長福寺①
何の因果か事情聴取の終わった碇屋象二郎を自宅まで送って行くことになった。
あれこれ会議室で話をしていても意味がない。折角、取材に来たのだから町に出ようということになって、圭亮が港を見たいと言うので出かけることにした。
すると、玄関先でちょっとした騒ぎになっていた。
生長たちは事情聴取を終えた碇屋象二郎を送って行こうとしたのだが、象二郎が「サツに送ってもらうなんて御免だ。俺に構うな。歩いて帰る」とゴネていたのだ。
赤く染めた髪、細い眉毛、黒で統一された服、ヤンチャに見えるが、細面でスタイルが良く、なかなかのイケメンだ。髪を黒く染めて背広を着せれば、やり手の営業マンに見えるだろう。
騒ぎを聞きつけた圭亮が「じゃあ、我々が送って行きます。良いでしょう?碇屋さん」と申し出た。
「誰だ?」と聞くので「テレビ局のものです」と西脇が答えると、碇屋象二郎は興味を持った様子だった。「では、鬼牟田さん。よろしくお願いします」と生長たちはさっさと会議室に引き上げて行った。
車に乗り込む。圭亮の隣に象二郎が腰を降ろした。
「あんた、さっき、あの部屋にいたよな」と象二郎が圭亮に言った。圭亮の体だ。直ぐに目を引く。「俺もデカイ方だが、あんたのデカさは異常だな」と言った。
「はい、いました。ニュース番組のコメンテーターをやっていますが、警察の顧問のような仕事もしています」
「ふん。サツの回し者か。どうせ俺のこと、犯人扱いするんだろう」
「現時点ではまだ。あなたが犯人であることを示す証拠が出てくれば別ですが」
「指紋や足跡があるだろうが」随分、自虐的だ。
「あれは~庭とガラス戸についていたものでしょう。あなたが部屋の中を覗き込んだことを証明しているだけで、あなたが犯人であることを示している訳ではありません。庭には他にも長靴の足跡があったそうです。東野正純さんの遺体発見現場でも同様の長靴の足跡が見つかっています。犯人は長靴を履いていた人物なのでしょう」
「そうなのか?」
圭亮の言葉が意外だったのか、子供っぽい顔をする。強面を装っているが、根は素直な若者なのかもしれない。
「部屋の中を覗き込んだ時、何か変わったものが見えませんでしたか?時間的に犯人と鉢合わせた可能性があります」
圭亮の話では宝来宗治は寝室の壁に串刺しになっていた。廊下側の壁から槍を突き刺し、寝室の壁の前に立っていた宗治の胸を貫いた。状況から見て部屋中を逃げ回っていて、壁沿いに隠れ息をひそめていたところ、なんと壁越しに槍で串刺しになったと考えられている。
「そうなのか?」と繰り返した後、「あの時、犯人が中にいると分かっていればガラス戸をぶち破って中に入って、犯人を捕まえたんだけどな」若者らしく、威勢の良いことを言った。
「人間を槍で串刺しにするような犯人です。無茶なことは止めておいた方が良いと思います」
象二郎は「ふん」と鼻を鳴らした。
碇屋象二郎は宝来宗治の死亡推定時刻に宝来家を訪ねている。象二郎が犯人でないとするなら、犯人を目撃した可能性があった。
圭亮が話を続けようとすると、それを遮るかのように象二郎が「長福寺に行ってくれ」と言った。長福寺は海の守護仏として漁師を初め地元民から広い信仰を集めてきた寺だ。
「長福寺?」
「港にある寺だ。家の近所だ。うちの庭みたいなものだ。そこで降ろしてくれ」
狭い町だ。車は町を横切ると直ぐに港に着く。海岸沿いの道が参道になっており、長福寺までは一本道だ。ひと際大きな碇屋家を通り過ぎると長福寺は目の前だ。
「ありがとうよ」象二郎が車を降りる。
「僕も参拝させてもらいます」圭亮が後に続いた。
象二郎は何も言わずに、歩き出した。圭亮が横に並ぶ。
西脇たちも車を降りると、二人の後を追った。二人、無言で歩いて行く。巨大な山門が参拝客を迎えてくれる。二メートル近い阿吽の像が左右に配置されている。なかなかの出来栄えだ。山門横に建てられた看板によると、寺の創建は平安時代に遡るようだ。
広々とした境内に着いた。祭りが近いというのに、人気がなかった。祭りに使うのだろう、櫓の足場が組まれていた。町の青年団が組んだものだ。垂れ幕を張ってあり、設営は始まったばかりのようだ。
象二郎が足を止めた。西脇は少し離れた場所で二人の様子を見守った。
圭亮が話しかける。「ぼちぼちお祭りの季節ですね」
東野正純は青年団主催の催しの寄付を求めに美嶽家を訪問した後、行方不明となった。間もなく長福寺名物の振袖祭りが開かれる。祭りになると、長福寺の参道に夜店がずらりと軒を連ねる。夜になると裸電球が延々と参道を彩る幻想的な光景が見られた。
「子供の頃、オニにあの櫓から蹴落とされて、死にかけたことがあった」象二郎が呟いた。
「オニ?」
「恭一のことだ。おにいちゃんのオニ、鬼みたいなやつだったしな」象二郎が苦笑いする。
「あの櫓から落ちたのですか⁉」
「背中から落ちた。息ができなかった。死ぬかと思った」
「喧嘩でもしたのですか?」
「忘れた。何か気に入らないことがあると、直ぐに手が出るやつだったからな。子供の頃は、それこそ殴り合いの喧嘩をよくした。俺の方が小さかったから、何時も一方的にやられるだけだった。大きくなって、対等に相手が出来るようになってからは、殴り合いの喧嘩はしなくなった。あいつ、俺に負けるのが怖かったんだ」
悪態をついているが寂しそうだ。




