母に捨てられた子③
「大阪で木村さんに会って探って来て欲しいということですか?」
「帰り道ですから、ちょっと立ち寄るだけです。どうでしょうか? 勿論、西脇さんの意見次第です。そんなの冗談じゃないということなら断っても構いません」
「取材先も無くなって来ましたから、このままここにいても仕方がないと考えていたところでした。先生。大阪に行きましょう。行って木村さんから話を聞いてみましょう」
「ありがとうございます」圭亮はぺこりと西脇に頭を下げた。
「行くとなったら早い方が良い。明日、木村さんに会えるのなら、朝一番でここを出ましょう」
「分かりました。生長さんに報告しておきます」
圭亮が会議室を出て行こうしたので西脇が慌てて声をかけた。「ちょっと待って下さい。後藤は何故、事情聴取に呼ばれたのですか⁉」
「石突です。槍の石突から指紋が見つかったのです。西脇さんの予知夢のお陰です。石突の表面は綺麗に拭き清められていて指紋は残っていませんでした。ところが、石突きの鉄製の金具を取り外して内側を調べたところ部分指紋が出たのです。恐らく、金具を外して槍の手入れしている時についたものでしょう。鑑識によれば、明治維新の頃に造られた槍を丹念に手間暇かけて修復してあるということで状態が良く、大事に保存、管理されていたことが分かるということです。見つかったのは部分指紋でしたので照合に時間がかかりましたが、後藤さんの場合、服役していますから指紋データが残っていました。そこで話を聞いている訳です。石突の金具は後藤さんの自家製のようです。すいません。後で詳しく説明します」
それだけ言い残すと圭亮は会議室を出て行った。
圭亮が出て行ってしまうと、途端に暇になった。西脇は会議室を出ると、給湯室にコーヒーを煎れに行き、途中、受付を通った。気が付かなかったが、会社のロビーの隅に本棚があった。本棚を覗いてみると、立派な金文字の表装で背表紙に「今井町の歴史」と書かれた本があった。著者名は美嶽貴広になっていた。
貴広は自費で出版している郷土史の本だ。
受付の女性に「ちょっと拝借します」と言って借りて、会議室に持って帰って読んだ。確かに源平の事件についての記述があった。しかも、かなりのページが割かれている。貴広から聞いた通り、今回の一連の殺人事件と瓜二つの内容だった。
熱心に本を読んでいると、藤代から「西脇さん、ちょっと良いですか?」と声をかけられた。
「何でしょう?」
「昼間、ほら、高村君と言いましたか、彼と話をしていて、ふと思ったのですが、宝来直樹という若者は、弱きを助け、強きを挫く、ブチ正義感の強い人間だったようです。随分、熱心な支持者がいたようです。高村君もそうですし、弘中俊文も彼に助けられたことがあると言っていました」
「ええ、確かに」
「ろくでなしの父親を捨て、町を出たことになっていますが、今、彼が町に舞い戻ってくるとどうでしょうね?」
「どうって言われても――」
「ほら。邪魔者だった碇屋恭一と東野正純は既に亡く、厄介者の父親も居なくなっている。彼にとって良いことだらけだと思いませんか?」
「ああ、そうか。実の父親を殺害する必要が無いと言うのが、宝来直樹犯人説の弱点でしたが、彼の支持者が犯人だとすると、全て説明が出来てしまう訳ですね。宝来直樹犯人説の改訂版といったところでしょうか。藤代さん。考えましたね~」
「弘中俊文にとっては、碇屋恭一、東野正純、宝来宗治を殺害することは、恨みを晴らし、敬愛する宝来直樹の恩に報いることになります。いや、高村君だってそうだ。彼だって容疑者の一人だと言えます。二人に限らなくても、他にもっといるのかもしれませんよ。宝来直樹の熱烈な信者が」
「確かに~確かに~」
「我々に宝来直樹の関係者、全てを当たることは出来ませんから、後は警察に調べてもらうしかありません。宝来直樹犯人説の改訂版、鬼牟田先生から警察に伝えてもらった方が良いのではないでしょうか?」
「鬼牟田先生が戻って来たら相談してみましょう」
西脇の言葉に、藤代は「ええ」と嬉しそうに頷いた。
いかつい男が目の前にいた。
どうやら怒っているようだ。真っ赤な顔をして何か叫んでいる。まるで赤鬼だ。だが赤鬼の怒鳴り声は聞こえなかった。音の無い世界にいるようだ。
赤鬼の背後に、ネズミのような顔をした男がいた。係わり合いを恐れているのか、じりじりと後退している。赤鬼が怒鳴る度に、ネズミ男がひっと肩をすくませる。気の小さな男のようだ。
――どうせ、結婚なんてできない。
唐突にそう声がした。誰が言ったのか。自分か?自分が言ったのだ。誰が誰と結婚できないのだろう?
赤鬼がそれを聞いて、地団太を踏んで悔しがった。赤鬼よ。お前なんて、どうせ結婚できない。そう聞こえたのだろう。少なくとも赤鬼はそう解釈したようだ。怒りを爆発させる。「ふざけるなあ~!」と大きく口を動かすと、右の拳が飛んで来た。
顔面にヒットした。だが、痛さは感じなかった。次は左、そして右と赤鬼が次々に拳を繰り出してくる。それを何故か正面から受け続けた。何度目かの拳が顔面をとらえた後、大きくのけ反って倒れた。
視界の隅でネズミ男が小さくなって震えているのが見えた。
寝ていれば良いのに、もぞもぞと動き出す。ふらふらだ。足元が覚束ない。それでも立ち上がろうとする。
それが火に油を注いだようだ。赤鬼の怒りが爆発する。
何とか起き上がろうと四つん這いになったところに、赤鬼が何かを振り下ろした。金属製の固いものだ。頭を嫌というほど殴打された。
その場に崩れ落ちた。
そこで目が覚めた。
気が付けば布団を跳ねのけ、ベッドから飛び起きて、床の上に裸足で立っていた。夢だ。また夢を見たのだ。
西脇はペロリと顔を撫でる。
この町に来てから毎晩のように悪夢にうなされている。明らかに異常だ。死者が夢を通して何かを必死に訴えかけて来ている?
そんな馬鹿なと西脇は一人、呟いた。




