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The ability  作者: 不破陸
The ability
22/112

22.家族

 青い眼の男に渡されたカードキーを見つめながら栗色の髪の少女が廊下で立ち止まる。隣り合うナンバーの内、自分の部屋ではない番号を選びシルファは扉を開けた。


 エルとコンピューターゲームをやっている赤眼の男が来客に気付くと、少女に振り返って告げる。


「悪いけどちょっと待っててくれよ。手が放せなくてな」


 そう言ったツェンの操作しているキャラクターが倒れると、画面がゲームオーバーを表示した。


「ちゃんとやれよ!」


「へっ、先に自分がやられておいて人任せにすんな。俺はゲームより生きてる女の子の方が大事なんだよ」


 そう言ってコントローラーを置いたツェンがシルファを出迎える。


「どうかしたかい? 君の部屋はここじゃないぜ?」


「分かってるけど、ここにいさせて下さい」


 栗色の髪の少女はツェンの横を通り過ぎると、テレビゲームの画面が映るTVの横にあるベッドに腰を降ろした。


「一緒にゲームするか?」


「そんな気分じゃない」


 シルファの言葉にゲームを再開しながらエルが言う。


「じゃあ何で来たんだよ。俺達もさっきやってたのが終わったら寝るつもりだったんだぞ」


「それはごめん、リネアさんと一緒にいたくなかった」


 それを聞いてゲームの電源を乱暴に押し、エルはシルファに向き直った。


「何か酷いことされたのか?」


「そういう訳じゃないから、君こそ酷い顔をしないで」


 邪険に顔を歪めて今にも部屋を飛び出そうとするエルの手を掴んでシルファが言う。


「笑っている君と一緒にいたい」


 いつかの母親の笑顔を思い出したエルは、ぎこちない笑顔で言葉を返した。


「大丈夫だよ。今度は上手にやれるから」


 そう言って少女の手を振り払い、玄関に向かおうとする少年の胸に手を当てた男が言う。


「女の子の頼みは聞くもンだぜ?」


 そう言いながら少年を少女が座っているベッドに押し戻すと、ツェンはその隣にある椅子に座って告げた。


「リネアと何かあったのか?」


「そういう訳じゃないけど……」


 ベッドに横たわりながら怒気を含んだ表情をしているエルが言う。


「お前を泣かすようなヤツは許さねぇ」


「別に泣いてなんかいないから、君は笑っていて」


 その言葉に表情を崩したシルファが、起きようとしていたエルの頭を抱いて横になり告げた。


「何だよ。これセクハラってヤツだろ?」


「今は違うの」


 じゃれ合う二人を見ながらツェンが言う。


「いちゃつくのは構わねぇんだがよぉ、俺に何か聞きたいことがあったからここに来たんじゃねぇのか?」


「少しこのままでいさせて」


 そう答えるシルファが自分の腹部で寝息を立て始めたエルを確認すると、ゲーム機を片付けているツェンの背中に声を掛けた。


「ねえ」


「何だい?」


 いつもならば振り返って言葉を交わす男の背中を見ながらシルファは言葉を続ける。


「貴方が二百年前に死刑になった理由って何?」


「そいつぁリネアかバーズに聞いてくれ。俺も知らねぇし、本当にあったとしても覚えてねぇんだ」


 背を向けながら答えるツェンに、シルファが再度問いかけた。


「さっきバーズから貴方が二万年以上生きているって聞いたけど、本当なの?」


「そんなに俺に興味があるのかい?」


 片づけを終えたツェンがシルファに向き直り、言う。


 口ごもったシルファにツェンが告げた。


「俺はそういうのを思い出したくないからこの部屋にいるんだが?」


「……すみません。自分の知っている常識が信じられなくなって」


 起き上がり、眠っているエルを膝に寝かせたシルファが答える。


 エルが眠っていることを確認すると少女が語り始めた。


「私はお母さんが大好きでした。私の常識を教えてくれたのも全て母です」


 シルファは俯き、眼に涙を溜めながら言葉を吐く。


 その吐露を椅子に座ったツェンが彼女の姿を視界に収めながら耳を傾ける。


「母は男性が苦手……というより嫌悪していました。理由は知りません」


 言葉を切った栗色の髪の少女に対した赤眼の男は黙ったまま聞いている。


「だから私も男の人のことが苦手で……どうすればいいのか分からなくて……」


「どうすりゃいいって、そいつは俺達の事か?」


 ツェンの質問に頷いたシルファの眼から涙が零れ落ちる。


「卑怯だねぇ、女の涙は」


 そう言いながらシルファにハンカチを差し出したが、それを受け取らない少女を見てハンカチで顔を優しく拭う。


「誰かに好かれたいってンなら十分だと思うぜ? コイツも安心して寝てる訳だからよ」


