23.愛する人
机の上にティーカップを並べると赤眼の男が椅子を引いた。
「まあ座りなよ。そのままそこで寝るってンなら構わねェけどよ」
ベッドに横になっているエルの隣に座る栗色の髪の少女にツェンが言う。
黙ったまま立ち上がり、ツェンに促されるままシルファは椅子に座った。
「お嬢様、不躾な用意を何卒ご容赦下さい」
微笑みながらポットからティーバッグの入ったカップへお湯を注ぐツェンが言う。
「私を慰めようとしているなら結構」
徐々に紅く染まる水面を見つめてシルファが答えた。
「少しいつものシルファらしくなってきたかねぇ」
「今のはお母さんの受け売りです。気にしないで下さい」
少女が神妙な面持ちで椅子に座り直すとツェンが言葉を返す。
「シルファちゃんは母親思いだねぇ」
「私をそう呼ぶってことは貴方も母親思いなんですね」
シルファの返事にツェンが笑いながら答えた。
「やっぱシルファちゃんは俺の妹に似てるぜ」
「どの辺りが?」
そう聞き返した少女に赤眼の男が少女を見つめながら答える。
「愛らしいところが、さ」
「意味が分かりません」
その言葉に自身の身を抱いたシルファの返事にツェンが告げる。
「そう警戒しないでくれよ。俺の昔話でも聞けば少しは納得してもらえると思うぜ?」
無言のまま赤眼の男を見つめるシルファを見たツェンが、一息吐くと言葉を続ける。
「昔々お爺さんとお婆さんが」
「ふざけないで!!」
童話の冒頭を語り始めるように言葉を発したツェンに、シルファが激昂した。
「別にふざけてる訳じゃねェんだが、分かりづらかったか?」
「貴方の体験談だけ話して下さい」
そう告げるシルファにツェンが珍しく顔を曇らせながら言う。
「俺だってあんまり思い出したくない話なんでねェ。話し方は変えるけどよ、他人事みたいに言うのは許してくれよ」
「それはゴメン……無理して話さなくていいから……」
亡き母の顔を思い出した少女が悲愴な面持ちで告げた。
「あンま人の話を真に受けンな」
シルファの額を人差し指で小突くと赤眼の男がそう言う。
「君に同情させておいて嘘吐いてるのかもしれねェんだぜ?」
「今さらそれを言うの? 言ったでしょう、家族だと思ってるって」
少しの沈黙の後、シルファが続けた。
「私は家族の言うことを信じたい。だから話して下さい」
「俺はシルファちゃんに嘘は吐かねぇがよ、人の話なんざぁ話半分に聞いておけよ?」
そう告げるツェンが自身の昔話を語り始めた。
『「昔々、誰もが息を呑む黒髪黒眼の美青年がおりました」
「狩りに行ってくるよ。いつもの果実の搾り汁を用意しておいてもらえると嬉しいな」
黒髪黒眼の青年が石槍を手にすると二人の女に告げた。
「作っておくから無事に帰ってきてね」
「行ってらっしゃい、兄さん」
母親と妹の言葉に笑みで応えると、黒髪黒眼の青年は仲間達と合流し狩りに出かけていった。』
先ほど青眼の男から聞いた話と同様の内容を語るツェンに、シルファは黙って赤眼の男の話に耳を傾ける。
『「お前ェンとこの女は美人揃いだなァ」
「そのくせお前はガキを作ろうともしねェな。俺達が頂いちまおうかァ?」
ツェンと同じく石槍を担いだ両隣を歩く男達が美麗な顔立ちをした男を揶揄する。
「俺にゃ興味がねェんだ。親父も死んじまったし、そうしてくれるなら助かるよ」
「お前ェはいつもそう言う。俺達に子供を作らせる気なんざねぇくせに。女共が可哀想だぜ?」
そう言われ、狩りに出かけている集団の中で一際背の高い黒眼の男が石槍を地面に振り下ろした。
「これも何度も言っているが、アイツ等を泣かすようなヤツの頭は叩き割ってやるよ」
地面に石槍を突き立てたツェンを後ろに呆れ気味に先を歩く男達が顔を見合わせて言う。
「泣かせてンのはアイツだろ」
「女共も子供が欲しいだろうに、肝心のアイツがその気にならねェのは可哀想だな。そのクセ俺達がちょっかいをかけるとあの態度だ。何がしたいンだが」
「アイツの腕っぷしを頼りにしてる族長は黙っちゃいるが、さすがに何とかしてもらわねェとなぁ。死んじまったアイツの父親の面目も立たねェよ。頭領もそう思わねェか?」
ツェンのことを口にする男達の一人が集団を率いている男に問いかけた。
「英雄の子供を導いてやりたいとは族長も考えている。いつまでもあのままなら選んだ女とはまぐわうことを条件に儀式への参加を命令するだろう。だが今はその時ではない」
「アイツが暴れたら村の大半は死ぬだろうしなァ」
そう呟く男に頭領と呼ばれた男が言う。
