35.修羅
病院の個室で痛めた右肩をギプスで固定された女がベッドに横たわっている。
「どうでもいいから早く帰ってくれないかしらぁ?」
「そういう訳にもいかないな」
痛んだ腕を気にしながら背を向けるリネアに青い眼を光らせた男が言った。
「こいつをこの国に置いて俺達は帰る、ということなら話は別だが」
「少し考えさせてくれてもいいんじゃない?それとも私のパジャマ姿から目が離せないのかしらぁ?」
見舞い品の果物を剥いているツェンが口を挟む。
「リネアちゃん、普段君が着ている服によって強調されているバディが、今は柔らかな曲線の下に隠されていると思うと」
「アンタは黙ってて」
鋭い目付きを向けられたツェンが無言で果物を皿に盛りつけてサイドテーブルに置いた。
「あのさ、あのさ!リネアのだってのは分かってるけど俺も食べていいか?」
「ご自由にどうぞぉ」
果物に眼を輝かせているエルを見たリネアが微笑みながら答える。
フルーツを手に取ろうとした金髪の少年が、一瞬躊躇い添えてあったフォークを手に取りリンゴに刺した。
「お前のためにツェンが買ってきたんだ。最初はお前が食ってくれ」
「お気遣いありがとう。エル君も手掴みじゃなくてフォークで食べてねぇ」
差し出されたフォークに刺さっているくし形切りのリンゴを前に、エルの顔を見て微笑みながら女が一口食む。
「私達もここにいる必要があるの?お見舞いには来たけど、いつまでもいるのは迷惑なんじゃ・・・」
椅子に座っているログを見ながらシルファが質問をした。
「バーズの考えていることは分からないが、俺達がここにいる必要性は感じない」
「お客さんが来るのよぉ。だからその男だけ置いて帰ってもらえないかしらぁ?」
二人のやり取りが聞こえたリネアの言葉にバーズが告げる。
「君が呼んだ客に用がある」
「どこまでもデリカシーがない人ねぇ。エル君が貴方みたいにならなきゃいいけど」
そのやり取りを聞いていたツェンが吐き捨てる様に言った。
「じゃあこいつは置いて帰るからよぉ。後はご自由に」
「リネアはお前と一緒にいたいんじゃないのか?」
バーズの肩を叩いて部屋から去ろうとする男の背に金髪の少年が問いかける。
「俺はその客とやらに会いたくねぇんだよ」
真剣な眼差しをしながら答えた赤眼の男が引き戸に手をかけると同時にドアがノックされた。
「どうぞぉ」
ほくそ笑んだリネアの返事に開かれる扉の脇に立つツェンの前を、白杖を手にした黒髪の女が黒い髪をオールバックにした男に手を引かれて入ってくる。
ツェンが疎ましそうな眼をリネアに向けると、男女とすれ違うように黙って部屋から出て行く背中に声が届いた。
「逃げるのは卑怯じゃないかしらぁ?」
その言葉を無視して赤眼の男は部屋から立ち去った。
「誰と話してるの?」
「お母さんの後ろにいる男と」
声が聞こえる方へ近づく女が答える。
「誰もいないじゃない」
普段は温厚な顔つきの母親が困ったような表情でそう告げると、リネアは何も言えなくなった。
「申し訳ありません、カトーさん。不躾な娘が失礼を働きまして」
「あれだけの事件に巻き込まれたのです。スレッグ警部補が混乱しているのも無理はありません」
スーツ姿の黒髪の男がそう告げると、青い髪の男が青い眼を光らせながら声を掛ける。
「久しぶりだな、カトー」
「ご無沙汰しております。バーズ=クィンファルベイ様」
果物を食べているエルの横に座っている青眼の男に向き直り、カトーと呼ばれた男が一礼をした。
「わざわざ長官が見舞いに来るとは、余程大事な部下のようだな」
「私が直々に命令をしましたので」
不穏な空気を感じた黒髪の女がカトーの手を強く握る。
「ご安心下さい」
「嘘くさい演技は止めろ」
バーズの言葉を聞いた黒髪の女がカトーの手を握り締めながら言う。
「リネアは何処?」
「こちらです」
広い個室の中央で娘の声が聞こえなくなった女を男が案内した。
「怪我は酷いの?」
リネアの手を取ったサラが言う。
「ただの亜脱臼。もう腕も動かせるから大丈夫」
「平気で怪我をするような娘に育てた覚えはありません」
サラがそう告げると見えない目をカトーに向け、言う。
「私は世間のことには疎いのですが、新人に警察長官が直接命令をするなんて話は聞いたことがありません」
黙って言葉を聞いている男に女が更に告げた。
「娘がいたずらに傷つくようでしたら、警察を辞めさせます」
「私は自分の意志でやっているの。ちょっと黙っててくれない?」
母親の肩を掴んでそう告げたリネアに、サラが怒気を帯びた表情で言う。
「貴方の夢は応援します。でもね、私がどんな気持ちで娘の怪我の連絡を受けたか考えて」
「そんな風に言われたら納得するとでも?言い方が卑怯よ」
二人のやり取りを聞いていた金髪の少年がリネアの袖をくいと引いて告げた。
「お前の母さん、泣いてるぞ」
「そうね」
母親を視界に捉えず横を向いて女が答える。
「親子の話は後でしてもらおう」
青眼の男が言葉を挟み、黒髪をオールバックにした男に向けて続けた。
「カトー、死神の下にリネアを寄こした理由を説明してくれるか。お前の命令なんだろう?」
「ご説明致します。別室へ御同行願えますか」
サラへと視線を向けてカトーが告げる。
「断る。ここで説明しろ」
「アンタ、何処まで無配慮なの?」
青い瞳を睨みつけたリネアが言った。
「この二人を死神と会わせようとした君に言われたくはない」
「娘がお世話になっている方と存じます。申し訳ありませんが娘の傷に障るのでお静かに願えませんか?」
黒目の女が見えぬ目を青い眼の男に向けて静々と、だがツェンにも勝る熱量を灯して告げる。
「黙れという意味か?」
青い眼を光らせる男を見たシルファが、椅子から立ち上がると座っているエルの手を掴んだ。
「大事な話があるみたいだから外に出ましょう」
「分かるけどよぉ・・・先生のそういう顔、好きじゃねぇ」
フォークを皿に置いたエルが青い眼の男に告げる。
「先生にそういう顔させるアンタもだからな!!」
「君のそんな顔も見たくない」
金眼の少年の腕を引きながら栗色の髪の少女が部屋から出て行った。




