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生首の神饌  作者: 西季幽司
第四章「死者からのメッセージ」
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契約結婚③

「その赤ちゃんと言うのが――」

「はい。直樹です。一体、誰が産んだ子なのか宗治は何も話してくれませんでした。赤子の出自に関することを、ちょっとでも話題にすると宗治は烈火の如く怒りました。俺の子供だ。それで良いだろうと怒鳴り散らすだけでした。激しい怒りの裏には、誰かに対する怯えがあったように思います。ある時、それを話せば殺されると震えていたことがありました」

 宝来直樹の母親は木村由希子ではなかった!

「宗治は大学を卒業し所帯を持っても働きに出ようとはせずに、家でぶらぶらしていました。宝来家の暮らしを支えていたのは、町内に所有している小さなアパートからの家賃収入と数年前に脳梗塞を起こし、半分、寝たきり状態にあった義父の年金だけでした。宝来家の暮らしを支えていたアパートは、どうやら宝来家の所有物ではないようでした。誰かが赤子のために宗治に与えたものではないかと、そう思っていました」

 やがて、その謎の人物が誰なのかはっきりとする。

「ある晩、宗治と義父の総太郎がこそこそと内緒話をしているのを聞きました。本人達は内緒話をしていたつもりかもしれませんが、私には筒抜けでした。いざとなれば、直樹を餌に美嶽家からいくらでもふんだくることができる。そう宗治と総太郎が小声で話しているのを耳にしたのです。今度こそあの鬼に殴り殺されるとか、あの女が戻ってきたと言った言葉が途切れ途切れに耳に入りました。私、直樹の出自の謎が解けたと思いました」

 丁度、当時、美嶽家の一人娘、瑠璃子が町に戻って来たことが噂になっていた。由希子は直感した。どういう事情があったのか知らないが、直樹は瑠璃子と宗治の間に出来た子だと。

「当時、鬼のように恐れられていた宝来家の当主、真治さんは不思議なことに私に優しかったのです。町で会った時には、何時もにこにことほほ笑みかけてくれました。でも、それは私にではなく、私が連れ歩いていた直樹に対する笑顔だったのかもしれません」

 やはり孫は可愛かったのだ。

「私の結婚を仕組んだのも真治さんだったと確信しています。あれだけあった父の借金を肩代わりできる人など、そういないでしょう。宝来家の生活の糧だったアパートを手配したのも真治さんでしょう。直樹が飢えることがないように配慮したのです」

「・・・」由希子の衝撃の告白に圭亮は言葉を失っていた。

「長女の綾が生まれる頃には宗治との関係は冷え切っていました。宗治との離婚が決まった時、神戸で仕事を世話してくれ、住むところを見つけてくれたのが結婚を仲介してくれた知人でした。多分、真治さんが私たちの離婚を知り、知人を通して暮らし向きが立つように取り計らってくれたに違いありません。真治さんがいる限り、直樹が不幸になることはないだろうと安心していました」

 だから直樹を残して町を去ったのだ。

「今の主人と知り合う前ですけど、こちらに来て生活に困った時には、不思議なことに、何時も誰かしら手を差し伸べてくれる人がいました。運が良いと思っていましたが、それもこれも、真治さんが私のことを心配して見守ってくれていたからだと思います。短い間でしたが、直樹を育てたことに恩義に感じてくれていたのでしょう。真治さんが亡くなってから、そういうことは無くなりました。真治さんはやっぱり、たいしたお方だったのですね」由希子が懐かしそうに言った。


 圭亮は新幹線の座席に座ったまま動かなかった。新大阪駅を出てから、ずっと同じ姿勢のまま座り続けていた。

 移動時間は睡眠時間だと割り切っている西脇だが、木村由希子から聞かされた話が衝撃的過ぎて眠ることが出来なかった。宝来直樹の母親が誰だったかについて話し合いたかったが圭亮が黙り込んだままなので声をかけることが出来なかった。

 体は動いていないが、脳味噌はフル稼働しているはずだ。体は脳味噌に血液を送り続ける為に活動を停止している。圭亮自らが命名した俯瞰的演繹法が発動したのだ。何か鍵になることを見つけ出すと圭亮の脳味噌は暴走を始めてしまう。今回は木村由希子の話が俯瞰的演繹法を発動させるトリガーになった。

 傍目に、ぼうっとしているように見えても圭亮の頭の中では幾つもの推論が飛び回り、ぶつかり合い、離合集散を繰り返している。やがて、いくつもの推論が結び付き、ひとつの結論へと帰結する。うっかり思索を遮ってしまうと、折角、つむぎかけた推理の糸がぷっつりと切れてしまうらしい。一度、切れた推理の糸は二度と、もとに戻らないことがある。

 木村由希子がもたらした情報は圭亮の脳内で次々と反応を起こし幾つもの仮説を生み出し続けている。そして、数多の仮設は結論を導き出そうと竜巻のように渦巻いているに違いない。

 こういう時は圭亮の思考を遮ってはいけない。西脇は経験からそのことが良く分かっていた。だから、一人、悶々と圭亮が正気に戻るのを待っていた。

 新幹線が静岡を通過した頃、初めて圭亮が「今、どの辺でしょうか?」と言葉を発した。どうやら結論にたどり着いたようだ。

「静岡を過ぎた辺りです。先生。事件の真相が分かったのですか?」

「全ては僕の想像です。正しいかどうかは分かりません。正直、僕の想像が間違っていてくれればと思っています。西脇さん。猛烈にお腹が空きました。弁当を食べて良いですか?」

 新大阪駅で買った弁当が手つかずのままだった。体は硬直したままだったが脳内に血液を送り込む為にエネルギーを消費してしまったのだろう。

「どうぞ。先生。早く食べないと東京駅に着いてしまいますよ。食べ終わったら事件の真相を教えて下さい」

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