幕切れ②
「直樹氏は全てを知っていたのでしょう」
「瑠璃子さんもそう思ったそうです。丁度、直樹氏の携帯電話が鳴り、すいませんと電話を取りました。やがて電話を切ると、正純からでした。何か急な用事があるようです。今日は、えらく人気者だと言って笑ったそうで、自転車を置いてきたからと、再び、後藤さんに車で役場まで送ってもらいました。部屋を出る時、直樹氏は背を向けたまま小声でお母さんと呟いたそうです。ひどい母親で御免なさいと言って、瑠璃子さんは取調室で泣いたと言います」
こういう話に圭亮は弱い。話題を逸らすかのように言った。「宝来直樹氏は碇屋恭一と東野正純に殺された。実際に手を下したのは碇屋恭一でしょうが、東野正純は直樹さんを呼び出しています。共犯と言えるでしょう」
「宝来直樹氏の事件に触れる前に、先ずは東野正純の殺人事件を紐解く必要があります。鬼牟田さんのお考えをもう一度、お聞かせ下さい」
「東野正純さんの殺害は計画的なものではなく突発的に起こったものでしょう。直樹氏は東野正純からの電話を受けて、美嶽家を後にした。そして、その日に失踪した。宝来宗治を見捨てて家を出たのなら、それはそれで良い。ですが、もし何かあったのだとしたら――」
「胸騒ぎがしたと美嶽瑠璃子さんは供述しています。直樹氏が失踪した翌日に宝来宗治が訪ねて来て言ったそうです。直樹を何処に隠したと。それで美嶽瑠璃子さんは直樹氏の失踪を知りました」
「そうですか。瑠璃子さんは直樹氏の失踪に東野正純が絡んでいると疑った。そこで、正純が振袖祭りの寄付をせがみに来た時、彼を問い詰めたのではありませんか?」
「その通りです。何も知りませんと東野正純はしらばくれましたが、あの日、瑠璃子さんは直樹氏が東野正純からの電話で呼び出されたことを知っています。そう告げると東野正純の顔色が変わった。知らない!俺は関係ないと怒鳴り始めたので、危険を感じた後藤が背後に回って羽交い絞めにすると柔道の絞め技で一瞬にして締め落としました。そして、後藤は正純を後藤の部屋の地下にある地下室へ運びました。後藤の部屋には地下室があって、物置として使っています。美嶽家の家財を整理、保管してあって、中央部分に天井からボクシング用のサンドバッグを吊り下げてあります。日頃、後藤のトレーニング・スペースになっています」
「そこに日本刀があったのですね?」
「地下室には宝来家が金に困って売り払った家宝が保管されていました。碇屋恭一殺害の凶器となった日本刀もありました。先代が宝来家の敷地の一部を買い取った際、蔵にあったものを一緒に買い取ったそうで、その中に、日本刀と槍があったそうです。先代にお前にやると言われ、後藤は宝物のように大事にしていたそうです。痛みのひどかった日本刀と槍を独学でこつこつと修復していたようです」
「すいません。話が逸れてしまいました。地下室で、東野正純を縊り殺したのですね。よく分からないのは、東野正純を縊り殺したのが瑠璃子さんだったのか後藤さんだったのかです」
「美嶽瑠璃子さんの供述によれば、彼女自身だと言うことです」
「彼女が⁉小柄な女性がどうやって東野正純を縊り殺すことができたのですか?」
「後藤は地下室の天井から吊り下がっていたサンドバッグを外してロープを掛け、意識のない東野正純の両手を後ろ手に縛り、首にロープをかけた。そして、喝を入れて東野正純を目覚めさせた。後藤は瑠璃子さんの運転手として美嶽セメントに行くことが多い。瑠璃子さんの仕事が終わるのを待っている間、受付にあった美嶽貴広さんが書いた『今井町の歴史』を何度も読み返していました。高階泰章が使った残酷な拷問手法を知っていたのです。この時点で、東野正純を殺害する明確な意図はなかったようです。ただ、彼の口を割らせようとしただけに過ぎない。宝来直樹氏がどうなったのか、それを知りたかった」
「そこで、東野正純はとんでもない話をしゃべり始めたという訳ですね」
「東野正純は気の弱い若者でした。拷問を受けると、直ぐに全てを白状しました。宝来直樹氏を殺害したことをべらべらとしゃべり出したのです。碇屋恭一に命じられ、直樹氏を漁港にある碇屋家の納屋に呼び出した。直樹氏が奈保子さんに近づかないように、ちょっと焼きを入れてやるという話だったのに、恭一はいきなり暴行を始めた。東野正純は成すすべなく見守ることしかできなかった。そう言っていたようです。すると、直樹氏が恭一を挑発するようなことを言った。どうせ結婚なんて出来ない。そう言ったそうです。それを聞いた恭一は我を失い、納屋にあった船舶修理用のスパナを手に取って直樹氏を殴り殺してしまった」
西脇が見た夢だ。あの夢は冥界の宝来直樹からの哀訴だったのだろうか。
「直樹氏の言った、どうせ結婚なんてできないとは、碇屋恭一と奈保子さんが結婚できないという意味ではなく、自分と奈保子さんは腹違いの兄妹なので、結婚などできないという意味だったのでしょうね」
「ああ、そうか。そうですね。恐らくは。直樹氏を殺害してしまい、途方に暮れる東野正純に、遺体は海に捨てる。二度と浮かび上がらないようにしておく。心配するな。二、三日したら、これで、あのアル中の親父に遺書らしきメッセージを入れておけ。その後、携帯は始末しておけと、恭一は直樹氏の携帯電話を東野正純に渡しました。なかなかの策士ですね。悪知恵が回る。自分は暴行に加わっていない。恭一の言われた通りにやっただけだと東野正純は弁解を繰り返しました。東野正純の告白を聞いていた瑠璃子さんは突如、後藤からロープをひったくると全体重をかけてロープを引っ張りました。あっという間に東野正純は縊り殺されてしまいました」
いつの間にか主客が転倒し、生長が事件の経緯を説明している。
「後藤さんは直樹氏が瑠璃子さんの子供であることに気がついたでしょうね。瑠璃子さんには、まだ直樹氏の復讐を果たさなければならない人物がいる。碇屋恭一です。歯車は動き出してしまった。ここで捕まる訳には行かない。後藤さんに協力を求めたのでしょう。後藤さんが断るはずがない」




