契約結婚①
浅井刑事が木村由希子に電話をかけて面会を手配してくれた。
新大阪駅まで足を運んでくれるという。大阪駅で途中下車するだけで良い。駅構内にある喫茶店と時間を指定してくれた。やはり浅井刑事が感じたように、何か伝えたいことがあるのかもしれない。
早朝、今井町を発った。
奈保子が「ええっ!事件が解決していないのに、もう帰っちゃうのですか~」と心底、がっかりした様子だった。貴広も「もう一日、出発を延ばしてはどうですか?」と言ってくれたし、瑠璃子も「まだまだレパートリーがありますのよ。お客様に料理の腕を振るうことなんて滅多にありませんのに」と残念がってくれた。
だが、皆、警察の事情聴取に呼ばれたまま帰って来ない後藤を案じていることが見て取れた。後藤は黙秘しており、この為、拘留が長引いている。身柄は柳井署に移され取り調べが続いていた。
一緒にいてあげたかったが警察からの依頼がある。「すいません。週末の放送がありますので、そろそろ東京に戻らないといけません。宿泊費や食費など、遠慮なく請求して下さい」と言って美嶽家を後にした。
藤代と菊本が最寄りの徳山駅までワゴン車で送ってくれた。
「藤代さん。これで終わりではありませんよ。むしろ、これからが本番です。お互い、もうひと踏ん張りしましょう」
「分かりました。西脇さん。暫くこちらに張り付いて情報を集めます。お互い頑張りましょう」
珍しく西脇が感傷的だ。藤代は家族を残してホテル暮らしをしながら取材を続けている。その大変さが理解できるのだろう。
新幹線に乗り込む。何時もは直ぐに高いびきの西脇だが、今回、休養は十分だ。「どうでした? 宝来直樹犯人説の改訂版は?」と聞いてみた。
「ええ、まあ」と誤魔化したところを見ると、納得していないのかもしれない。朝から一緒だが、生長と連絡を取った形跡がなかった。宝来直樹犯人説の改訂版は、まだ生長に伝えていないようだ。あながち的外れな推理だとは思えないのだが、何か考えがあるのだろう。
「先生。もう事件の謎が解けていて、犯人が分かっているんじゃないですか?あとひとつ、ピースが埋まっていないからまだ真相は話せないとか、最後に事件関係者を集めて事件の謎解きをしましょうとか、名探偵はとかくもったいぶるものですから」
「嫌だなあ~西脇さん。僕は名探偵なんかではありません。なんとなく、こう、ぼやっとしたものがあるのですが、はっきりとしない。そんな感じですかね。うまく言えないのですけど」
「ふ~ん。そんなものですか」
新幹線は山陽道を走って行く。トンネルが多い。トンネルを抜けると景色を楽しむ暇もなく、次のトンネルに入る。圭亮が物憂げな顔をしているので、聞いてみた。「先生。折角、生長さんや浅井さんと仲良くなれたのにお別れで寂しいですね」
「はい。お二人といっぱい話をしました」圭亮は素直だ。「そうそう。浅井さんから聞いた話ですけどね。生長さん、一年前に奥さんと離婚したそうです。結婚して十年以上、捜査で家を空けることが多かった生長さんを文句ひとつ言わずに支えてくれていたのに、ある日、突然、離婚を切り出されたそうです。あなたを待つことに疲れた。毎日毎日、無事に家に帰ってくるのを待ち続ける日々がもう嫌だというのが離婚理由だったそうです」
「忙しい上に身の危険が伴う刑事さんですからね。奥さんは大変でしょうね」
「それが、奥さん、いや元奥さんから最近、携帯にメッセージが来るそうです。お仕事お疲れ様ですとか、あまり頑張り過ぎないように頑張って下さいといった簡単なメッセージだそうです。生長さん、携帯電話は通話だけだったそうですが、浅井さんに聞きながら慣れない手つきで一生懸命、返事をしているそうです。結婚している時に、こうしてマメに連絡をしていれば良かったと後悔していたと浅井さんから聞きました」
「微笑ましい話ですね。復縁があるかもしれませんね」
「浅井さんもそう考えていて、二人をひっつける作戦を練っているそうです。でも、浅井さん自身も大変なのですよ」
「大変? 何かあったのですか?」
「浅井さん、大学に通っていた時に知り合った恋人がいました。サークルの後輩だったそうです。彼女が大学を卒業したら結婚するつもりだったようです。それが、夏休み、彼女が島根県の実家に戻っていた時、大型台風が直撃して裏山が崩壊し、家屋を飲み込んでしまいました。未明のことで、一家三人、全滅でした」
「そんなことがあったのですか⁉彼にも辛い過去があったのですね」
「浅井さんが言っていました。そう人に思われているのが辛いと」
「どういうことです?」
「浅井さんが地元に戻って警察官となり、遠距離恋愛になってから二人の関係はぎくしゃくしていたそうです。最初は、電話をしても留守電で応答がないとか、メッセージを送っても返事が来ないとか些細なものでしたが、その内、同級生や後輩から、彼女に関するよくない噂を耳にするようになったそうです。よくある話ですが、浮気をしているという噂です」
「遠距離恋愛だと、そういうことがありますね」
「噂を聞く度に、相手の男性が違っていたそうです。それほど親しくなかった後輩から、先輩、彼女とは別れた方が良いですよと忠告される有様でした。そんな時に事件が起きました。浅井さんを苦しめているのは、その知らせを聞いた時の自分自身の反応です」
「どんな反応です?」
「ほっとしたそうです。これでやっと彼女と別れることができたという安堵感を覚えたそうです。浅井さん、警察官なのに何てことを考えるのだと猛烈な自己嫌悪に陥りました」




