天狗少年③
「何を知っていたのでしょう?」
「分かりません」と圭亮が答えると、藤代が言った。「宝来直樹は生きているのでしょうか?」
「そのことを僕も考えていました。もし、生きていて、彼が今、町に戻ったら――」
「戻ったら?」
「美嶽奈保子さんの花婿候補として唯一無二の存在になります」
「一連の事件の犯人である可能性がある訳ですね。失踪に見せかけて姿を隠し、犯行を重ねている」
「どうでしょう。碇屋恭一さんや東野正純さんはともかく、父親の宝来宗治さんを殺害する必要はない訳ですから。彼に宝来宗治さんを殺害する動機がありません」
「ああ、そうですね。例え何かを知られたとしても殺す必要はありませんね。父親なのですから墓場まで持って行ってくれるでしょう」
西脇が口を挟む。「奈保子さんは美羽さんが宝来直樹を好きなことを知っているみたいですね」
「えっ⁉ 碇屋さん、宝来直樹さんのことが好きなのですか?」
「先生。鈍感ですね~でなければ戻って来ているかどうか確認の為に家まで行きます?あの様子だと一度や二度じゃない。頻繁に行っていたのでしょう。だから滅多に外出しない宝来宗治が酒を買って帰るところに遭遇した。奈保子さんは美羽さんが宝来直樹のことを好きだということを知っていた。無二の親友が恋する相手を花婿として選ぶでしょうかね? 彼は蚊帳の外だったのかもしれませんよ」
「西脇さん。鋭い観察眼ですね~僕なんかより、よほど名探偵だ」
「先生が鈍感なだけです」
西脇は手厳しい。藤代が「まあまあ、昼時ですので、食事に行きましょう」と割って入った。
美嶽貴広から自由に会社の社員食堂を使ってもらって構わないと言われていた。朝は八時から一時間、昼は十一時半から二時間、午後は三時と六時から二時間、夜食は十時から一時間と時間的な制約があるが、従業員向けにボリュームたっぷりの料理が安価で提供されている。社員証があればキャッシュレスで支払いが出来るが、無くても食券を購入することができた。
菊本が食堂の隅で誰かと話し込んでいた。例の友人だろう。仕事熱心だ。折角、美女が二人も会議室を訪ねて来たのに、居合わせなくて気の毒だった。
ガタイの良い圭亮だが、見かけの割に食が細い。意外に小食なのだ。それでいて「やあ~食堂だ。社員食堂って良いですよね~」とご機嫌な様子だった。早速、「先生。そんなに小食で、どうやってこんなに大きく育ったのですか?」と西脇に突っ込まれた。
「そうですね~よく寝たからでしょうね。寝る子は育つって言いますから。はは」
食事を済ませて会議室に戻ると、菊本が戻っていた。圭亮の顔を見るなり「弘中俊文のこと、聞いてきました」と言う。無口だが役に立つ若者だ。
「菊本さんって、ザ・仕事人って感じですね~」と圭亮がおだてる。
菊本は圭亮のおだてを無視して報告を始めた。「弘中俊文は東野正純の一つ下、学校で虐めを受け、高校二年生の夏に登校を拒否して部屋に閉じこもるようになってしまいました。学校で弘中を虐めて引き篭もりに追い込んだ張本人が東野正純です」
引き篭りだ。担任の教師や同級生が家に足を運んでくれ、学校に行くように説得してくれたが効果がなかったらしい。
「東野正純さんは下級生を虐めるような人物だったのですか?」
「東野正純は悪夢のような存在だったようです。学校で一番の不良と言えば碇屋象二郎ですが、陰湿な虐めには興味がなく、喧嘩三昧の毎日でした。東野正純は碇屋象二郎の腰巾着のような存在で、象二郎の威光を笠に、気の弱い生徒に暴行や恐喝を繰り返していたそうです」
悪質だ。引き籠りとなってしまった弘中俊文だったが、冬を越して春が来る頃、突然、部屋から出てきた。
「弘中を虐めていた東野正純が高校を卒業したことが、引き篭りを止めた原因でした。両親はほっと胸をなでおろしたことでしょう」
結局、一年遅れで弘中俊文は無事に高校を卒業することができた。
もともと、頭の悪い子ではなかったが、すっかり勉学への関心を失ってしまっていた。大学進学はあきらめ、父親があちこち頭を下げて回り、今井漁港にある漁業協同組合への就職が決まった。
「昨年の春から新社会人として働き始めていたそうです。ところが、ある日突然、漁業協同組合の仕事から戻ると部屋に閉じこもったきり出てこなくなりました。漁師の一人が漁業協同組の建物の裏で、碇屋恭一が弘中俊文を罵りながら殴りつけているところを目撃していました。要領の悪い弘中を碇屋恭一は嫌っており、頭をはたく、胸を小突く程度の嫌がらせは日常茶飯事だったそうです」
「碇屋恭一さん、東野正純さん、被害者二人から虐めを受けていたのですね!」
「二人を殺害する動機があった訳です」
藤代が言う。「そして、宝来宗治に何かを悟られ、口をふさぐために殺害した。弘中俊文が犯人で決まりじゃないですかね」
西脇が異論を挟む。「どうでしょう。鬼牟田先生が言った力の誇示をするような人間と弘中俊文は対極にいるような気がした」
「ああ、そうでした」
圭亮がとりなす。「鬱屈としていた感情が爆発したのかもしれません。自分の方が上だと力を誇示したかったとも考えられます」
黙って三人の会話を聞いていた菊本が突然、口を挟んで言った。「弘中俊文は天狗少年と呼ばれていたそうです」
「天狗少年?」早速、圭亮が食いつく。魑魅魍魎のたぐいが大好きだ。




