消えた花婿候補②
「ああ、そうか」
「碇屋恭一さんの胴体部分が未だに発見されていません。犯人が何処かに運んだということでしょう。重たい胴体を運ぶには車が必要です。犯人は車に乗って神社に行ったはずです」
「トラックがあります! あの軽トラック。あの碇屋恭一が神社に乗って来たやつです。重たい胴体を運ぶにはもってこいだ。死亡推定時刻だって多少の誤差はあるでしょう。殺害時刻が九時十五分だったとしても誤差の範囲内ではありませんか?」
「ああ、そうですね。西脇さん。見つかったのが頭部だけですから死亡推定時刻に多少の誤差があったとしても不思議ではありません。軽トラックの鍵もまだ見つかっていませんし。そう考えると碇屋恭一さんが殺害された時刻に、後藤さんはアリバイがないことになります」
「でしょう」西脇は得意気だ。
「では、最後の宝来宗治さんの事件についてですが、宝来さんは午後二時から三時の間に殺害されたものと思われます。白昼です。その時間、後藤さんは山を見回っていたと証言しています。美嶽家の周りの山一帯は全て美嶽家の所有物です。後藤さんはその管理を任されていて、時間があれば山に入って異常がないか監視をしているそうです。勝手に山に入ってキャンプをしたり、ゴミを不法投棄したりする人間がいるそうです」
「ふ~ん。やはりアリバイは無い訳だ」
そろそろ時間だ。東野正一から話を聞く約束になっている。「後藤のアリバイ検証はまたにして、ぼちぼち行きましょうか」と藤代が出発を促した。
農協は今井川を渡って東側、東屋のテリトリーにあった。
今井川が切り開いた平地は、若干、西側が広い。港も西側にあるため、東側より開けた印象がある。無論、西側にも農地はある。農協のロケーションは東屋の力を現しているようだ。
農協は鉄筋コンクリートの二階建てで、二階から町を見渡せ、遠くに海が見える。一番、見晴らしの良い部屋が組合長の部屋だった。
「ようこそ今井農協へ」東野正一が満面の笑顔で迎えてくれた。
東野正一はアラフォー、まだ若い。末っ子の正純とは年の離れた兄弟のようだ。目鼻口といった顔のパーツが顔の中央に集まっている。温厚そうな人物に見え、農家の親父というより町の電気屋の社長さんといった風貌だ。
「カメラを回して良いですか?」と尋ねると、「ちょっと待ってくれ」と言って、櫛で髪を撫でつけてから「ああ、良いよ」とインタビューが始まった。
「正純さんがいなくなった日のことを教えて下さい」
東野正一は「ん、ん」と痰を切ってから「私はね、将棋が趣味でね」と関係の無いことを答えた。「最近、パソコンのネット対戦にはまっているんだ。夕食後はネットで対戦相手を探して、将棋を指すことが日課になっている。これが面白い。自分の腕に合わせて相手を選べるので、毎回、白熱した勝負になる。ネット対戦なので何処の誰だか知らないけど、ハンドルネームって言うのか、“ぶいすりゃー”という、最近、よく競っている相手と一進一退の攻防を繰り広げている最中だった。妻にね、正純が家に戻って来ていないと言われた。あいつも良い年だ。門限なんて無いし、家に戻って来なくても心配ない。わしはそう言ったんだ」と一気にしゃべった。
結婚しているようだ。西脇の正純に代わって美嶽奈保子の花婿になろうとしたという説は空振りだった。
「どうせまた、青年団の集まりだと思った。振袖祭りが近いのも分かるが、最近は家の仕事を手伝わずに遊んでばかりだった。大体、母さんが正純に甘いから、あいつはいつまでも一人前になれない。妻に放っておけと言うと、母さんに青年団の用事で美嶽さんの家に行くと言ったと言うじゃないか。あちらに迷惑をかけると大変だ。母さんが心配しているから、美嶽さんのお宅に電話して聞いてみてくれ。妻にそう言われた」
息継ぎの合間を縫って、西脇が言葉を挟もうとする。だが、それを正一は許さない。「美嶽奈保子さんに会いに行ったことは分かっていた。正純が美嶽の家に養子に収まってくれれば、うちにとって心強い。健闘を祈ってはいたが、まあ、正直、奈保子さんと正純じゃあ、釣り合わないと思っていた。でも、北政所に会いに行ったと聞いて心配になった」
「北政所?」やっと西脇が言葉を挟む。
「美嶽のご内儀よ。ほら、北条政子って知っているだろう?あれだよ。尼将軍。美嶽の家で一番、偉いのはご内儀だからな。だから町の人間は皆、そう呼んでおる。時間を見ると八時過ぎだった。何時までもお邪魔していると迷惑だ。面倒くさいとは思ったが、正純に電話をかけた。だが出ない。携帯に電源が入っていなかった。そう妻に言うと、じゃあ美嶽家に電話をしろと言う。妻もね。うちに嫁いできた当初は、家格の差を感じていたのか借りてきた猫みたいに大人しかったが、長男を産んでから、肝が据わってきた。まあ、癇の強い母とうまく折り合ってくれるので文句もいえないがな。はは」
既に子供までいるようだ。
北条政子とは鎌倉幕府を開いた源頼朝夫人として、頼朝亡き後、権勢を振るった女性のことだ。美嶽瑠璃子を北条政子に例えた陰口だろう。正一が笑った隙に言葉をねじ込む。「美嶽家に電話をしたのですか?」
「ああ、したよ。仕方ない。瑠璃子さんが電話に出た。東屋だと名乗ると、正純さん、具合はどうですかって聞かれた。そこで初めて美嶽家で具合が悪くなって薬をもらい、家まで送ってもらったことを知った。坂下の丁字路で、正純は車を降りたと聞いた。あいつ、また家に戻らずに遊びに行ったと思った。全く、情けない。大変、ご迷惑をおかけ致しましたと言って電話を切ったよ。ああ、そうだ。しまった。あの時、正純はスクーターで美嶽家に行ったみたいだが、車で送ってもらったのでスクーターを預かっている。何時でも良いので取りに来て下さいって言われたんだった。あんなことがあったものだから、まだ取りに行っていなかった」
「だとすると遊びに行くのに、スクーター無しでどうしたのでしょうか?」
「さあね。歩いて遊びに行ったか。いや、まあ、それはないな。正純は体を動かすことが大嫌いだったから。友達に車で迎えに来てもらったんじゃないか。とにかく、家には帰って来なかった。朝になっても戻って来なかったので、変だとは思ったが、外泊も珍しくなかったので心配はしていなかった。だけど母さんが騒ぎ始めてね。わしに連絡が無くても、正純は母さんにだけはマメに連絡を入れていたからな。こんなに連絡がないなんておかしいと言い始めた。そこで、正純の友人たちと連絡をとったが、誰も正純の行方を知らなかった。流石に心配になってきた」




