母に捨てられた子①
東野正一とのインタビューを終えて農協を出ると、はたと行く先に困った。
後、話を聞きたいのは後藤と弘中親子だが、弘中親子にはインタビューを申し込んで断られている。
「後藤さんからは美嶽家で話を聞くしかないでしょう。美嶽家に着いた時に顔を見ただけで、全く出て来ませんが、我々で何とかするしかなさそうですね」
西脇の言う通りだ。警戒されているのか後藤と話をする機会がなかった。
突然、西脇が「ちょっと、そこの君!」と叫んだ。自転車に乗った若者が西脇たちの様子を見守っていた。西脇に声をかけられて、若者は逃げ出そうとした。
「待ってよ。逃げないで。ちょっと話を聞かせてもらうだけだから~」
西脇に呼び止められて、若者はぺダルを漕ごうとしていた足を止めた。若者を取り囲む格好になった。
「君、この町の子だよね?」
「はい。テレビ局の人が来ていると聞いて見に来てしまいました。御免なさい」野次馬だ。若者は高村と名乗った。大人に囲まれ、おどおどいている。
「高村君。別に謝る必要なんて無いよ~君、大学生?」
「この春に大学を卒業します」大学の卒業が決まり実家に戻って来たのだろう。就職が決まっていれば暇な時期だ。
「じゃあ、美嶽奈保子さんと同い年だね」
「はい。ナオちゃんとは高校まで一緒でした」
狭い町だ。町の子は小学校まで中学校まで同じ学校に通う。高校進学で初めて進路が分かれる。
「殺された碇屋恭一さん、東野正純さんと親しかった?」
「碇屋恭一さんとは年が離れていますので、よく知りません。弟の象二郎さんと兄弟そろって喧嘩ばかりしていたイメージですね。東野正純さんは象二郎さんと同い年、僕にとっては小学校から高校まで一緒の二つ上の先輩になります」
「じゃあさあ~弘中俊文さんって知っている?」
「東野正純さんに虐められていた人ですよね。それで不登校になったと聞きました。ひとつ上だったのですが、一年、留年しているので高校三年の時、一緒でした」
「へえ~東野正純さんって、どんな人だった?」
「悪夢のような存在でしたね」
「君も虐められていたの?」
「碇屋象二郎さんとは高校が違うのですが、東野さんは碇屋さんの腰巾着のような存在でした。碇屋さんは僕らのような学生は相手にしません。不良相手の喧嘩に明け暮れていました。東野さんは碇屋さんと幼馴染であることを良いことに、弘中さんのような気の弱い生徒を虐めていました。虎の威を借る狐ですね。僕も何度かやられましたね。殴られたことがありますし、金を巻き上げられたこともあります」
「随分、悪い奴だったのだね」
「小ズルいと言った方が良いかもしれません。東野さんに虐められている時、よく宝来さんが助けてくれました」
「宝来さんと言うと――」
「宝来直樹さんです。碇屋象二郎さん、東野正純さんと同い年で高校も一緒でした。イケメンでスタイルが良くてファッション雑誌から抜け出して来たみたいな人でした。正義感が強くて、スポーツ万能で成績もトップクラス、スーパーマンみたいな憧れの先輩でした。東野さんに虐められていた時、何度か宝来さんに救ってもらいました。東野さんに虐められていると、何処からともなく宝来さんが現れて間に入ってくれました。東野さんは宝来さん相手だと分が悪いことが分かっていたようで、何時も、覚えていろよとか悪態をついていなくなるのです。宝来さん、格好良かったですね~」
「宝来直樹さんと親しかったの?」
「親しいだなんて、そんな。高校は隣町ですから、バス通学でした。虐めから守ってもらった後、町まで一緒にバスで帰ったことがあって、その時、たくさん話をしました。久しぶりに町に戻ってみると、宝来さんがいなくなっていました。宝来さん、成績、良かったのに、お父さんの面倒を見るために、地元の大学に進学して、大学を卒業すると町役場に就職しました。あんな、ろくでなしのお父さんの面倒なんて見る必要ないのに。お父さんを捨てて町を出たと聞いて、やっと決心したのだと思いました。遅過ぎたくらいです。今、何処で何をしているのか知りませんが、宝来さんならきっと大丈夫です」
「殺された宝来宗治さんですね。噂は色々、聞いています」
「宝来さん、子供の頃にお母さんが家を出て行ってしまった。妹さんだけを連れて。そのことがショックだったのでしょうね。僕は母に捨てられた子だと言っていました」
「弘中俊文さんとは高校三年が一緒だったのでしょう。同じように東野正純さんから虐めを受けていた。話をしたことがありませんか?」
「弘中さんは一年、ダブっていますからね。同級生と言ってもひとつ上、気軽に話しかけ難いところがあります。学校ではほとんど話をしたことがありません。でも、みんなバス通学ですからね。町の子は大抵、バスで一緒になります。僕はナオちゃんや美羽ちゃんと何時も一緒でした。美羽ちゃんは碇屋さんの末の妹です。弘中さんともほぼ毎朝、同じバスでした。帰りはばらばらなのですが、帰りのバスで一緒になった時に話をしたことがあります」
「どんな話をしましたか?」
「宝来直樹さんの話です。僕と同じように東野正純さんに虐められている時に助けてもらっていたみたいです。宝来さんは天狗だと、弘中さんは言っていました」
「天狗?」弘中俊文は天狗に心酔しており、天狗少年と呼ばれていた。
「普通、天狗と言うと、得体の知れない妖怪をイメージするのですが、弘中さんにとって天狗はヒーローみたいな存在でした。宝来さんは天狗だ。天狗は神通力を持っている。好きな場所に瞬時に移動することができるし、遠くから、人の心の叫びを聞くこともできる。宝来さんもそんな神通力を持っていると言っていました」




