31.生
バーズ達がいる部屋を出て廊下を歩いていると赤眼の男の姿が見えた。
リネアは立ち止まり声をかける。
「今日はここでお暇させていただくわぁ。じゃあね」
すれ違うリネアの肩を掴んでツェンが告げた。
「こんな時間に帰る手段なんかねぇだろ」
そう言いながら手にしたカードキーを近くの扉に通すと開いたドアの奥へとリネアを押し込む。
「傍から見たら犯罪よぉ?」
「俺は悲しんでる女の子を放っておけなくてねぇ」
そう言って扉を閉めたツェンにリネアが凭れかかる。
扉を背にした赤目の男は黙ったまま時が過ぎるのを待った。
「アンタに付き纏う任務から離れようと思う」
やがて呟くように声を発したリネアにツェンが聞き返す。
「何かあったのか?」
若干の沈黙の後、浮かない顔で淡々と黒髪の女が言う。
「皆に迷惑かけちゃいそうだから、今まで通り地元で働く。お母さんのことも心配だし」
「他人に迷惑かけずに生きてる人間なんざいねぇだろ。それに俺は嬉しかったぜ?お前が俺の傍にいるって言った時はな」
体をツェンに預けながらリネアが言葉を返す。
「アンタの傍にいることだけが目的じゃない。それが皆に迷惑をかける原因だから」
「皆ってのは誰のことだ?シルファちゃんもエルも別にお前のことを悪く思っちゃいねぇよ」
そう告げるツェンの肩に顔を埋め、リネアが答える。
「アンタの血縁ってだけで私は狙われる。私に何かあったってアンタが知れば、きっとアンタはさっきの景色より酷いものを見せる。だから私は今まで通り東国でひっそり暮らしたい。私の存在がアンタにも見ず知らずの人にも迷惑をかけるなら・・・」
「テメェのやりたいことのためなら親の意見も聞かないのがお前の信条だって言ってたよな。だったら他人のことなんざ気にすんな。お前の境遇はお前等の存在に気付きもしないで無責任にほったらかしてた俺が原因だ。お前が望むことをして何が起ころうが、そいつぁ俺の責任なんだよ。お前が気に病むことじゃねぇ」
リネアが預ける体の重量が徐々に重くなっていくことを感じながら、ツェンが続ける。
「それに俺も言ったよな。お前が傍から離れねぇなら全力で守るだけだとよ。俺から離れられちゃ守れねぇだろ」
「それはもういい。お母さんを置いて行ったくせに今でもお母さんに慕われる父親のことを知りたかった。だからもういい」
リネアが顔を埋める自身の肩に熱い雫を受けてツェンが答えた。
「良くねぇよ、お前が傍にいねぇってんなら俺が傍にいるしかねぇじゃねぇか。知った以上はもう手放したくねぇんだよ」
「私には守られる価値なんかない」
か細い声で呟いたリネアにツェンが言う。
「ンなこたぁ俺が決めることだ。ガキが死んで喜ぶ親なんざいねぇだろ」
「アンタに・・・父親にそう言われると余計に苦しくなる」
その返答に疑問を抱いたツェンが問いかける。
「よく意味が分からねぇんだが?」
何も言わない娘の背中を手で叩くと赤眼の男が告げた。
「テメェの価値はテメェで決めろ。誰かに何か言われりゃお前はそう思うってなら俺が言ってやる。俺はお前のことが大切だ。リネア、死んでも守ってやる」
「そうやって他の女も口説いてるんじゃない?死なないくせに」
肩に腕を回してきたツェンの手を払いながら、男の肩に顔を埋めたまま黒髪の女が言う。
「かもな」
その言葉と男の高鳴る心音を体に感じたリネアがツェンから離れる。
「ありがと。少し楽になった」
「具合が悪そうだからしばらくここにいろ。俺はバーズと話すことがある」
笑いながらも眼は穏やかではない男がそう告げた。
俯いたままのシルファが暗い表情でバーズの様子を窺っている。
何も言わない男に業を煮やした少女が椅子から立ち上がろうとするのを黙ったままログが制止し、懐から取り出したメモを手渡した。
煙草をくゆらせる男とメモとを交互に見た少女は黙って椅子に座り直す。
誰かが部屋に入る気配を察知すると同時にログが懐からリボルバーを引き抜いた。
バーズの頭にコンマ以下の秒数で撃鉄を下ろしたリボルバーの銃口を突き付けながら男が言う。
「俺は仕事には私情を挟まない。子供達を守るという契約は果たす。その中にお前を守るだとか殺さないだとかいう取り決めはない」
