古の刀と槍②
「弘中父子ですか・・・実は――」と圭亮はたった今、生長から仕入れた情報を話し始めた。「父親の弘中俊哉さんは町の水道組合に勤務しています。真面目な人物のようです。東野正純さん、碇屋恭一さんの死亡推定時刻のアリバイについては家にいたということでした。どちらも奥さんが証人ですから、信憑性に欠けると言えるでしょう。宝来宗治さんの死亡推定時刻のアリバイについては仕事をしていたということですが、一人で外出していたそうで、証人はいません」
「息子の俊文さんについては、部屋に引き籠っている訳ですから、アリバイはあってないようなものです。部屋の窓の下に駐車場の屋根があって、抜け出そうと思えば簡単に抜け出すことができたそうです。実際、ベッドの下にスニーカーが隠してありました。両親に気付かれずに部屋を抜け出していたのかもしれません」
「弘中俊文から事情聴取が行われたのですか?」
「刑事さんが出向いて話を聞きました。話を聞くのに随分、苦労したそうですが、両親の話では、碇屋恭一さん、東野正純さんが亡くなったと聞いてから、以前のような頑なさが薄らいできているようです。刑事さんが話を聞くと、宝来宗治さんが殺害された時刻には、部屋を抜け出して山に行ったと証言したそうです」
「山に行った?何故、山に行ったのです?」
「天狗になりたかった。そう言ったと聞きました。毎日、思考が停止したまま死んだようにベッドに横たわっていたようですが、ある日、当然、天狗になりたいと思った。そう思い始めると居ても立ってもいられなくなり、山に行って天狗になりたい。そう思い始めたそうです」
ずっと寝たきりだったので山に辿り着いた頃には息が切れた。それでも天狗になりたい一心で、弘中俊文は山を登って行った。やがて、足が動かなくなり雑草の中に倒れこんだ。天狗になるなんて無理だ。このまま死んでしまおう。夜になれば冷たい夜気が体力を奪い去ってくれる。そう思い目を閉じた。
「そして、俊文さんは天狗に会ったと言うのです」
「天狗に会った⁉」
「そうです」天狗は山を飛ぶように駆けて来た。俊文が雑草の中に横たわっているのに気がつかなかったようだ。「はっはっ!」と低いうなり声を上げながら、風のように通り過ぎて行った。上半身を起こした時には、すでに天狗の後姿がはるか彼方に見えただけだった。
「天狗は長い棒のようなものを持っていたそうです」
「それは、ひょっとして宝来宗治を殺しに行く真犯人の姿を目撃したということなのでしょうか?」
「時間的に見て、その可能性が高いような気がします。自らの犯行を隠す為に、俊文さんが作り話をしているとは思えません。彼には宝来宗治さんを殺害する動機もありませんし。それに、作り話にしては――」
圭亮が言葉を切ったので、西脇が続けて言った。「あまりにくだらない。嘘をつくにしても、もう少しましな嘘をついた方が良い。天狗に会ったなんて話、誰が信じるのかってことでしょう?」
「そうなのです。捜査本部も俊文さんの証言をどう扱って良いか困っている感じでした。でも、僕は俊文さんの話を信じてみたい気がします。彼は山で天狗にあった。いや、槍を持った殺人鬼と出くわした」
そうこうしている内に、退社時間を迎えたようで、美嶽貴広が「どうです。今日は成果がありましたか?」と会議室にやって来た。
楽しい夕食だった。
「田舎なもので何もありませんが」と昨日と同じ台詞だったが、美嶽瑠璃子が腕を振るった料理は今日も美味しかった。肉料理が中心で「今日は肉なのですね!」と圭亮が歓声を上げると「あら、こんなところでもお肉くらいありましてよ」と瑠璃子に詰られた。
「す、すいません! 決してそんな意味ではありません」圭亮の悲鳴でどっと沸いた。
宴席では西脇が主役だ。話題が多岐にわたり、しかも面白い。特に奈保子は西脇の話を聞くのを楽しみにしている。「毎日、夕食が楽しみです。西脇さんの話を聞くのが。西脇さん。何時までこちらにいらっしゃるのですか? 暫く滞在して頂けるのでしょう?」と圭亮が気になっていたであろうことを聞いてくれた。
「取材が終われば帰ります。後、一晩、いや二晩くらいですかね。美嶽さん。毎晩、ご馳走になる訳には参りません。滞在費用をご請求頂けませんか?」
西脇は如才がない。貴広が「そんなご遠慮なさらず。うちに泊まってはと申し出たのは私どもですから。鬼牟田先生、町の人間は皆、不安がっています。一刻も早く事件を解決して下さい」と言うと、瑠璃子が「ご遠慮など無用です。自分の家だと思って、何でも言って下さい」と言葉を添えた。
「この町で、こんな事件が起きるなんて信じられません。歴史のある町で、住人は皆、素朴で温和な人ばかりなのに・・・」貴広が困惑する。
「本当に恐ろしいことですわ。全く・・・あの子があんなことにならなければ・・・」瑠璃子も眉をひそめた。
「さあ、暗い話は無しにして、鬼牟田さん、西脇さん。食事が終わったら、また書斎で一杯やりませんか?」と貴広が誘ってきた。




