母の研究(1)
結局色々手紙を書いたり、部屋を確認したりしていたら二時間近く過ぎていた。
お母様にハレノ様を任せっぱなしになってしまって、それは非常に不安。
急いで庭に行くと、意外にもハレノ様とお母様は仲良く庭を回っている。
「お待たせしました。ハレノ様、大丈夫でしたか?」
「まあ! それじゃあまるでわたくしがハレノ様にへんなことをするかもしれないみたいじゃない! そんなことしませんー」
「……大丈夫でしたか?」
「は、はい。大丈夫ですよっ」
ハレノ様の顔を見るに、本当に大丈夫そう。
でもなぁ、わたくしのお母様、わたくしの記憶や手紙よりかなりなんかこう……アレで……。
ヒメナ様とはまた別手のアレな感じで、心配だったのだもの。
「大丈夫ですよ、本当に。柚子や花梨の木があったので、使い方を話してました」
「カリン? ユズ?」
「オバルの木とセポの木のことね。異世界にもあるらしいの。しかも、この世界ではジャムくらいにしかしないのだけれどハレノ様の世界ではほかにも食べ方があるんですって」
「まあ!」
名前が違うだけで似た植物があったらしい。
オバルの木とセポの木の実は酸味がある。
切って皮ごと砂糖と煮込み、ジャムにして保存食として使う。
栄養価が高いし、味も濃いので平民の中ではかなりポピュラーなもの。
まあ、それでも甘みのあるベリーのジャムには叶わないのだけれど。
「他の食べ方というのは?」
「私の世界だと、かりんはお酒になるんですよ。私のお母さんは冬に風邪を引きたくないからって、秋に梅やかりんをお酒を漬けて飲んでいました。私もインフルエンザに罹って高熱になったら一口二口飲まされて……本当は、お酒は二十歳からなんですけどね。でも、かりん酒を飲んだ翌日には熱が下がってスッキリするんですよ」
「まあ、解熱の力がありますの?」
「でもお酒なので……」
「さっそく作ってみようと思うの。作り方も清酒と氷砂糖とオバルの木の実を切って半年漬け込めばいいんでしょう?」
「はい。母と一緒に漬けていたので覚えています」
瘴気避けの植物を研究していたはずなのに、いいの? それ。
しかしハレノ様が故郷を思い出して楽しそうだからいいか。
「セポの木の実はどう使いますの?」
「かりんもそうなんですけれど、輪切りにしてハチミツに漬けるんですよ。二週間くらい漬け込むと飲めるようになります。スプーンで二杯くらいカップに入れて、お湯を注ぐと飲めるようになります。ハチミツ漬けはいいですよ~。レモンや柚子やかりんを漬けておけば未成年の私にも飲めるし、風邪の予防になるし」
「ほうほう! 興味深いわね。ハチミツね……ハチミツなんてお菓子以外に使わないと思っていたけれど、果実を漬け込むのに使えるのね」
「甘くなって、酸味がまろやかになってビタミンが摂りやすくなるんですよ」
なるほど、成分を取りやすくなるのね。
風邪は平民の中でも冬によく流行る病だ。
瘴気も吸うと風邪に似た症状が出るわ。
お母様もわたくしと同じことを考えたのか、すぐに使用人に指示をしてお酒や氷砂糖、ハチミツを取り寄せるように指示をする。
しかし、これが瘴気に効果があるかは未知。
これからそれを検証する。
しかし、今のところライカの花が一番瘴気を退ける――と、お母様の研究では実績が出ている。
まあ、退けると言っても本当に微細。
もっと大量に……完璧に瘴気を退けられるなにかがあれば、聖女が不在の時でも瘴気を阻む力が確立すれば――。
いえ、お母様はそれを探し続けて研究しているのだったわね。
見つかればいいのだけれど、本当にそんなものがあるのかどうかもわからない。
ただお母様としてはライカの花を植えたところを瘴気が避けて流れたのを見たという。
ならば他にも、いや、もっと強力な瘴気を退ける植物があるかもしれない。
なぜなら、青い森の植物は腐り落ちていないから。
瘴気を取り込み、汚染されて変質はしてしまったけれど腐敗しない木々が青い色になって森を構築して人を阻む。
また、青い森は瘴気を止める役割もあるという。
瘴気は空間の割れ目からしか、人の住む場所に流れない。
そういうこともお母様の研究から発覚したこと。
ちょっと淑女としてはアレだけれど、研究者としては本当に優秀だと思う。
これまで誰も気にしたことのない瘴気について研究しているのだもの。
ハレノ様もお母様と話していると楽しそう。
ハレノ様が楽しいのが一番だから、まあいいか。
「あ、そうだ。ロゼリア先生。ロメーヌさんから瘴気について色々教わりました。最近わかったこともあるそうです」
「最近わかったこと? 瘴気について、新しい発見があったのですか?」
「ええ。わたくしの代わりにこの町の騎士様が協力してくださるようになったおかげで青い森についてわかったことがあるのよ。なんとね、青い森には障兵がいないの! 魔力持ちの騎士様に青い森に入ると誰もいなくてね。で、青い森の植物もいくつか持ち帰ってもらったのだけれど」
「なんでそんな危険なことをさせているのです!?」
「まあまあ、最後まで聞いてよ。その植物を向こうの温室で育ててみたのだけれど、瘴気が種になって排出されて、普通の花に戻ったのよ!」
「え、えええ!?」
植物が元に戻った!?
それって――。
「そう! もしこの種を――たとえば鉱物などに移し替えることができたら? 瘴気を鉱物に封印することができるかもしれないでしょう? 封印したら、聖女様のところに持っていって浄化もしてもらえるだろうし? でもね、そういうことを考えていたら、原点に立ち戻ったのよね。『瘴気ってなに?』って」
「……瘴気は――古代の悪王バミニオスが撒き散らす、病の素。それを具現化したものを、瘴兵と呼ぶ。瘴気に触れると、魔力でガードができない者は病に罹る」
「そう! でもね、よく考えて? 古代悪王バミニオスは人間だったのよ。女神様に求婚したと言っても、それがどうして瘴気を生み出せるようになったの?」
「「………………」」




