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生首の神饌  作者: 西季幽司
第三章「動機なき殺人」
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忖度、勘違い④

「どなた?」騒ぎを聞きつけて主らしい男性が顔をのぞかせた。アラフィフといった年齢だろう。角刈りのごま塩頭、四角い顔、太い眉毛、こんがり茶色に焼けていてトーストを思わせた。

 サクラ・テレビの人間であることを伝えると興味を抱いた様子で「こちらに沖原美鈴さんという方がいらっしゃるとお聞きしました。亡くなった宝来宗治さんについて、お話をお伺いしたいのですが」と告げると「母ちゃんにお客さんか。珍しい。喜ぶとは思いますけど、気を付けて下さい。何せ気難しい人間だから」と言われた。

 応接間に通され、沖原美鈴と会った。

 話は良いが撮影はNGということだったのでカメラマンの菊本は暇そうだった。八十過ぎだが頭はしっかりとしていた。一見、気難しいお婆さんには見えない。だが、口角から綺麗に伸びているほうれい線が気難しさを漂わせていた。

「沖原さん。宝来宗治さんのことをお伺いしたくて参りました」

「宗治? ありゃあ、ダメだ。あんなやつに家を継がせたもんだから、何もかも美嶽に奪われてしまいよった。父上も総太郎もクズだった。宝来家の男はクズが遺伝するのだ」

 手厳しい。親族とは言え容赦なしだ。美鈴は宝来良蔵の子で総太郎の妹、総太郎が宗治の父親だ。

「宝来家は古よりこの地で栄え、この地を支配してきた。時代と共に、権力者は移り変わったが、この地を実質的に支配してきたのは宝来家だ。それが、戦後の農地改革で一気に没落してしまった。父上の代に美嶽の買収が始まった。宝来家が所有する農地と山林が次々と買い叩かれ、家財を売りつくし、丸裸になった。わずかに残った田畑さえも、宗治が二束三文で売り飛ばしてしまった。そのことで宗治は恨んでおったがな」逆恨みだ。

 日本刀と槍のことについて聞きに来た。「ところで――」と西脇は話題を変えようとするが、まるで聞いてくれなかった。

「うちは美嶽の真治に恨まれとった」美嶽真治は美嶽家の先代だ。「あれの実家はうちの小作農でな。貧乏を絵にかいたような家だった。骨が砕け、肉が落ちるほどに働いても、無一文と変わらない暮らし振りだったな。ある年、不作で税が払えなくなった。真治の祖父は泣く泣く、税の代わりに娘を父上に売り渡した。当時、真治はまだ子供だった。母に代わって面倒を見てくれていたのがその娘よ。叔母に当たる。父上は娘をさんざん弄んだ挙句、女郎屋に売り飛ばした。そんな時代よ。

 その真治が美嶽の当主に見込まれ入り婿となった。美嶽家の当主となったのよ。真治は叔母の行方を捜し求めたらしいが、行方は知れないままだった。真治たちが生きて行くために犠牲になったのだろう。小作農の貧困は珍しくもない時代だったからな。だが、真治はうちを恨んだ。だから、うちの財産を根こそぎ奪い去って行った。兄上もひどかった」先代、宝来総太郎のことだ。「宗治は若い頃、真治にひどく殴られたことがあった。なんぞ真治の気に障ることをしでかしたのだろう。人相が変わるほど殴られた。兄はそれを黙って見ておった。これで宗治に障害が残れば、一生、安泰だと考えていたのだろう。殴り殺されたら殴り殺されたで、たっぷり賠償金をふんだくってやるとでも考えていたに違いない。ははは」何が面白いのか美鈴は声を立てて笑った。

 このままでは何時まで経っても日本刀と槍のことが聞けない。西脇は美鈴が笑った隙に「宝来家に本物の日本刀と槍があったという話を聞いたのですが本当でしょうか?」とねじ込んだ。

「そんなもん、あったに決まっておる」と美鈴は答える。

「あったのですね!」

「太閤殿下に取り上げられるまでは、うちのような物持ちは皆、持っておったわ」

「いえ、そんな古い話じゃなく、明治維新の頃に奇兵隊に加わろうとして、宝来家の当主がこしらえたものだそうです」

「明治の御一新じゃと。爺様が曾爺様の頃か? さあて、蔵の中にそんなものがあったかもしれんが覚えておらん。蔵のあった場所に出来たのが美嶽のセメント会社だ。蔵を売った後、宗治が蔵の中のものを管理しておったが、置く場所がないんで、皆、宗治が処分しよった」

 美嶽セメントのある場所に宝来家の蔵があったのだ。

 宝来家は昔、美嶽セメントのある辺りに蔵を構える大地主だった。広大な敷地は蔵ごと美嶽家に売り払われた。敷地の一角、外れの外れにわずかばかり残った土地に今の宝来家が建っている。かつて、この場所には山申神社の参拝客向けに茶屋が建てられていた。外界に通じる山道の入り口に当たり、江戸期には旅籠が併設され、結構な賑わいだったそうだ。

 海岸沿いに国道ができてから山を越えて行く旅人が激減した。参拝客が減ると茶屋も旅籠も消滅してしまった。

 美嶽家が宝来家の土地を買い取った時、この地を宝来家のために残した。「あんな狐や狸が住むようなところ」と美鈴は言う。以来、宝来家は町外れの辺鄙な場所に、押し込められるようにして暮らして来たのだ。

「宗治は世捨て人みたいなもんだった。はよ、直樹が帰って来てくれんかな。あれだけは父親に似んで、宝来の男にしてはまともな人間だった。母親もろくでなしだったから、誰に似たのやら。父親なんぞ、早うに山に捨てておけば良かったものを」

 沖原美鈴は寂しそうな顔をした。

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