 少女に膝枕をされて眠りに落ちている金髪の少年を指差してツェンが言った。


「バーズから聞いた話だがよ、コイツはなぁ、五歳の頃からマトモに眠れた試しがねぇんだよ」


「何で……?」


 涙声で問うシルファにツェンが答える。


「親からの怒声や暴力って話だったか。俺も詳しくは知らねぇが、こいつの体の傷はほとんどそれが原因らしいぜ」


「何でそんなことを!!」


 叫び声を上げる少女の唇に人差し指を当てると、ツェンが告げた。


「せっかく寝てるンだ。起こさないでやれよ」


「……ごめんなさい」


 再び俯いたシルファに一息吐くとツェンが言う。


「そんな畏まられてもなァ。さっきの質問なら大体の野郎なんざ下半身か出世のことしか考えちゃいねぇよ。そもそも女がでしゃばる社会ってのを大戦中は作ってねぇしな」


「……聞きたい質問はそれじゃない」


 そう声を上げた少女にツェンが告げる。


「なら何を聞きたかったんだい?」


 押し黙ったシルファがエルの顔を見つめる。


「そいつの話か?」


 顔を横に振るシルファにツェンが言った。


「バーズの話ってンなら俺には答えられねぇが、俺のことなら話してやるよ。気は乗らねェけどな」


「そういうことじゃないんです……」


 肩を震わせてシルファが言う。


「家族の中に入ってくるリネアさんが……苦手で……気に入らなくて……そんな風に思う自分も嫌で……」


「そいつァ俺のことも家族だって思ってくれてるってことかい?」


 寝息を立てるエルの頭を撫でながらシルファが頷くと答えた。


「だから……その……ごめんなさい……」


「気にすンな、そんなのは」


 椅子から立ち上がって少女の横に座った赤眼の男が告げる。


「君は何も悪くねェよ。ただ、いきなり家族の中に割って入ってきたヤツを好きになれってのは無理かもしれねェが、あいつは俺の娘だ」


 その言葉に戸惑う少女にツェンが続ける。


「別に信じなくていいさ。でもよ、俺を家族だって思うンならアイツのことも家族だって思ってやってくれ」


「血縁ってこと……?」


 シルファの質問にツェンが虚空を見やりながら答える。


「俺もアイツが生まれた所を見た訳じゃねぇからなぁ。多分そうなんだと思うぜ」


「少し適当過ぎません?」


 表情を歪めて問うシルファにツェンが言った。


「最近まであいつの母親のことを死んだと思っててねぇ」


「貴方の奥さんってこと?」


 少女の質問に少し考えた後、ツェンが答える。


「そうしようと思ったその日にアイツは死んじまった、って思ってた。リネアに会うまではな」


 その返事に暗い顔をしたシルファが言った。


「適当だなんて言ってごめん……」


「構わねぇよ。20年以上ほったらかしたのは事実だしなァ」


 黙ったまま膝に抱くエルの寝顔を見つめている少女にツェンが告げる。


「聞きたいことは終わりかい?」


「……迷惑かもしれませんが、もう少し質問させて下さい」


「シルファちゃんの頼みなら、俺ぁ何だってきいてやるぜ?」


 その呼び方に顔を顰めながらシルファが質問をした。


「何でリネアさんが自分の娘だって分かったの?」


 視線を床に落とし、昔を思い出しながらツェンが言う。


「悪ィな、俺も真面目にやると女の子を呼び捨てには出来ねーのよ」


 そう断りを入れてから赤眼の男が質問に答え直した。


「バーズから聞いたってのもあるけどよ、アイツの顔を見た瞬間に感じたんだ。サラ……いや、アイツの母親と俺の妹と母親に似てるってな」


「貴方の母親と妹って、それは二万年前の……?」


 一瞬、鬼のような形相をした赤眼の男はベッドから立ち上がりるとシルファに告げる。


「ニ万年だか二億年だかは覚えてねぇなぁ。説明が長くなりそうだから紅茶でも淹れてくるよ」


 ポットを持って洗面台へ向かおうとするツェンの背中にシルファが言葉を投げかけた。


「無理してまで話さなくていいから」


「別に無理はしてねェよ。それに家族だって言うンなら話しておいた方がいいと思ってね」


 洗面所へ向かいながらツェンが続ける。


「リネアもバーズから俺の話を聞いている頃だ。家族について同じ話を知ってりゃ、君もちったぁアイツのことを好きになれるかもしれないだろ?」


 ツェンから向けられた家族という言葉に複雑な表情をするシルファに、赤眼の男が肩越しに腕を上げて洗面所へと入っていった。


 洗面台でポットを洗い、ミネラルウォーターを注いでいるツェンが鏡に映る自分の顔を見る。


「女の子の前であんなツラしてんじゃねぇよ」


 赤眼の男が、己の心に自身の思いを響かせた。

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