「少しずつ変えていくしかない。あれだけ優秀な血だ。子を残す方向へ諭していこう」』
「少しいいかしらぁ?」
ツェンが語るより簡素に話す青い眼を光らせる男にリネアが声を上げた。
「子を残すって、ツェンにとって相手は母親と妹なのよね?」
「君が疑問に思うのも無理はないが、近親相姦を危惧する概念が生まれたのはせいぜい数百年前だ。ヤツが生まれた頃には推奨さえされていた」
バーズの説明に痛む耳を抑えながらリネアが言う。
「いつの間にかログもいなくなっているし、端末もなくなってるし、重要な記録を取り逃しちゃったわぁ」
「俺の言動を記録したところで意味はない。話を続けさせてもらおう」
常々思惑外の答えが返ってくる青眼の男に、長い黒髪の女が語り始めようとするバーズを止め口を開いた。
「昔話はもういいわぁ。何でアイツは年も取らないし死なないのかしら?」
「端的に言えばヤツが火口に投げ込まれたことによる。この答えで理解できるか?」
青眼の男の言葉に表情を曇らせてリネアが答えた。
「そのあたりについては詳しく教えてもらえる?」
「儀式って何をするの?」
ブラウンの瞳をした少女にそう問われた赤眼の男が答える。
「村の中で強い男を決める大会みたいなもンかなぁ」
「それに何の意味が?」
少女の質問に赤眼の男が少し思案をした後に告げた。
「シルファちゃんは赤ん坊はコウノトリが運んでくるって話、信じてる口かい?ああ、キャベツ畑とかよ」
「生殖のことなら理解しています」
紅茶の入ったカップに手を掛けながら少女が答える。
「じゃあ話が早ェ。勝つと好きな女を選んで次の儀式が開かれるまでヤれるんだよ」
その言葉を受け、口にした紅茶が器官に入り噎せたシルファが落ち着くと言った。
「意味は分かりますが少しはデリカシーを持って話して下さい!」
「そいつぁ悪かったが、あの頃はガキ一人生まれるだけで村を挙げてのお祭りだったからなァ。当時のことを思い出すとどうもな。感覚が合わねェんだ」
テーブルに飛んだ紅茶の飛沫を拭きながら栗色の髪の少女が言う。
「ツェンは儀式に参加できなかったの?」
「参加してた頃もあるが、族長から出場停止を喰らってね」
「何で?」
少し考えた後にシルファのカップにポットを傾けた赤眼の男が答えた。
「毎回俺が勝つ上に、俺ハ選んだ母や妹とは何もシなカ……」
「ツェン?」
明らかに様子がおかしい赤眼の男にブラウンの瞳の少女が問いかける。
「俺は……何デ……?」
ポットの持ち手を握り潰し虚ろな目をした赤眼の男を見て、シルファが思わずその頭を抱きかかえた。
「思い出さなくていい! いいからいつものツェンに戻って!!」
「ツェン……ッて、誰ダ……?」
少女の叫びに金髪の少年が瞼を開く。
紅い瞳を見つめながら泣き崩れる少女を視界に捉えた少年が、跳ね上がるように起き上がると赤眼の男を蹴り飛ばした。
「コイツを泣かせてんじゃねぇよ!!!」
「違うの! 止めて!!」
座っている椅子ごと吹き飛び、壁際に配置されていた机を粉砕し壁にめり込んだ赤眼の男が立ち上がる。
「泣くなよ、ファンフェイ。お兄ちゃんは勝つからよぉ」
泣いているシルファに向けて現在には残されていない言語でツェンが告げると、エルにその腕を振り上げた。
その行動に父親の姿を重ねたエルが叫ぶ。
「ブチ殺すぞテメェ!!!!」
突然窓ガラスが割れ、飛び込んできた長い黒髪の男が金髪の少年を腕に抱くと、その勢いのまま赤眼の男から距離を取った。
「シルファと一緒にこの部屋から離れろ」
そう言ったログの体を押し飛ばすとエルが赤眼の男に殴りかかる。
それに対応して拳を繰り出すツェンを前に、栗色の髪の少女がエルに飛びついた。
「やめて。やめてよ……」
殴り合おうとする二人の間に割って入ったシルファを認識し、二人はその拳を止めた。
「ファンフェイ……?」
「先生……?」
己が少女を泣かせていると思った少年は、我を取り戻す。
尋常ではない様子の赤眼の男を見てエルがシルファに訊いた。
「あれツェンか?」
「エル……」
金眼の少年を抱き締めて栗色の髪の少女が声を絞り出す。
「バーズを連れてこい」
出入口の扉を開けたログが子供達を掴んで廊下へ放り出してそう告げた。
常軌を逸した赤眼の男を目にし、まごつく二人に黒目の男が再度告げる。
「一分も持たない。早くしろ」
肩にかけたホルスターからリボルバーを取り出すログの言葉の意味を理解したシルファが、エルの手を掴んで向かいの部屋の扉を叩いた。




