消えた花婿候補③
「正純さんには大学時代から付き合っていた女性がいたそうですね」と西脇が言うと、正一の表情が一変した。薄ら笑いを浮かべていた顔が一瞬で赤く染まった。
「ちょ、ちょっと待った! カメラを止めろ~‼ 止めてくれ! このインタビューは中止だ!」
正一が怒鳴りながら大きく手を振った。
「東野さん。どうしたのですか?」
「おいおい。そんな話をするのならインタビューは無かったことにしてくれ。女性だと。そんなものは知らん! 他人のプライベートを詮索するような真似はよせ! 美嶽に知れたらどうする⁉」
「正純さんの名誉を傷つけるつもりはありません。正純さんも良い年だったとおっしゃったではありませんか。彼女くらいいても不思議ではないでしょう」
「うん?」と正一が考え込む。
「我々は正純さんを殺害した犯人が一刻も早く捕まるように事件を取材しているだけです。正純さんの恋人の件を秘密にしておきたいのなら、公の電波には乗せませんからインタビューを続けさせて下さい」西脇が懸命に説得する。
「ああ、そうか。そうだな。分かった。正純を殺した犯人を一刻も早く捕まえてもらいたい。わしだって、そう思っている。じゃあ、オフレコで頼む。インタビューを続けようか」
正純の恋人の存在は絶対の秘密だった。美嶽家に知られることを恐れていたようだが、考えてみれば正純は既に殺されてしまっている。今更、美嶽家に知れても関係ない。どのみち奈保子の花婿にはなりようがないのだ。正一はそのことに気が付いたようだ。
「まあ~その、正純には徳山の大学に通っていた時に深い仲になった女性がいた。奈保子さんが戻ってからは彼女にお熱の様子だったので、その子とは別れたと思っていた。ところが、隣町で正純が若い女性と腕を組んで歩いているのを見たと教えてくれる者がいた。奈保子さんと二股をかけていると思われては困ると思った」
ここは口を挟まず、正一にしゃべらせておくことにした。「正直、碇屋が花婿候補に割り込んでくるとは思ってもいなかった。網元として盤石だと思っていた。だが、内実はそうでもないらしい。知り合いに聞くと、漁師になろうという若者が少なく、人手不足だそうだ。働き手を確保するために人件費が高騰している。船舶も老朽化がひどくて、毎年、修理費が嵩んでいるらしい。碇屋の家計は火の車だという噂だ。銀行に借金の相談をしているらしいが、うまく行っていないらしい。あの乱暴者の兄貴を差し出して、美嶽の資金援助を期待したとしても不思議ではない。それにしても、あんな極道息子、美嶽の婿には相応しくない。せめて正純がもう少し、しっかりしていてくれたら」
正一は言葉を切って、部屋の面々の顔を見回した。黙って聞いていることに満足した様子で話を続ける。「美嶽の婿は直樹で決まりだと思っていた。宝来はかつて、うちと町を二分した分限者だったが、代々、家長の放蕩で身代をつぶしてしまった。あの宗治の子供にしては、まともなのが出来たものだと常々、不思議だった。見た目も中味も、正純や碇屋の馬鹿とは段違いだったからな。奈保子さんだって直樹のことが好きだったに決まっている。二人、仲が良かったからな。まあ、そんなこんなで直樹がいなくなった時には、正純にも希望が湧いたと思ったが、女と切れていないとなると一大事だ。正純が戻ったら女のことを問いただして、直ぐに手を切らせよう。手切れ金で話がつくのなら、多少の出費はやむを得ない。そう考えていた」話し出すと止まらない。
「その女性と連絡を取ったのですか?」
「ああ、取った。正純の携帯電話は繋がらないままだったからな。流石に、心配になってきた。一緒に青年団をやっている松岡という坊主から女の連絡先を聞き出した。言い渋っていたが、正純が昨晩から家に戻っていない。家のものが皆、心配している。きっと彼女のもとにいるはずだ。君から連絡先を聞いたことは口外しない。そう言って、女の電話番号を聞き出した。そして、女の携帯電話に電話をかけた。だが、出ない。何度、掛けても留守番電話に繋がる。仕方なく、正純の兄で、至急、正純と話がしたいとメッセージを残しておいた。それでも電話がなかった。翌日、もう一度、電話をかけて、やっと繋がった」
「正純さんはいましたか?」
「いなかった。あの二人、一度は別れたらしい。最近になってよりを戻したようで、ちょくちょく会っていたが、ここ二、三日は祭りの準備で忙しいからと会っていなかったそうだ。だからもう一晩、待ってから駐在所に失踪届を出した」
「失踪届を出したのですね」
「出した。駐在所に行くと、丁度、恭一の生首が発見された直後で岡野の姿が無かった。待てど暮らせど戻って来なかったので出直した。午後になって駐在所に顔を出すと、岡野は不在だったが背広姿の男が二人、駐在所にいた。何かあったと直感した。弟が三日前から行方不明になっていると伝えると、興味を持ったようで根掘り葉掘り聞かれた。その内、岡野が戻ってきたので失踪届の手続きをしてくれた。大丈夫。ひょこり家に戻って来ますよ、なんて気休めを言われた」
「正純さんがいなくなった日は、こちらで仕事ですか?」正一のアリバイを確認してみる。
「当たり前だ。あんた、田舎の農協だから暇だと思っているのかもしれんが、これで忙しい身だ。うちの人間に任せておいたら、どうなるか分かったものではない。わしが目を光らせていないとな」強烈な自信だ。
「生首が見つかった日の前の晩はどうです? 夜はどこにいましたか?」
「家に決まっている。うん? 何だ。あんた、わしを犯人扱いしているのか?」
「いえ、そんな。まさか、あなたが犯人だなんて。カメラの前でアリバイを残しておいた方が良いと思って確認しているだけです」
「ああ、そうか。なるほどな」と正一は疑うことなく、「後は宗治が殺された日だな? 時間は何時だ? 昼間? じゃあ、ここにいたに決まっている」と答えた。
組合長室は個室で、二階の角部屋で非常階段の真横だ。こっそり抜け出しても分からないだろう。農協にいたことはアリバイにはならない。正一はまだ話し足りない様子だったが聞きたいことは聞けた。
「ありがとうございました」とインタビューを切り上げたが、西脇は正一が最後に言った言葉が妙に気になった。
「直樹が消え、正純が死に、恭一が殺された。これで奈保子さんの花婿候補が全員、いなくなったことになる。西ノ庄、碇屋、東屋の人間たちだ。なんぞ、悪大弐の気に障ることでもあったのだろうか」
正一はぽつりとそう呟いた。




