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生首の神饌  作者: 西季幽司
第三章「動機なき殺人」
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古の刀と槍③

 圭亮は酒がダメだ。体質的にアルコールが合わない。深酒して記憶を無くした経験がなかった。飲み過ぎると目を回して、気分が悪くなるだけだった。酒は嗜む程度だ。昨晩も誘われたが、ビールを一杯、飲んだだけで、もっぱら話に夢中になっていた。

 貴広と歴史談義をするのが楽しかった。

 昨晩は邪馬台国が何処にあったのかについて激論を交わした。貴広は九州説、圭亮は「邪馬台国をヤマタイ国と発音するのは間違いだと思います。ほら、卑弥呼の後の女王は台与ですよね。トヨと発音します。台はトという発音だとしたら、ヤマト国になるでしょう。邪馬台国は畿内にあったヤマト政権の前身なのですよ」と畿内説を唱えた。

 こうして結論の出ない論争を延々と続けた。

 酒の相手をするのは西脇だ。西脇は酒豪と言って良い。いくら飲んでも酔わないと豪語している。「良いですね~」と直ぐに反応した。

「あら、もういっちゃうの」

「悪いね。鬼牟田先生たちを借りるよ。ここからは大人の時間だ」

 話し足りなそうな奈保子を残して書斎に移動した。貴広の書斎は広々としていることを除けば書斎らしい書斎だ。マホガニー製の書斎机が部屋の中央に据えられ、壁が一面本棚になっている。本棚には郷土史に関する資料や本がぎっしり並んでいる。机の上にも、ところ狭しと資料や本が山積みになっている。机の前に立派な応接セットが据えられているが、テーブルの上にも資料が山積みだった。

 貴広の唯一と言ってよい趣味が、郷土史の研究である。

 小倉の出身の貴広はここでは余所者だが、返ってこの地の歴史が新鮮で面白いようだ。もともと歴史に興味があったが、こんな小さな町に源平の昔から連綿と続く歴史があり、しかも婿入りした家が悠久の歴史を誇る旧家だとあって、郷土史を調べれば調べるほど熱中してしまった。

 瑠璃子はまるで興味がない。結婚当初はお伽噺のように教えられた郷土の歴史を話して聞かせてくれたことがあったが、最近では「もう、お話するようなことなど、何もありません」とけんもほろろだ。

「ちょっと待って下さい」貴広は嬉々として本棚から高級そうなウイスキーとグラスを三つ持ち出してテーブルに並べた。

 書斎には家庭用の製氷機まである。貴広は製氷機からアイスペールに氷を移し、テーブルに持ってくると、手馴れた所作で水割りを作った。

 貴広は酒好きだが酒豪とまでは言えない。ちびちびと嗜むタイプだ。

「ここで郷土史の研究に勤しんでいると言えば聞こえは良いのですが、実際は家内の目を盗んで一杯やっている時間の方が長かったりします。ははは」

 貴広はぐいと一口、水割りを喉に流し込んだ。

 今晩は客と一緒とあって、瑠璃子が酒の肴を準備してくれていた。「飲み過ぎないで下さいな」と言われていたが、ある意味、瑠璃子公認で酒を飲める貴重な席だ。西脇たちに一日でも長くいてもらいたいというのは貴広の本音だろう。

「いえいえ、この膨大な資料の量を見れば、美嶽さんがいかに真摯に郷土史の研究に向き合い、研鑽を積まれてきたのか分かります」

「いや~」貴広は恥ずかしそうに顔の前で手を振った。

「ところで、美嶽さん。碇屋象二郎さんが、宝来家に明治維新の頃に拵えた日本刀と槍があったと証言しています。美嶽さんなら何かご存じではないでしょうか?」

「宝来家に刀と槍ですか? う~ん」貴広は腕を組んで記憶の糸を弄った。

「宝来家の当時の当主が奇兵隊に参加するために拵えたものだそうです。廃刀令が出た後も、こっそり隠し持っていたようです」

「幕末の第二次長州征伐の時に、この少し先にある大島が大島口として幕府軍の上陸拠点となりました。幕府方の軍艦を高杉晋作が丙寅丸という小さな軍艦で散々に打ち負かした戦として有名です。その時に奇兵隊が大島に派遣されています。この辺りの村々からも藩の一大事と奇兵隊に馳せ参じた者が少なからずいたことでしょう。ただ、残念ながら宝来家の人間が日本刀や槍を拵えて奇兵隊に参加したという話は聞いたことがありません」

「そうですか」

「申し訳ありません」

「別に美嶽さんに謝って頂くような――」

 圭亮の言葉を遮るようにして貴広がぱんと手を叩いた。「あっ、そうだ。そう言えば、先代がまだ健在の頃、山申神社で千年祭が行われたのですが、その時に、東屋や碇屋から奉納金を拝領しました。その時、宝来からも何か出してもらうこというになりました。由緒ある町の名家ですからね。そしたら宗治さん、金は無いということで、代わりに父祖伝来の刀だったか、槍だったかを奉納するみたいなことを言っていました。結局、何も出してはくれませんでしたけど」

「宝来家に日本刀や槍があった可能性があるということですね?」

「隠し持っていたものなら、堂々と奉納することはできなかったでしょうね。神社に奉納されていれば、記録にも記憶にも残ってしまいます。それで、奉納を取りやめたのかもしれません」

「宗治さんが殺され、直樹さんは行方不明。宝来家にはもう誰もいなくなってしまいました。日本刀と槍があったとしても、それがどうなったか知っている人がいなくなってしまいました」

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