母に捨てられた子②
天狗は六神通という超人的な能力を有していると言われている。どこにでも行くことができる神足通、何でも見通すことができる天眼通、何でも聞き取ることのできる天耳通、人の心を読むことのできる他心通、過去を知ることができる宿命通、煩悩のけがれを確認することができる漏尽通の六つを六通神と言う。
「宝来さんが神通力を持っている?」
「弘中さんが困っている時、どこからともなく現れて、助けてくれるからだそうです」
宝来直樹は弱きを助け、強きを挫く身近なヒーローだったようだ。
「宝来直樹さんは――」と西脇が何か言いかけた時、圭亮の携帯電話が鳴った。
美嶽セメントに急いでいた。
電話は美嶽貴広からだった。「後藤さんが警察に連れて行かれました。話を聞くだけだと刑事さんは言っていましたが、後藤さんが犯人であることを示す有力な証拠が見つかったようです。鬼牟田先生。きっと何かの間違いです。どうすれば良いでしょうか?」
「分かりました。会社に戻って、生長さんに確認してみます」そう言って圭亮は貴広をなだめた。
こうして急遽、美嶽セメントに戻ることになった。
「先生。動きがあったみたいですね」と西脇。興奮している。
「はい。これで停滞していた事件が一気に動き始めるかもしれません」
「後藤が犯人なのでしょうか?」
「分かりません。ですが、前にも言った通り後藤さんには三人を殺さなければならない理由がありません。動機がないのです」
「そうでした。この事件、誰が犯人かより、動機が何なのかを探り出す方が難しいのかもしれませんね」
「そうですね。西脇さんの予言は当たるから怖いです。何せイタコの末裔ですから」
「止めて下さい」
美嶽セメントに到着すると、圭亮は捜査本部が置かれている会議室へと向かった。残された西脇たちは会議室で圭亮の帰りを待った。だが、なかなか戻って来なかった。会話が弾まない。じりじりしながら圭亮の帰りを待った。
うろうろと会議室を歩き回る西脇に藤代が声をかけた。「鬼牟田先生、戻って来ませんね」
「後藤の事情聴取に立ち会っているのでしょう」
こんこんとドアをノックする音が聞こえた。誰か来たようだ。圭亮ならドアをノックしたりしない。「はい。どうぞ」と西脇が答えると、「鬼牟田先生はいらっしゃいますか?」と美嶽貴広が顔を出した。
白板の容疑者リストには美嶽貴広の名前が載ったままだ。いち早くそのことに気が付いた藤代がさっと立ち上がって白板の前に立ち塞がった。
「いえ、今、刑事さんたちのところへ行っています」
「そうですか。何故、後藤さんが連れて行かれたのか分かりましたか?」
貴広が会議室に入って来る。貴広から見えないように、さりげなく藤代が白板を動かした。
「すいません。こちらもまだ情報がなくて分からないのです。鬼牟田先生が帰ってくると、何か分かると思うのですが」
貴広は心配顔だった。暫く、西脇たちと一緒に圭亮の帰りを待っていたが、圭亮が戻って来ないので、「仕事がありますから」と諦めて会議室を出て行った。
「今晩は遅くなりそうですので、夕食は結構です。その代わりに社員食堂を使わせて下さい」西脇が言うと、「分かりました。社員食堂は自由に使って頂いて結構です。夕食の件、家内に伝えておきます。食事の支度どころではないでしょうから助かります。楽しみにしておりましたが残念です。お気遣いありがとうございました」と貴広に礼を言われてしまった。
「ブチ危なかったですね」藤代はなんとか貴広の視界から白板を隠し通した。
「ご苦労様です。先生、まだかかりそうですから、取り敢えず食事を済ませましょう」
社員食堂で食事を済ませ会議室に戻ると、圭亮が戻って来た。「食事休憩です」と言うので、話を聞きたかったが「先生、早く行かないと社員食堂が閉まってしまいますよ」と会議室から送り出した。
社員食堂なので食事を供給する時間が限られている。
圭亮が食事を終わるまで待たされた。会議室に戻って来ると圭亮が西脇に言った。「相談があります」食事休憩の後、直ぐに事情聴取を再開するということで「すいません。時間がありません。西脇さん。生長さんからひとつ頼まれごとがありました。西脇さんと相談して返事をすると答えてあります」と切迫した表情だ。
「何ですか? 鬼牟田先生」
「東京への帰路、大阪に立ち寄って木村由希子さんから話を聞いて欲しいというのです」
「木村由希子って誰ですか?」
「宝来宗治さんの別れた奥さんです。木村さんは現在、大阪府吹田市に住んでおり、浅井さんが電話をかけて話を聞いたところ、今井町にはもう十年以上、帰っていない。宝来宗治とも会っていないし、話をしたこともないと答えたそうです」
「事件とは無関係のようですね」
「凶器となった槍についても聞いてみたそうですが、そういうものが家にあったとは知りませんでしたという答えだったそうです」
「益々、関係が無さそうですね。何故、分かれた奥さんに話を聞きに行くのですか?」
「それが上手く言えないのですが、木村さん、何か言いたいことがあるような感じだったと浅井さんが言うのです。テレビでニュースを見てびっくりした。いつかはバチがあたると思っていたとか、そんなことを言ったそうです。それを聞いて浅井さんは木村さんが何か隠していると直感したそうです。刑事の感ってやつです」
「バチが当たる? 宝来宗治はバチが当たるようなことをしていたのですか?」
「浅井さんも同じことを尋ねたそうです。木村さんは、それくらいロクデナシだったという意味ですと誤魔化したそうです。子供の頃に別れたとは言え、木村さんは直樹さんの母親です。直樹さんを匿っていたとしても不思議ではない。生長さんはそう考えたみたいです。とは言え、刑事の感で捜査員を大阪に派遣する訳には行きません。直樹さんは事件の関係者の一人ですが容疑者ではありませんから。そこで僕らに白羽の矢が立ったという訳です」




