古の刀と槍④
「確か、宗治さんの叔母に当たる人がご健在で、この町に住んでいます。その方に聞けば何か分かるかもしれません。それに、宗治さんの別れた奥さんが、再婚されて神戸にいると伺ったことがあります。もしかしたら、前の奥さんなら何か知っているかもしれません」
「話を聞いてみたいですね」
ちびちびと傾けていた貴広のグラスが空になった。貴広は圭亮のグラスがあまり減っていないのを見て「先生、お酒、お気に召しませんか?」と心配顔で尋ねた。
「すいません。下戸なので。ちびちびやっていますので、どうぞ、お気遣いなく」
西脇のグラスは空になっている。
「そうですか、では、西脇さん、もう一杯、良いでしょう?」
「勿論です」西脇が応じる。
貴広が二杯目のグラスを作りながら言った。「刀と言えば、高杉晋作は小柄だったので、刀を引きずるように腰に差していたという話はご存知ですか? 幕末に志士の間で流行った勤皇刀は普通の刀よりやや長めだったそうです。高杉晋作も長めの刀を差していたのでしょう」
歴史の薀蓄は圭亮の大好物だ。「いえ。知りませんでした」とノリノリだ。
「美嶽社長。今井町の歴史について本を出されているとお聞きしましたが」
西脇の言葉に、貴広は「はは」と笑うと、机の中から一冊の本を取り出した。
「これが自費で出版した今井町史の本です。他に、郷土史をまとめたパンフレットを町役場に置いてもらっています」
今井町史は役場の図書館に一冊、寄贈してあり、会社の受け付けにも置いてあるそうだ。「町の旧家を回って、古文書があればそれをもらい受けて来て研究しており、いずれは改稿して版を重ねたいと思っています」
圭亮が「凄いですね~」と羨ましそうな声を上げた。
暗闇にいた。
辺り一面、真っ暗闇だ。右を見ても、左を見ても、上を見ても、下を見ても、どちらを向いても漆黒の闇が広がるばかりだ。歩くとじゃりじゃりと音がする。砂利の上にいるようだ。
暗闇を切り裂いて光が差す。
最初はぽっと小さく浮かんだ光が徐々に大きくなって行く。光が大きくなるのに合わせて、じゃりじゃりと砂利を踏む音が大きくなってくる。大きくなった光に真正面から照らされた。眩しい。手を翳して光を遮った。
静寂が再び辺りを包む。眩い光は顔に当たったままだ。
光を背に人がやって来る。
誰だ?眩しくて顔が見えない。うん? 女性か? 女だ。女がこちらに向かって歩いて来る。女の顔を確かめようと目を細めた。
細くスタイルの良い女が近づいて来る。近づくに従い、どんどん大きくなって行く。細かった足は太い幹のように太くなり、細かった腕は筋肉隆々で丸太のようになって行く。しかも服を着ていたはずなのに、ふさふさと全身、毛が生えている。背後から照らされる光を真っ白な毛が反射し、輪郭がぼやけて見えた。
巨大な猿に見えた。真っ白な毛で覆われた巨大な猿だ。人の身の丈ほどある。
「寒い・・・」身震いがする。さっきまで静寂の闇の中にいたはずなのに、気がついてみると周りをゴウゴウと音を立てて風が吹いている。
竜巻のように渦を巻いて風が吹いていた。
一瞬、真っ白な猿が縮こまる。次の瞬間、鞠のようにして弾け飛んで来た。
「なにくそ!」懐に飛び込んできた巨大な猿をがしりと受け止めた。
闇の中で、桜の香りが舞った。
「あっ、痛ぅ!」苦痛に顔を歪める。胸に焼けるような痛みが広がった。
懐に蠢く猿を地面に投げつけた。猿は目の前でごろりと転がった。胸を押さえると、ぬるりと湿った感触があった。
「こ、この野郎、ぶっ殺してやる・・・」語尾がかすれる。
流れ出すように、体から生気が抜け落ちて行く。力が入らない。立っていられなかった。砂利の上に片膝をついた。
目の前に転がった猿が、むくむと起き上がった。
さっきまで人の身の丈ほどだった猿が今は見上げるほど大きい。猿が手を広げると、その手がどんどんと伸びて長くなった。
「やめろ、やめてくれ!」
片膝をついたまま猿に向かって叫んだ。
「チェイエエエー!」
怪鳥のような雄叫びが響き渡った。
飛び起きた。
また夢だ。この町に来てから、変な夢ばかり見る。西脇は呆然と天井を見上げていた。
食卓で顔を合わせた圭亮に夢の話をした。
朝食は断然、洋食派な圭亮に合わせてパンにスクランブルエッグ、ベーコン、オレンジジュース、コーヒーを美嶽家で用意してもらっている。屋敷は和式だが、キッチンやダイニングは洋式に改装してあった。広い窓から朝日が差し込む明るいダイニングで、西脇と圭亮はテーブルを囲んでいた。
適当に済ませるので気を使わないでくれと言っているのだが、貴広が和食派、奈保子が洋食派だそうで、「どのみち和食、洋食、どちらも準備するので、ついでです」と瑠璃子に言われ、その言葉に甘えてしまっている。
「西脇さんはイタコの末裔ですからね~」と聞き飽きた台詞の後に、「その夢、碇屋恭一さんの最後を現しているのかもしれません。殺された碇屋恭一さんが何か教えようとしている。ほら、最初に見た夢が東野正純さん。次は宝来宗治さんでしょう。殺された被害者たちが夢を通して西脇さんに何かを訴えようとしているのでしょう」と言った。
「馬鹿らしい」と答えたものの、そんな気がしてきた。
「さて、碇屋恭一さんは何を言いたかったのでしょうか? それを読み解く必要があります」
圭亮が考え込む。




