51.枝垂桜
深夜、静まり返る事務所でバーズがツェンに告げる。
「そろそろリセットしよう」
「あ?」
デスクに座っている青眼の男の言葉にツェンが生返事をした。
「いつまでも状況が動かない」
「また世界とケンカでもすンのか?」
ソファに座りながら瞳の赤を燃え立たせた男が言う。
「それで済むのならお前との約束はすでに果たされている」
デスクに座っている青眼の男が、遠目にツェンを眺めているかのように続ける。
「物事が進展しない。わざわざ人質を連れてまで東国へ行ったところで差し向けられたのはルーチェだけだ」
「まだルーチェちゃんのことを疑ってんのか」
顔を顰めてツェンが言った。
「彼女に疑惑はない」
「じゃあいいじゃねぇか。俺だって最初は飴に毒が入ってンじゃねぇかとか疑ってたんだぜ」
眉間の皺を緩めて問いかける赤眼の男に青眼の男が言葉を返す。
「完全に黒だ。いずれ子供たちを人質に取る」
バーズの返事に表情を再び強張らせたツェンが言う。
「だったらよォ、お前が俺やエルにやってるように忘れさせりゃいいだろ」
「俺は記憶を消している訳ではない」
そう答えた青眼の男に赤眼の男が言葉を返す。
「そりゃあどういう」
「記憶を書き換えてはいない」
赤眼の男の声を掻き消して低い声で男が言った。
「私が行っていることはカウンセリング程度のものだ。強く思い出そうとする刺激があれば記憶は引き出される」
「そいつァ俺達には出来て、ルーチェちゃんには出来ねェってことか?」
歯嚙みしながら問いかけるツェンにバーズが答える。
「ああ、出来ない」
「ふざけてンのか?」
青い眼の男の返答に赤眼の男が声を荒らげて言う。
「じゃあ俺達にやってるのは何だ?洗脳でもしてんのか?」
ソファから立ち上がった赤眼の男が、デスクに座っている190cm程ある巨漢の胸倉を掴む。
「カウンセリングのようなものだと言っているだろう」
「何でルーチェちゃんには出来ねェのかって聞いてンだ」
強烈に眼を光らせたバーズからツェンが手を放す。
「だからそうすりゃいいって言ってんだ、俺は」
「お前がサラとリネアを忘れてしまってもいいと考えているのならそうしてやる」
眉間に皺を寄せて考え込んだツェンが声を発する。
「ログとか隊長だとかいう奴らを忘れさせねェといけないってことかい?」
「それ以上のことをしなければならない。だから人格さえ変わってしまう」
「何とかできねェのか?」
「出来ないと言っている」
「そうかい」
諦めたような表情でツェンがぼやいた。
掴まれていたシャツの襟を正し男が言う。
「忘れたのならそのままだろう」
「俺はなぁ・・・」
青い瞳を見つめながら赤眼の男が告げる。
「女の子が悲しむ姿を見たくねぇんだよ」
「だろうな」
その答えに黙って事務所から出ていくツェンにバーズは何も言わなかった。




