忖度、勘違い③
「はっきり見えなかったのに東野正純さんだと分かったのですか?」
「だって、それは・・・」斎藤由美子が圭亮を睨みつける。「ニュースで正純さんが行方不明だって言っていたし~後藤さんが彼を家まで送って行ったのでしょう。そう聞いたから正純さんだって分かったのよ」
斎藤由美子は気分を害してしまったようだ。「もうこれくらいで良いかしら~」とインタビューを切り上げてしまった。人の好い圭亮は「お気に障ったようでしたら謝ります。すいません」と恐縮しきりだったが、時すでに遅しだ。
車に乗り込むと直ぐに西脇が圭亮に尋ねた。「どういうことです? 鬼牟田先生」
「どういうことって・・・」
「あの主婦を疑っているのですか?」
「いえ、そんな。斎藤さんの証言を疑っているだけです」
「平凡な主婦が偽証をしていると考えているのですか?」
「偽証だなんて。後藤さんは丁字路に車を泊めていました。夕方の時間帯です。家路を急ぐ車が通る時間だった。町からやって来ると左手に車が泊めてあり、右手に東野家の門に続く坂道があることになります。すれ違う時に、どうしても左手の車に注意が向いてしまいます。ましてや車の傍に後藤さんが立っていました。人を撥ねたら大変ですから、左手方向に注意が向いて、右手の坂道には注意が散漫になります」
「まあ、そうですね」
「後藤さんは目立つ緑色のジャージ姿です。左手の車に注意が向いている上に緑色のジャージ姿の後藤さんです。必然、運転手の関心は左手に集中します。反対側はほとんど見ていなかったのではないでしょうか」
「それでは、何故、坂を上る正純の姿を見たと彼女は証言したのでしょうか?」
「それは多分、美嶽家の今井町に於けるステータスのなせる業でしょう。美嶽セメントは町の重要な産業として雇用を生み出し、税収をもたらし、町の経済を支えています。住民は多かれ少なかれ、美嶽家の恩恵に預かっています。彼女の弟は美嶽セメントに勤めていると言っていましたし、ご主人は美嶽セメントの下請け会社に勤めていると言っていました。心のどこかで美嶽家の機嫌を損ねたくないという思いがあったはずです」
「だから嘘をついた」
「いえ。嘘をつているという自覚はないと思います。彼女の立場になって考えてみると、丁字路で美嶽家の車を目撃した。目立つ格好の後藤さんが側に立っていた。美嶽家の車だということは直ぐに分かったはずです。その後、東野正純さんを送って行ったと聞けば、ああ、そうだったのか最初は思ったでしょう。やがて、正純さんを見たような気がすると思い始め、それが東野正純さんを見たに変わるまでに、そう時間はかからなかった。偽証した訳ではないと思います。忖度。勘違い。そんな感じです」
「なるほど。となると、東野正純を最後に見たのは後藤だということになりますね」と言うと、西脇は藤代に向かって尋ねた。「藤代さん。碇屋恭一殺害時の後藤のアリバイってどうなっているのでしょうか?」
「後藤のアリバイですか⁉ 流石に、そこまでは・・・」
刑事ではないのでアリバイまで分からないだろう。西脇と圭亮は美嶽家に宿泊している。後藤とは初日に玄関先で挨拶をしただけだが、一つ屋根の下だ。
「そうですか。今晩、美嶽家で直接、後藤に聞いてみるしかないですね。でも、先生。やっとエンジンがかかってきたみたいですね」
「エンジンってそんな。僕は車じゃありませんよ。車がくるまで待っているような人間です」
「褒めた僕が馬鹿でした・・・ふう」
「まあまあ、西脇さん。宝来宗治の叔母さんという人の居場所が分かりました。行ってみましょう」藤代がとりなす。
居場所は直ぐに分かった。宝来宗治の叔母は地元で有名人のようだ。
「宝来家は町で最も古い家系で、先祖は徐福だとあちこちで言って回っているそうです。徐福が何なのか知りませんが」
「ああ、徐福だったら」圭亮が直ぐに反応する。「徐福は中華の大地を始めて統一した秦の始皇帝が不老不死の仙薬を求めて、東の海の果て、つまりは日本に派遣した人物です。徐福の渡来伝説というのは日本各地にあって、徐福の墓もあります。秦の始皇帝ですからね。紀元前の人物です。先祖が徐福だとすると、宝来家は弥生時代から続く家系になります。町どころか日本でも屈指の古い家系じゃないでしょうか」
「へえ~世が世なら――が口癖で、何か気に入らないことがあると直ぐに、世が世なら、あなたたちはうちの使用人じゃないと言うので、皆に嫌われているようです」
「これは気を引き締めて話を聞きに行った方が良いですね」
宝来家は神社に程近い場所にあるが、宗治の叔母は美嶽家の前の坂を下った場所にある家に住んでいた。嫁に行き、沖原美鈴というのが今の彼女の名前だった。沖原家には母屋に納屋があり、生垣に小さな畑のある庭のある旧家だった。柴犬を飼っていて、鎖につながれていたが西脇たちが訪ねて行くと猛烈に吠えた。
「大丈夫ですよ~怪しいものではありません」圭亮が近づくと、柴犬は狂ったように吠えた。
「先生みたいな巨人が近寄って来ると怖いのですよ。きっと」




