女系家族③
「深く考えていなかったのでしょう。先代の問いかけに後藤は答えられなかったようです。すると先代が言いました。また殺めるのか? そうやって罪を重ねるのか? お前さん、何時まで過去に囚われておる。済んだことは済んだことだ。前を向いて生きようとは思わないのか? 恨みを忘れろとは言わん。何時か、お前を騙したやつを見つけた時、お前には酷い目に合わされたと笑って言えるような男になれ。そう言ったそうです」
美嶽瑠璃子の気風の良さは父親譲りなのだ。
「今晩、泊まるところはあるのか? 無ければ、うちに泊めてやる。好きなだけ居て良いから、自分のこと、将来のことを考えなさい。真治がそう言うと、後藤は一瞬、言葉を失った後、人目も憚らずに大声でブチ泣き出したそうです」
「人に騙され、犯罪者になってしまった。そんな男です。人に優しくされることに慣れていなかったのでしょうね」
「こうして後藤は美嶽家の使用人のような存在になったという訳です。実はね、西脇さん。美嶽家で気分が悪くなった東野正純を家まで送って行ったのが後藤なのです」
そうだった。宮崎の情報では美嶽家の運転手が東野正純を家まで送って行ったということだった。そして、近所の主婦も東野正純の姿を目撃していた。確かそうだった。
「そうなの~⁉ でも、確か近所の主婦も、家に帰る東野正純の後ろ姿を目撃していたよね」
「ええ。でも、警察では怪しいと思ったのでしょうね。何度か後藤から事情聴取をしたようです」
「アリバイはあるのかな?」
「さあ、そこまでは」と藤代が答えた時、「西脇さん。お待たせしました」と鬼牟田圭亮が会議室に戻って来た。
「随分、時間がかかりましたね。何の話だったのですか?」と聞くと、「すいません。詳しいことは言えないのです」と圭亮が申し訳なさそうに言う。口の軽い圭亮だ。その内、教えてくれるだろう。すかさず「碇屋象二郎の事情聴取に立ち会っていたのでしょう?」と聞くと「どうしてそれを⁉」と圭亮が目を丸くした。
何をしていたのか丸わかりだ。
「やっぱり彼が犯人なのですか?」
「そんな。現場に足跡が残っていたことだけで、彼が犯人だと決めつけるのは時期尚早だと思います」
「足跡が残っていたのですか?」
「ああっ! しまった~」
人の好い圭亮に隠し事など無理だ。
「どこの現場です? 神社、森の中、それとも宝来家ですか?」
「宝来家です。庭に碇屋さんが履いていたスニーカーの足跡が残っていました。そしてガラス戸には指紋が」
「犯人は碇屋象二郎で決まりですね!」
「いえ、部屋の中からは指紋も足跡も見つかっていません。本人は宝来家を訪ねて来て留守だったので庭に回って居留守を使っていないか確かめた。指紋や足跡はその時についたものだと主張していました」
「そんな。わざわざ庭に回って、家にいるのかどうか確かめたと言うのですか?」
「はい。宝来宗治氏は飲んだくれの生活を送っていて滅多に家から出なかったそうです。だから家にいないとは信じられなかったと象二郎さんは言っていました」
「それで庭に回って確かめたと。まあ、分からない話ではありませんが、何故、そんな飲んだくれの親父を訪ねて行ったのですか?何か緊急の用事でもあったのですか?」
「それが――」と言って圭亮は口ごもった。少々、しゃべり過ぎだ。
「教えて下さいよ。先生から聞いた話を勝手にテレビで流したりしませんから。内々の、我々の内部情報にとどめておきますから」と言っても圭亮が躊躇っているので、「じゃあ、先ず我々が掴んだ情報を先生にお教えします」と言って、たった今、藤代から聞いたばかりの美嶽奈保子の花婿候補として、碇屋象二郎、東野正純、宝来直樹の三人の名前が挙がっていたことを教えた。そして、後藤の過去について、話して聞かせた。
圭亮は聞き上手だ。顔を輝かせながら、「へえ~」とか「ほお~」と大仰に歓声を上げながら話に聞き入っていた。西脇が説明を終わった時には、興奮した様子で、「後藤さん。良かったですね~美嶽さん一家に迎えられて」と言った。心底、嬉しそうだ。
「さて、先生。碇屋象二郎は何故、宝来宗治を訪ねて行ったのですか?」
「それが妙な話なのです」直ぐに乗って来た。「兄の恭一さんが長刃の刃物で首を切断されたと聞いた象二郎さんは、凶器は日本刀に違いないと思ったそうです。なぜなら、宝来家には先祖伝来の日本刀と槍があったことを知っていたからです」
「宝来家に日本刀と槍があったのですか⁉」
そんなものを今時、持っていたのだろうか。そもそも銃刀法に基づき、日本刀や槍は登録が必要なはずだ。凶器として使えば、誰が犯人なのか直ぐに分かってしまう。実際、警察の調べでは、今井町の住人で猟銃の登録はあったが日本刀や槍の登録はなかったそうだ。無論、宝来家からの届け出など無かった。
「子供の頃、宝来直樹さんが、うちには本物の刀と槍があると自慢したことがあるそうです。どうやら明治維新の際に、奇兵隊に参加しようと宝来家の先祖が刀と槍を拵えたみたいです。明治になって廃刀令が出た後も、それを隠し持っていたのですね。碇屋象二郎さんは突然、そのことを思い出した。そして、兄はその刀で殺されたと思い込んだ。そのことを確認しようと宝来家に乗り込んだのです。結局、宝来宗治さんに会うことができなかった為、宝来家に日本刀と槍があったのかどうか確認することは出来ませんでした」
「宝来宗治は槍で貫かれていたのでしょう? だったら碇屋象二郎が聞いた宝来家に日本刀と槍があったというのは本当の話なのではないでしょうか」
「碇屋象二郎さんは嘘を言っていないということです」
「そうなりますね。ほら、例の鳥の鳴き声。あれを聞いた時、宝来さんは何かを見たのかもしれません。いや、何かに気がついた」
「宝来宗治は何かに気がついた。だから殺されてしまったということですか?」
「分かりませんが、その可能性は高いと思います」
宝来宗治が何かを見たとしたら、それは犯人である可能性が高いはずだ。




