天狗少年②
「俺が知っている訳がないだろうって答えました。直樹さんが何処に行ったか知りたければ、お兄ちゃんに聞けって宝来宗治が言っていたという話をしたら、あの親父、頭がおかしいから、あいつの言うことなんか、真に受けるなと答えました。だから、それきり忘れてしまっていたのです。その話を、ふと思い出して、象兄に伝えてしまいました。そしたら・・・こんなことになって・・・宝来宗治が殺されて、象兄が警察に捕まって、もう私、どうしたら良いのか分からなくなってしまいました・・・」美羽が両目に涙を溜める。
「それで奈保子さんと相談して、鬼牟田先生のところに来た訳ですね」
「はい」と言って美羽はコクリと頷いた。
涙が一筋、頬を伝った。
圭亮が優しく言う。「大丈夫です。心配いりません。先ほども言いましたが、事情を聞いているだけですから、終われば直ぐに帰してくれます。宝来さんの事件では、宝来さんの家にお兄さんの足跡が残っていたり、指紋が残っていたりして、疑わしき状況にあるのは間違いありません。でも、裏を返せば、お兄さんが犯人だとすると、宝来さんの事件にだけ証拠を残して行ったのは変だということになります」
「そうなのですね!」奈保子が嬉しそうに言った。
「お二人、仲がよろしいのですね?」
「小学校三年生の時からの付き合いです。一番の親友です」奈保子が言うと横から美羽が口を挟んで言った。「ナホちゃんは小学生の時から美少女で、男子からの人気は高かったけど女子からは嫌われていました。嫉妬です。私も上の二人が乱暴者だったので、親からあの子と遊ぶなと言われていたみたいで、友達がいませんでした」
圭亮が巧みに調子を合わせる。「へえ~そんな二人が運命の出会いを果たした訳ですね」
さっきまで涙を流していた美羽が満面の笑顔で答える。「うん。よく分かるね。そう運命の出会い。あの日は朝から雨だったの。私、傘を忘れてしまって、学校が終わると雨に濡れながら家に向かっていました。すると、途中でナホちゃんが追いついて来て、傘を差し出して、一緒に帰ろうと言ってくれました。私、びっくりしたけど、うんって返事しました。
ナホちゃんは山の手、私の家は反対の港でしたけど、話をするのに夢中になって、ナホちゃん、私を家まで送ってくれたの。私、ちょっと待ってと家に入ると、直ぐに傘を持って、今度はナホちゃんを家まで送って行きました。二人でいっぱい話をしました。家に着くとナホちゃんの帰りが遅いのを心配して、後藤さんが玄関の前で待っていました。そして、もう遅いからと車で私を家に送ってくれました。そうやって友達になりました」
「何だか微笑ましい話ですね」
「そうでしょう。運命の出会いなのですよ~」
美羽と奈保子が顔を見合わせて笑った。
「碇屋さん。ひとつ教えて下さい。象二郎さんは恭一さんが殺害された日の夕刻、港で恭一さんと話し込んでいた見知らぬ男を目撃しています。黒っぽい服を着で、がっちりとした体形、髪の長い人物だったと言っていました。生憎、後姿しか見ていないので人相は分からなかったそうです。漁師の一人も船上からですが同一人物と思われる男を見ています。遠目でちらと見ただけですので、人相は不明です。その人物に心当たりはありませんか?」
初耳だ。碇屋象二郎の事情聴取で出た話題のようだ。西脇はちらりと圭亮の横顔を見た。まだまだ話していない捜査機密を沢山、持っていそうだ。時間をかけて情報を引き出して行くしかない。
「兄の知り合いでしょうか?」
「違うようです。警察で聞き込みをしていますが、該当する人物が見つかっていません。ひょっとして事件に関係のある人物なのかもしれません」
「すいません。分かりません。私、恭兄ちゃんのこと、知っているようで、何ひとつ知らないみたいです。本当、兄妹なのに情けない」
「結構ですよ~気にしないで下さい」
「恭兄ちゃんと象兄は兄弟仲が良かったとは言えませんが、象兄が恭兄ちゃんを殺すはずありません。そんなの変です。象兄、本当は優しい人なのです。私、ナホちゃんと友達になる前は友達がいなかったので、何時も象兄に遊んでもらっていました。象兄は近所の悪ガキ供のボスとして威張っていました。妹の私に対しても容赦なくて、無茶なことばかりやらされました。お前は女だから、どうせできないだろうって笑われるので、私、それが悔しくて、何時も象兄と喧嘩ばかりしていました。でも、特別扱いされないことが良かったのです。でないと、私、象兄のグループでも浮いた存在になっていたことでしょう。乱暴者ですが、そういう気配りも出来るやつなのです。先生、信じてあげて下さい」
そう言い残して、美羽は奈保子と共に会議室を出て行った。二人がいなくなると、会議室は火が消えたようだった。
「なんだか空気が重たくなった気がします」と西脇が言うと、圭亮が笑いながら「そうですね~」と同意した。
「しかし、宝来宗治は息子、直樹の失踪に碇屋恭一が関与していると、何故、そう思ったのでしょうか?」
「刑事さんが宝来宗治さんに話を聞きに行った時、彼が言っていたそうです。直樹さん失踪後に、あちこち探し歩いていると、恭一さんから、無駄なことは止めろと脅されたことがある。だから宗治さんは恭一さんが何か知っていると思ったのでしょうね」




