天狗少年④
「子供の頃、山で天狗にあったと言って、天狗の存在を信じていたそうです」
小学生だった頃、弘中俊文は一人でよく近所の裏山に遊びに行っていた。湧き水を見つけて飲んだり、小池を見つけてザリガニを取ったり、一人で遊んでいた。ある日、探索に夢中になって迷子になってしまった。懸命に家路を探したが見慣れぬ景色が広がるばかりだった。途方に暮れてしまい、とうとう泣き出した。
「そんな時に天狗と出会ったというのです」
気がつくと、泣きじゃくる弘中を天狗が見下ろしていた。天狗に気がついた俊文が泣き止むと、天狗は背中を向けて歩き始めた。
泣き腫らした目で、広い背中を見つめていると、天狗が足を止めて振り返った。どうやら、ついて来いと言っているようだ。
「天狗の後姿を見失わないように懸命について行くと、民家の見える場所まで山を下りることができたそうです。これで家に帰れると、駆けだそうとして、振り返った時には、もう天狗の姿はなかったということです。近所の子供たちに山で天狗に会った話を吹聴している内に、天狗少年というあだ名がついたみたいですね。弘中俊文という名前は知らなくても、天狗少年と言えば町の人間なら大抵、知っていると友人は言っていました」
「何故でしょう。微笑ましいというより、悲しい話に聞こえてしまいました」
圭亮は優しい。友人がいない弘中俊文に同情しているのだ。
「ちょっと待って下さい」と藤代が言う。「弘中俊文自身が鬼牟田先生の考える犯人像に合わないとしても、弘中俊文の父親はどうでしょう?意外にマッチョな人物で、息子を引きこもりにした碇屋恭一、東野正純にブチ腹を立て、復讐したという線が考えられるのではないでしょうか?」
「ああ、なるほど~」西脇が感心する。
「菊本君。弘中俊文の父親に関して情報はないかい?」
「ありません。また調べておきます」
「容疑者を整理しておきましょうか?」と西脇が言う。会議室なので白板がある。西脇はすらすらと白板に容疑者リストを書いた。
容疑者リスト
●美嶽貴広~振袖村の伝説を知っていた。
●碇屋象二郎~力の誇示という意味ではぴったりだが兄を殺したとは思えない。特に首を切り落とす必要はないはず。
●後藤猛~力の誇示という意味ではぴったりだが動機がない。
●弘中俊文~動機はあるが力の誇示というイメージに合わない。
●弘中俊文の父親~人物像を確かめる必要がある。
●宝来直樹~行方不明。父親を殺す必要がない。力の誇示というイメージに合わない。
「いや~西脇さん。うまくまとめますね~」圭亮がおだてる。「犯人は生首伝説になぞらえて殺人を行っています。美嶽社長は伝説を知っていたことから、容疑者の一人として考えたことがありました。ですが、村の人間なら一度は伝説を耳にしたことがあるようですから、伝説を知っていただけで疑うなら村の住人、全員が怪しいことになります」
「ああ、そうですね。先生。もう少しプロファイリングをお願いします。犯人像に迫ることができるように」
「プロファイリングですか~僕に出来るのはプロテイン飲んでプロレスごっこしながらプログラミングすることくらいですよ~」
「ああ、良いですね。是非、やって見せて下さい」西脇は相手にしない。
「嫌だな~西脇さん。冗談ですよ」
「アリバイはどうでしょう? 先生。この中でアリバイがあるのは?」
「碇屋象二郎さんのアリバイについては分かっています。事情聴取で聞きました。碇屋恭一さんが殺害されたのは生首が発見された日の前日の夜。その時間、象二郎さんはドライブに出かけていて帰宅したのは深夜だそうです。その間、ずっと一人でバイクを運転したと証言しています。アリバイはありませんが、金欠で食事代をたかろうと高校時代の同級生に何度も電話したそうです。結局、相手は電話に出なかったようですが、携帯電話の着信履歴に象二郎さんからの着信履歴が残っていました。何度か電話があったけど、どうせ金をたかられるだけだから無視したと同級生は証言しています」
「嫌われたものですね。しかし、電話の着信履歴があったからと言ってアリバイにはならないでしょう。作り話とも思えませんが、碇屋象二郎を容疑者リストから除外することは出来ませんね」
「正直、アリバイ作りをするようなマメな人間とは思えませんが。さて、東野正純さんの事件のアリバイですが、彼は恭一さんは生首が発見された日から数えて三日前の夕刻、後藤さんと主婦に目撃された後、行方を消して直ぐに殺害されたことが分かっています。その日は仕事が終わってからパチンコを打っていたと象二郎さんは証言しています。裏は取れていないようです」
「彼、仕事をしていたのですか⁉」西脇が驚く。
「趣味と実益を兼ねて柳井にあるバイクショップで働いているようです」
「へえ~じゃあ、宝来宗治を訪ねて行ったのは平日の昼間でしょう? バイクショップを休んだのですか?」
「まあ、その辺は結構、自由な職場だそうです。多少、仕事を抜けてもオーナーは気にしないそうです。宝来宗治さんの事件のアリバイはありません。事件当日、彼を訪ねて家まで行っていますから最有力の容疑者ですしね。しかも宝来家を訪ねて行く象二郎さんの目撃情報まであったようです。後藤さんのアリバイについては、聞いていません。東野正純さんを送って行った姿を主婦が目撃していますから、アリバイはあると言えますね」
「菊本さん。アリバイについて情報はありますか?」
皆、一斉に菊本の顔を見る。菊本は小さく顔を振った。「弘中俊文さんは自宅にいたでしょうし、他の方は分かりませんね」
引き籠りの弘中俊文が家にいたであろうことは想像がつく。
「まだまだ情報が足りませんね。先生、頑張って生長さんから情報を取って来て下さい」
「了解です。いじょう、ほうこくを終わります」
「先生。真面目にやって下さい」西脇に怒られた。




