幕切れ③
「はい。東野正純の遺体は後藤が処理しました。後藤が東野正純を送る振りをして東野家に行った時、車内に遺体はありませんでした。後藤は東野家の前で車を停め、目撃者が通り過ぎるのを待った。幸いに直ぐに車が通りかかってくれた。しかも坂道を上る東野正純を見たとまで証言してくれた」斎藤由美子だ。
斎藤由美子を呼んで再度、事情聴取を行うと、はっきりと後ろ姿は見ていないと証言を変えたようだ。「その間、遺体は地下室に置きっぱなしだったのです。人々が寝静まるのを待って後藤は遺体を担いで裏山に向かいました。殺害した時と同じ状態で遺体を木に吊り下げておくことにしたのです。恐るべき体力に怪力です」
「伝説を知っていた後藤さんは、東野家の末裔は木に吊るされてこそ相応しいと考えたのでしょう。そうすれば高階経章の加護があるはずだと思った。それに、瑠璃子さんを嫌疑の外に置くために女性の細腕では絶対、無理な状況で遺体を吊り下げて置く必要があった。捜査をかく乱するつもりはなかったと思います。全ての罪を自分で背負おうとした。後藤さんはただ瑠璃子さんを守りたかっただけだと思います」
これも西脇が見た夢の通りだ。自分のことながら少々、気味が悪くなった。
圭亮は淡々と話しを続ける。「その為にも、東野正純氏の遺体は見つかってもらわねばならなかった。誰にも気づかれずに朽ち果ててしまえば、折角の細工が無駄になってしまう。だから、遺体が吊るされていた場所は地元の人間ならよく知っている山菜がよく取れる場所だったのです。遺体を見つけてもらいたかったのでしょうね」
「碇屋恭一氏の殺害について、鬼牟田さんのお考えをお聞かせ下さい」
「漁協に碇屋恭一を訪ねていったのは、恐らく後藤さんでしょう。恭一が言ったマゴとは後藤さんのことです。後藤さんは何時も緑色のジャージを着ていました。緑色のジャージが後藤さんのアイコンとなっていた訳です」
「アイコンですか?」
「その人を特徴付けるシンボルとでも言いましょうか。そんな後藤さんが緑色のジャージ以外の服を着ると、意外に人は後藤さんだとは思わないものです。反対に多少、体格が違っていていても緑色のジャージを着ているだけで後藤さんを連想してしまうでしょう」
「馬子にも衣装ですね」
「その通りです。碇屋恭一は何時もと違う格好をした後藤さんと出会った。そこで、食堂の女将さんに、馬子と会ったと気取った言い方をしたのだと思います。後藤さんから、自分と会ったことは、誰にも言うなと釘をさされていたのかもしれません」
「後藤は今井町にやってきた時に着ていた衣装を引っ張り出して着ていたようです。人知れず碇屋恭一を誘き出すために変装をしようと考えた。知恵を絞ったのでしょう。そして、碇屋恭一は策略に乗せられ、のこのこと夜の神社に誘い出された」
「奈保子さんを口実にしたのでしょうね。碇屋恭一はこの時点で東野正純が全てを白状して、殺されてしまったことを知らなかった。奈保子さんが夜の神社で会いたがっている。誰にも言わないで来て欲しいと言われれば、碇屋恭一は何の疑いも抱かずに、のこのことやって来たでしょう」
「鬼牟田さんの推理通りです。この日、残業する夫、貴広さんのために夕食を届けた瑠璃子さんと後藤は午後八時半頃に美嶽セメントを後にしました。そこから車で直接、山申神社へ向かったのです。神社で碇屋恭一が待っていた」
「殺害の経緯がよく分かりません。後藤さんは日本刀を持って来ていたはずです。それで碇屋恭一さんの首を切断した。東野正純を伝説通り木に吊るしたからには、碇屋恭一も当然、日本刀で首を刎ねなければならない。そうすることで、伝説通りとなる。高階経章のご加護があるはずだ。そう考えていたのでしょう」
「美嶽瑠璃子さんの自供によると、後藤は護身用にドスと呼ばれる短刀を瑠璃子さんに渡していました。刑務所を出た後、護身用に持っていたものでした。何せ殴り殺したのがヤクザです。何時、お礼参りに遭うか分からない。後藤は碇屋恭一を自分で殺害するつもりだった。その為に、日本刀を持って来ていた。ですが、境内で恭一の人影を見つけるやいなや、瑠璃子さんはドスを抜いて懐に飛び込んで行きました。咄嗟のことに、碇屋恭一は瑠璃子さんを避けることが出来なかった。気配を感じた時には胸を差されていました。碇屋恭一は懐に飛び込んできた瑠璃子さんを突き飛ばしました。後藤は瑠璃子さんを助け起こすと、そろりと日本刀を抜き放ち、一刀のもと、恭一の首を刎ね飛ばしたのです」
「これも西脇さんが見た夢の通りです。僕は西脇さんの夢から、犯人が二人いる。二人が共謀して殺人を繰り返しているのではないかと考えました」
そう言えば夢では最初、女性が現れ、やがて猿神へと姿を変えた。最初の女性が瑠璃子、猿神が後藤だったのだ。更に圭亮が言う。「二人が美嶽セメントを出たのが大体、八時半。奈保子さんがガレージに車が戻ったと証言したのが九時頃。美嶽セメントから美嶽家まで車でなら数分でしょう。九時に着いたとすると、車で移動したにしては時間がかかり過ぎています。今になって考えると、そのわずかな時間のズレが犯行時間だった訳です。もっと早くそのことに気がついていれば・・・」圭亮が顔を歪めた。
ほぞを噛んだのは西脇も同じだ。あの時、後藤のアリバイを説明した時、圭亮は何かを思いついた様子だった。西脇は圭亮の思考を遮ってしまった。紡ぎかけた推理の糸を切ってしまったのかもしれない。
「そうですね。瑠璃子さんは自分が碇屋恭一を殺害した。後藤は後始末をしただけだと供述していますが、生首の切断面から生体反応が出ています。首を切られた時、碇屋恭一は生きていた。碇屋恭一を殺害したのは後藤です。恭一殺害後、二人は家に戻っています。恭一に突き飛ばされた時、瑠璃子さんは足を挫いてしまった。それを心配して家に戻ったのです。そして、家人が寝静まってから、後藤は碇屋恭一の遺体を処理するために外出しました。それまで、碇屋恭一の遺体は神社に放置されていた。まあ、真冬の神社を夜中に参拝する者などいないでしょうから、遺体は発見されなかった。それこそ、高階経章の加護かもしれません。はは」と生長が自嘲気味に笑った。