「私情に塗れているように聞こえるが?」
引き金に指をかけたままログが答えた。
「契約内容に無い事項に関しては任務遂行中に起きた事故という認識だ。俺の仕事とは関係がない」
「さすが雇用主まで裏切って私の下に身を寄せた男の言うことは違うな。死ぬと分かっていても来た依頼は受けるなどと、笑わせてくれる」
青眼の男が見下したようにログを見つめながら挑発的な言葉を吐く。
「任務のために死ねても雇用主の都合で死ぬつもりはない。任務の邪魔になるようなら依頼者だろうが抹殺する」
「育ての親が今の言葉を聞いたら、お前を殴りつけたい気分だろうな」
引き金が引かれたリボルバーの銃口の前に掌を置いた赤眼の男がログに告げる。
「お前の美学だとか信条に興味なんざねぇが、依頼主を殺しちまったらもう仕事でも何でもないだろ。テメェの趣味でコイツを始末したらその後どうすんだ?義理でガキ共を守る気か?」
黙って懐にリボルバーを収めた男を見て、赤眼の男が掌で受けた弾丸を転がしながら言う。
「それに俺もコイツに死なれちゃ困るんだよ。ただな」
指先で潰した弾丸を床に捨てると、ツェンがバーズに怒号を上げた。
「それもどうでもいい気分になることもあるモンだなぁ!!テメェ、リネアに何を言った!?」
「特に何も」
眉一つ動かさず低い声で答えるバーズを見て、赤眼の男は視線をシルファに動かす。
口を結んで視線を落とした少女を見て、次いでログへと顔を向けた。
「お前の疑問に答えてやる義理はないが、俺もこいつが彼女に吐いた言葉を聞いて気分が悪い。この状況はその結果だ」
瞳が赤熱に染まるツェンを見てシルファがポツリと呟く。
「もう止めて・・・」
視線を少女に戻したツェンを見て、シルファが続けた。
「バーズが何て言ったのかなんて・・・どうでもいいじゃない」
黙ったまま声の主を見つめる赤眼の男に、少女が言葉を続ける。
「リネアさんが悲しんでいたなら傍にいてあげて。私も貴方達が喧嘩しているところなんて見たくない」
その嘆願を聞いた男は若干の間を空け少女に笑いかけた。
「シルファちゃんは優しいねぇ」
「『ちゃん』づけは止めて下さい」
その返事に少女の肩を叩いた男が右手を上げて部屋から去っていく。
ツェンの姿が見えなくなると黒髪の男が熟睡しているエルを抱き上げシルファに言った。
「シルファ。エルと一緒に俺の部屋を使え」
「それは助かります。こんな人とは一緒にいたくありません」
疎んだ目でバーズをちらりと見た少女が言う。
「ドアもない部屋で護衛などできん」
そう告げて部屋を出ていくログの後ろをシルファがついていった。
ログがカードキーを通して自室の扉を開けると寝室のベッドにエルを横たわらせた。
懐から取り出したメモを渡しながらログがシルファに告げる。
「俺は外を見張っている。嫌な気分だがバーズがこの階にいれば、すでに何者かが内部に侵入していてもここには辿り着けないだろう」
「バーズもツェンも、ログさんも東国に来てからそんなに警戒していたんですか?」
ベルトに下げていたポーチを外してシルファに手渡しログが答える。
「用心に越したことはない。何かあればこれを使え」
「何ですか、これ」
少女がポーチを開けて中身の閃光音響弾を取り出しながら訊ねた。
「このピンを抜いたら即座に相手に投げつけて後ろを向き耳を塞いで目を瞑れ」
「何なのかを聞きたかったのですが、物騒な物だということは分かりました」
金属の塊をポーチに戻して告げるシルファに男が言う。
「使用する機会がないことを願うが、今後それ以外では決してポーチからは出すな」
「ええ、特にエルには気づかれないようにしておきます」
その返事にログが薄く笑って少女に告げた。
「本当に頭が良くて気が利く娘だな。俺には羨ましい」
「教育の賜物です」
自信たっぷりにそう答えるシルファが笑顔で言葉を続ける。
「ログさんだってバーズが言ったことに対してちゃんと怒っていたじゃないですか。相手があの人でも撃つのはどうかと思いますけど」
「君と違って俺は育ちが悪い。生業も知っての通りだ」
スラム街で暴漢を撃ち殺していたログを思い出した少女が掛ける言葉もなく押し黙る。
「悪いな」
そう告げたログが部屋を後にした。




