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生首の神饌  作者: 西季幽司
第三章「動機なき殺人」
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長福寺②

「兄弟喧嘩なんて、そんなものじゃないでしょうか」

「重たいんだよね」と象二郎が言う。

「重たい?」

「色々とね。責任感って言うのか。オニが死んでから、今まで巨大な壁のように立ち塞がっていた親父が一気に老け込んじまった。一日中、座ったままぼうっとしている。お袋は泣いてばかりで、家全体の空気が重たいし、俺がもう少し、しっかりしなきゃあと思う。そんな感じで何か重たい。最近、今まで下げたことがない頭を下げてばっかりだ」

「お兄さんにはお兄さんなりのプレッシャーがあったのではないでしょうか」と圭亮が言うと「ふん」と象二郎はまた、鼻を鳴らした。

「あの日、港で不審な人物を見たとか?」

 碇屋恭一が殺害された日の夕刻、象二郎は港で恭一と話しこんでいた見慣れぬ人物を目撃している。

「俺が見たのは後姿だけだ。がっしりとした体格の男だった。後ろで髪を束ねているように見えた。だとしたら、かなりの長髪だ。夕暮れ時で、はっきりと見えなかったが黒っぽい服装だった。革ジャンにジーンズだったんじゃないか」

 よく観察している。粗野に見えて、頭が切れる男なのかもしれない。「あれは宝来の親父だったんじゃないかと思っている」

「宝来宗治さんだったと言うのですか⁉」

「美嶽の娘は知っているか?」

「奈保子さんですね。妹さんの親友だそうですね。先ほど、あなたのことを心配して、妹さんが会いに来ました。奈保子さんが連れて来たのです」

「そうだったのか・・・俺のことを心配して・・・美嶽奈保子の花婿の座を巡って三人の男が争っていた。オニと正純、それに直樹の三人だ」

「聞きました」

「なら話が早い。うちも楽ではないが、宝来家は落ちぶれて見る影もない。家柄的には東屋の正純が最も釣り合っている。だが、肝心の正純があの有様だ。得意なことは弱いもの虐め程度の最低のやつだ。あんなやつ、美嶽の婿に相応しくない。オニの競争相手にはならない。だが、直樹は違う。三家で一番、貧しいが、イケメンで男気のあるやつだ。美嶽のお嬢が気に入らない訳がない。オニがライバル視していたのが直樹だった」

 奈保子と直樹が仲良く話しをしている現場を目撃しようものなら文字通り地団駄を踏んで「あの野郎、殺してやる」と悔しがった。象二郎は何時か恭一がよからぬことをしでかすのではないかと心配していた。

「直樹がいなくなったと聞いて、最初に考えたのはオニが何かしたんじゃないかってことだ。後になって、直樹があのクソ親父にメールを書いたことを知ってほっとした。あんな親父じゃ、誰だって家出する」

「だから宝来宗治さんを訪ねて行った訳ですか」

「あの酔っ払いにオニの首を刎ねるなどという芸当ができたとは思えない。最初、そうは思ったのだが段々、気になって来た。子供の頃、チャンバラごっこに夢中になっていた時に、直樹から家に本物の刀と槍があるって聞いたことを思い出した」

 宝来直樹と碇屋象二郎は同い年だ。幼馴染だ。仲が良かったのだろうか。

「子供の頃は、そのことが羨ましくて仕方なかった。本物の刀を見せて欲しいと直樹に頼んだ。秘密なので他人には見せられないって断られた。がっかりしたよ。高校の時に、直樹に刀と槍のことを確かめたことがあった。今は無いと直樹は答えた」

「今は無いということは、昔はあったということですね」

「直樹が言っていた。明治維新の頃、宝来家の当主が尊皇攘夷の思想にかぶれ奇兵隊に参加しようとした。そこで立派な刀と槍を拵えた。だけど、結局、奇兵隊に参加する前に明治維新を迎えてしまった。新政府が奇兵隊の弾圧を始めたので、慌てて刀と槍を蔵の奥深くに仕舞い込んだそうだ。その後、刀も槍も、いつの間にか無くなっていた。オニの首は太刀のような長い刃物で切り落とされた。その話を聞いて刀のことを思い出した。あのクソ親父相手だとオニは油断していただろうから、だまし討ちにして殺すことが出来たかもしれない。だから、それを確かめに行った」

「そうだったのですね」

「大体、俺が犯人だと言うのなら、東屋の正一だって怪しいものだぜ」

「東屋の正一さんと言うと、正純さんのお兄さんですね」

「正純には女がいた。大学生だった時に深い仲になった女だ。美嶽のお嬢の花婿候補になっても別れていなかった。正一は美嶽家に知られる前に別れろとうるさかったようだ。それでも未練たらたらで関係を続けていた。良い年をして働きもせずに家でぶらぶらしているようなやつだ。正一はあいつのこと持て余していた。美嶽の婿になれないなら死んでくれと思っていただろうよ。直樹がいなくなって、後はオニだけと思ったはずだ。それでオニを殺したが、正純は女と別れない。かっとして正純も殺した」

「残念ですが、それは違います。正純さんの遺体は恭一さんより後に発見されましたが、殺されたのは正純さんの方が先です」

「そうなのか⁉」

「正一さんが正純さんを殺害したのであれば、恭一さんを殺す必要はなかったことになります」

「ふん。まあ、他に理由があったんだろう。その辺は、あんたたちが調べてくれ。なあ、あんた。あんた物知りなんだろう?だったら教えてくれよ。胸のここが、こうきゅっと苦しいんだ。どうしたら良い?どうしたら、この苦しみが和らぐんだ?」

 圭亮はにっこり微笑むと言った。「みんな、あなたを待っていますよ」

「俺を待っている?」

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