古の刀と槍①
一旦、美嶽セメントに戻ることになった。
冬の日暮れは早い。碇屋象二郎から聞いた東尾正純に恋人がいたという話と松尾から聞いた宝来宗治と碇屋信雄のトラブルは生長に報告しておいた方が良いと圭亮が主張したからだ。
車に乗り込むと西脇が言った。「今の松尾っていう男も怪しいのではありませんか? 少なくとも宝来宗治との間でトラブルを抱えていた過去がある。容疑者リストに加えておいてはどうですか?」
圭亮は「そうですね」と頷くと「松尾さんの話を聞いていて思ったのですが、宝来さんの別れた奥さんは何故、直樹さんを残して家を出たのでしょうか? 宝来さんに子育ては無理なことは分かっていたはずです。金銭的に余裕があった訳でもなさそうだ。普通、幼い子供は母親が親権を持つことが多い。何故、奥さんは娘さんだけ引き取って、直樹さんを引き取らなかったのでしょう」と呟いた。
「さあ~?」誰も圭亮の疑問に答えられなかった。
「宝来家について、もう少し調べてみる必要がありますね」
美嶽セメントに到着すると、圭亮は報告の為に会議室を出て行った。西脇は無言で白板に歩み寄ると、さらさらと容疑者リストに書き加え始めた。
容疑者リスト
●美嶽貴広~振袖村の伝説を知っていた。
●碇屋象二郎~力の誇示という意味ではぴったりだが兄を殺したとは思えない。特に首を切り落とす必要はないはず。
●後藤猛~力の誇示という意味ではぴったりだが動機がない。
●弘中俊文~動機はあるが力の誇示というイメージに合わない。
●弘中俊文の父親~人物像を確かめる必要がある。
●宝来直樹~行方不明。父親を殺す必要がない。力の誇示というイメージに合わない。
●東野正一~花婿候補の競争相手を殺害したか?
●松尾恒夫~碇屋宗治とトラブルになっていた。
「コーヒーを煎れて来ます。砂糖とミルク、要りますか?」と言って会議室を出て行こうとする菊本に「悪いね。両方お願い」と言いながら、「段々、絞れて来たと言いたいところですが、逆にブチ増えましたね」と藤代が言った。
「僕もお願い。ブラックで。色々、考えたのですが、もう一人、追加しておきたいと思います」
「誰ですか?」
菊本が会議室を出て行く。無口だが気の利く若者だ。
「ほら、碇屋恭一が港で会っていたという謎の男ですよ。ダメですかね?」
「ダメではないですけど、鬼牟田さんの意見を聞いてみてはどうです?」
「ああ、そうですね」直ぐに西脇は持論を引っ込めた。
菊本がコーヒーを持って戻って来た。
「菊本君。何か新しい情報は無いかい?」
今日は一日、車の運転にカメラマンをやっていた。情報収集をしている暇なんて無かったはずだが、「はい。神社で目撃された軽トラックについて情報がありました」と答えた。時間を見つけて友人と連絡を取り合っていたようだ。
「碇屋恭一はワゴン車を持っていますが、最近はもっぱら漁協の軽トラを乗り回していました。漁協の代表者になったつもりだったようです」
神社で現場検証をした際、生長が圭亮に言っていた。碇屋恭一が乗って来た車が境内に駐車してあったと。それが漁協の軽トラックだったようだ。
西脇は椅子をふたつ、向かい合わせで並べておくと、ひとつに腰を掛け、もうひとつに足を乗せた。「犯人はどうやって碇屋恭一の胴体を持ち去ったのだろう?軽トラで運べば楽だと思うけど」
「犯人も車に乗って来たのかもしれません」
「ああ、なるほど」西脇が頷いた時、圭亮が戻って来た。片手にコーヒーを持っている。「おや。セルフサービスですか。コーヒー好きの先生らしい」
「セルフでど~です?よ~がす、なんて。すいません。駄洒落にもなっていませんね」
圭亮の発言を無視して、西脇がざっと圭亮がいない間の会話を再現して意見を求めた。「先生はどう思います?」
「神社に駐車してあった軽トラックについては警察も捜査しており、碇屋恭一氏が乗り回していたもので間違いないようです。鍵は見つかっていません。遺体のポケットにあったか、発見されていない胴体部分と一緒なのでしょう」
「謎の男を容疑者リストに入れることについてはどうです?」
「警察の捜査でも分かっていないことがあります。碇屋恭一さんは何故、夜中に神社に行ったのか? 信心深い人間ではなかったので、当然、呼び出されたのでしょう。携帯電話が見つかっていません。誰に、どんな用事で呼び出されたのか分かっていません。ひょっとしたら、謎の男に呼び出されたのかもしれませんね」
「じゃあ、謎の男を容疑者リストに加えておきますね」
西脇が足を乗せていた椅子を蹴飛ばしながら立ち上がった。
白板の容疑者リストの最後に、
●謎の男~碇屋恭一殺害日に港で会っていた。
とさらさらと書き加えた。
「先生。何か情報はありましたか?容疑者リストにある弘中父子に関しては、取材の申し込みを断られてしまい、打つ手がありません。彼らの情報はありませんか?」と藤代。
弘中父子と連絡を取ってくれていたようだ。頼りになる。圭亮と西脇の今回の取材旅行を成功させようと一生懸命になってくれている。頭が下がる思いだった。




