契約結婚②
「警察官だって人間です。仕方ないのではありませんか」
「僕もそう言ったのです。でも、浅井さん、頭じゃ分かっているけど、なかなか気持ちの整理がつかない。そう言っていました」
「浅井さん、先生に悩みを打ち明けることが出来て少しはすっきりしたんじゃないですかね」
長大な体躯に優しそうな風貌のせいか圭亮には何処か頼りになるイメージがある。人は圭亮を前にすると、つい心を開いてしまう。
「ありがとうございます」
新大阪駅に着いた。
駅構内の喫茶店で木村由希子と会うことができた。由希子は先に着て待っていた。
「赤いハンドバックをテーブルの上に置いておきます」と目印を教えてもらっていたので由希子のことが直ぐに分かった。
四十代の小柄な女性だった。
圭亮の顔をテレビで見て知っているとのことで「鬼牟田圭亮です」と名乗ると「何時もテレビで拝見しています」と言って笑った。
笑うと八重歯がこぼれて若く見える。
顔なじみの圭亮が質問をすることになった。宗治が殺害されたことへのお悔やみを述べると「もう長いこと会っていませんので、殺されたと聞いても何の感情も湧いてきません。娘の養育費をただの一度も払ってくれませんでした。はっきり言って良い父親、良い夫ではありませんでした」と言って笑った。「今の主人に出会うことができて本当に幸せでした。子供が一人いて彼は宗治との間にできた娘の綾も実の子同然に可愛がってくれています。本当に良い人に出会うことができました」
「それは良かったですね。ところで――」と本題に入る。「お宅に日本刀と槍はありませんでしたか?」
「刑事さんからも聞かれましたが、私には分かりません。宝来家と言えば昔は蔵持の大地主だったそうですが、私が嫁いだ頃にはすっかり尾羽打ち枯らしていて、何もかも美嶽の家に売り払った後でした」
「直樹さんが行方不明になっています。彼が今、何処にいるのかご存じありませんか?」
「直樹・・・」宝来直樹の名前が出た途端、由希子の顔色が曇った。「直樹が今どこで何をしているのか、私は知りません。家を出てから、何度か手紙をくれました。ですが、宗治への複雑な感情があったので、返事を出しませんでした。その内、手紙が来なくなりました。諦めたのでしょう。あの子にとって、私は母親ではなくなった。そういうことでしょう。あの子には悪いことをしたと後悔しています。ですが、幼い子供を二人も抱えて、生きて行くことに自信が持てなかったのです。あんな父親です。苦労の連続だったことでしょう。よく今の今まで頑張って面倒を見てきたと思います。あんな父親、早く捨ててしまえば良かったのに。今、何処でどうしているのか知りませんが、あの人から解放されて、ほっとしていることでしょう。そっとしておいてあげて下さい。それに・・・」
由希子は躊躇っているようだ。何か話そうか話すまいか迷っている。そう見えた。浅井の感が当たっていたのかもしれない。
「虐められている子がいると助けてあげる。直樹さんはそんな正義感の強い若者に育ったようです。憧れの存在だという後輩もいました」
「そうですか。立派に育ってくれて・・・すいません」由希子はバッグからハンカチを取り出すと、目頭を押さえた。やがて顔を上げると、決心したように話を始めた。「私の実家は宇部市で小さな部品工場を営んでいました。豊とは言えないまでも何不自由の無い生活をしていました。ところが、バブル崩壊のあおりを受けて倒産し、父親が多額の借金を抱えてしまいました。私は高校を中退すると働きに出なければならなくなりました。ですが、私一人の稼ぎでは、とても借金を返すことなど出来ません。このままでは家族がばらならになってしまう。そんな危機感がありました。でも、私にはどうすることも出来ませんでした」
一家離散の危機にあったのだ。
「その頃、父親の知り合いから不思議な申し出がありました。ある男と結婚してもらいたい。もしその男と結婚してくれるなら実家の借金は全部、肩代わりする。勿論、男と会って気に入らなければ断ってもらって構わない。そんな内容でした。当時、私は十八歳になったばかりでした。でも、首を括るしかないと嘆く父親と高校には行かずに働くと言う弟のために、その男に会うことにしました」
その男が宝来宗治だった。
「宗治は当時、地元の大学に通う大学生でした。実家は町で指折りの由緒ある名家だと聞きました。垢抜けて見えて性格も優しそうでしたので、正直、十人並みの容姿の私には良縁と思いました。多少、変わっていましたが、これも一種の見合いと割り切って結婚の承諾をしました。すると、話はとんとん拍子に進んで、一ヶ月後には結納が終わり、二ヵ月後には籍を入れていました。あまりに慌ただしかったのですが、あの当時は結婚なんて、そんなものだろうと疑問を持ちませんでした。ところが、結婚が決まってから、宗治を紹介した知人から驚くべき事実を知らされました」やはり裏に何かあったのだ。
由希子の顔色が赤く染まっていた。興奮しているのだ。長い間抱え込んできた秘密を暴露できる喜びに打ち震えている。そんな風に見えた。
「どんな事実を知らされたのですか?」
「宗治に子供がいて、生まれたばかりの赤子を私の子供として育てることが結婚の条件だというのです。実の母親については聞かないでくれ。実家の借金は全て返済の手筈が整っている。このまま結婚して欲しいと言うのです。結婚を承諾してから、蝿のように煩く毎日、取り立てに来ていた借金取りが家に姿を見せなくなっていました。私に選択の余地などありませんでした。宗治と結婚し、赤子の母となりました」




