少女にリネアが声をかけた。
「あんな父親でゴメンね」
黒髪の女の言葉を無視してシルファは無表情で視線を床に落としている。
「そっとしておいてあげたいんだけど、ログからここにいろって連絡があって。私と一緒はイヤよねぇ」
「構いません・・・。嫌なら部屋に戻ってますから・・・」
か細く告げる少女の返事にリネアが薄く微笑んだ。
「じゃあちょっと片づけとく。ツェンが零したお酒が臭うし」
「手伝います・・・」
床に足を降ろしたシルファが立ち上がる。
「休んでたらぁ?」
「何かしていた方が気が休まるので・・・」
気丈にそう告げる少女を見たリネアが心中を察した。
「雑巾とか、掃除用具のある場所教えてくれる?」
「取ってきます・・・」
のろのろと動くシルファの背を目にした女が、ガラス片と書類が散らばっているデスクへ向かう。
床に転がっている酒瓶の処理をしようと思った瞬間、デスクに備え付けてある電話が鳴った。
それを無視して掃除をしているリネアの横で留守電に切り替わった電話から聞き覚えのある低い声が流れる。
その声を聞いたリネアが受話器を取り、しばらく受話器越しに会話を続ける。
電話を切ると掃除用具を手にした少女に、黒髪の女がハツラツと報告する。
眼に涙の玉を溜め、少女が笑った。
「ツェンに戻ってくるよう伝える?」
「ダメです。イヤです。汚らわしいです」
一切の表情もなくシルファが言葉を畳みかけた。
「エル君とシルファちゃんのこと、ちゃんと考えてたみたいよぉ?」
散らかったデスクを片づけたリネアが少女に資料を差し出す。
それを受け取ったシルファが書類に目を通すと、大学や国家の研究施設、一般企業に就労の斡旋を問い合わせた夥しい数のメモが紙面に記載されていた。
エルの両親についての素行調査依頼とその報告書、帰宅可否の妥当性に対する専門家への打診、エルの近況を送っていたらしく両親からの私生活に関する手紙も添えられていた。
紙の束を捲っていくと、この建物の売買契約に関する資料が目に留まった。
バーズがいなくなってからツェンが何を考えていたのかを理解した少女がリネアに告げる。
「ツェンにエルが見つかったって伝えてもらえますか?」
「バーズさんのことは伝えなくていいのぉ?」
にやにやとした表情を見せる黒髪の女に、シルファも含み笑いを見せて答える。
「仕返しです」
静脈認証式の扉が開く。
その音に栗色の髪の少女が眼を向ける。
金髪の少年を連れた青い髪の巨漢が視線の先に立っていた。
「ただいま」
たった三か月ぶりではあるが、まだ11歳を迎えるばかりの少女にはその再会が酷く長いことに感ぜられた。
「おかえり」
眼を潤ませて走り寄るシルファの頭をバーズが抱いた。
その体を抱きしめて自身の体重を預ける少女に青眼の男が告げる。
「寂しい思いをさせてすまない」
「ホントよ!」
ブラウンの瞳を青い眼に向けて少女が言う。
「もう少しで離散になるところだったんだから!」
「ギリギリ間に合ったんだ。許してくれないか?」
青い眼を光らせたバーズがシルファを慰める。
その横から金髪の少年が栗色の髪の少女にケーキの箱を差し出す。
「お前、今日誕生日なんだってな」
「ギリギリって、そっちの・・・?」
エルからケーキを受け取ったシルファがバーズを見上げる。
空の色をした眼が少女の瞳を捉える。
溢れる涙を抑えきれない少女が笑いながら、突き飛ばすようにバーズから離れた。
「最低で、最高の誕生日プレゼントをありがとう!」
「だから謝っているんだろう」
笑いながら告げるバーズにシルファも笑みを止められなかった。




