消えた花婿候補①
美嶽セメントに戻って社員食堂で昼食をとった。
「東野正一から話を聞いてみましょうか」と西脇が言い出した。「容疑者リストに載っている容疑者の一人ですから話を聞いてみた方が良いでしょう」
生長と浅井も食堂で昼食をとっていたので「東野正一の連絡先を聞いて来て下さい。ついでに情報収集をお願いします」と言って圭亮を送り出した。
「まるでスパイじゃないですか。そうだ!カレーとかけてスパイ四人、そのこころは? 分かりますか?」
「分かりません」
「スパイが四人でスパイ・スー。カレーにはスパイスでしょう。はは」
「なんでスパイが四人でスパイ・スーなのですか?」
「あっ、四をスーと発音するのは中国語でした」
「先生。零点です。そんなの僕に分かる訳ないじゃないですか!」
「すいません。ちょっと行って来ます」圭亮は逃げて行った。
食事を終えて会議室に戻る。
遅れて圭亮が戻って来た。生長から、東野正一に会いたければ農協に行けば良いと教えてもらったと言う。昼間は組合長として農協に勤務している。早速、農協に電話をして組合長を呼んでもらいインタビューを申し込んだ。
「弟の話はしたくない」と最初は渋っていたが、サクラ・テレビの取材だと告げると「サクラ・テレビ? じゃあ全国放送か。それなら会っても良い」に変わった。「では、二時に」と時間を約束して電話を切った。
「先生。他に情報を仕入れてきてくれましたか?」
「西脇さんからそう言われるだろうと思って、事件当時の後藤さんのアリバイについて聞いて来ました」
「おっ!先生、やりますね~スパイとしても、なかなか優秀だ」
「コスパいーでしょう」
「先生。六十点です。さっきよりましなだけです」
「ありがとうございます。百点目指して頑張ります」
「そんなの、目指さないで下さい。で、後藤のアリバイは?」
「ご存じの通り、東野正純さんについては、彼が最後の目撃者です。正純さんは村祭りの寄付をお願いするために美嶽家を訪問し、気分が悪くなりました。薬をもらって暫く横になっていると薬が効いて来たと言うので、後藤さんが車で東野家に送って行きました。その後、直ぐに消息が途絶えています。殺害されたのは姿を消して直ぐだと思われます」
「主婦の証言が眉唾な以上、アリバイはあってないようなものですね。送って行くと見せかけて山に連れて行って殺したのかもしれません」
「殺されてから遺体が発見されるまで時間が経過していた為、東野正純さんの死亡推定時刻がはっきりとしません。行方不明になった日の内に殺害されたと考えられています。確かなのは後藤さんが車を運転して東野家に行ったということだけです。あっ、ちょっと――」
圭亮が腰を浮かしかけた。食後のコーヒーを忘れていたことに気がついた。それを察したのだろう。直ぐに、「コーヒーなら僕が煎れてきます」と菊本が席を立った。
「すいませ~ん」圭亮が菊本の背中に声をかける。
菊本が帰って来るのを待って、圭亮が後藤のアリバイを説明する。
「さて、碇屋恭一さんの事件のアリバイです。碇屋恭一さんの死亡推定時刻は生首が見つかった日の前日、夜の八時から九時の間と考えられています。その日、後藤さんは美嶽瑠璃子さんを送って、ここ美嶽セメントに来ています」美嶽瑠璃子は美嶽セメントの副社長だ。非常勤の役員で会社に出ることは滅多にないらしいが、その日は翌日に、会計士の監査が予定されていた。社長の貴広が監査対応の最終チェックの為に出社していた。「貴広さんから帰りが遅くなると聞いて、一緒に食べようと夕食をつくって持って行ったそうです。優しいですね。貴広さんは自分で車を運転しますが、瑠璃子さんが外出する時は、後藤さんが車を運転します。美嶽家を出たのが七時過ぎ、七時二十八分に会社に到着しています。時間が分かっているのは美嶽セメントの正門には防犯カメラがあるからです」防犯カメラなどほとんどない田舎町であっても美嶽セメントにはちゃんと防犯カメラがあるようだ。「貴広さんと食事をとったり、資料をチェックしたりで一時間くらい会社にいたそうです。その間、後藤さんはずっと会社にいました。給湯室の隣に運転手の控室があるのをご存じですか?後藤さんはずっとそこにいたと証言したそうです」
「ああ、確かに部屋がありますね。あそこが控室なのですね。会社を出てからどうしたのですか?」
「瑠璃子さんと後藤さんが美嶽セメントを出たのが午後八時三十一分、真っすぐ家に帰ったそうです。美嶽セメントから神社まで車なら十分程度です。時間的にギリギリですが、会社に着いてからこっそりと控室を抜け出して神社に行き、恭一さんを殺害して戻って来ることができます。生長さんたちが美嶽セメントの社員に聞き込んでまわったところ、当日、残業していた経理部のスタッフが八時過ぎにコーヒーを煎れに給湯室に行き、後藤さんが控え室に居るのを目撃していました。それに防犯カメラの映像から後藤さんが運転する車が会社を出入りしたのは一度だけだと分かっています。七時二十八分から八時三十一分の間、車の出入りはありませんでした」
「では、美嶽家に戻ってから、こっそり屋敷を抜け出して神社に行き、碇屋恭一を殺害したのではないですか?時間的にかなりタイトですが死亡推定時刻に間に合うのではありませんか?」
「家に戻ってからは外出していないと瑠璃子さんが証言しています。それに、ガレージに近い部屋にいる奈保子さんの証言によれば、ガレージを開け閉めすると音がするので直ぐに分かるそうで、あの日は後藤の運転する車がガレージに戻ってから、十時過ぎに貴広さんの車が戻るまで、車の出入りは無かったと証言しています。後藤さんたちの車が戻った時刻は正確には覚えていませんが、九時前だったと思うと奈保子さんは証言したそうです」と言ってから、圭亮はふと考え込んだ。
「社長さん宅です。美嶽家に防犯カメラはないのですか?」
西脇の言葉に、はっとした様子で、「あることはありますが、カメラは玄関前に設置されているそうです。ガレージから出入りするとカメラに映りません」と答えた。
広い邸宅だ。確かにガレージから玄関までかなり距離があった。ガレージから直接、家の中に入ることができるようになっていた。
「じゃあ、家に戻ってから歩いて神社に行ったのではありませんか?」
「奈保子さんによれば、時間ははっきりと覚えていないそうですが、後藤の運転する車が戻って来たのは九時頃だったと思うと言うことです。そこから神社まで行くとなると、走ったとしても美嶽家からは十分以上はかかるでしょう。死亡推定時刻の九時を過ぎてしまいます。間に合いません」




