女系家族①
男が立っていた。
プロレスラーのように逞しい体型だ。鎧を着ている。どうやら武士のようだ。大柄な武士が槍を片手に立っていた。よく見ると、槍の先に男が串刺しになっている。
武士が軽々と槍を振り回す。男が突き刺さっていてもお構いなしだ。ぶんぶんと槍を振り回す。串刺しになっている男がこちらを向く度に、何かを訴えかける。だが、男が何と言っているのか分からなかった。
やがて武士が男を串刺しにしたまま、えい、えい、おうと槍を突き上げた。槍先の男はばたばたと手足をばたつかせた。
武士は男が突き刺さっているのと反対の柄の部分でどんと地面をついた。男が顔をこちらに向けて何かを叫んでいる。だが、男の声は届かない。武士はどんどんと槍の柄で地面を突き続けた。何度も何度も地面を突くものだから、地面にひびが入ってきた。槍の柄もぼろぼろになって行く。
やがて、バリバリとひび割れが広がった。そして、地面が割れた。
地面の下には無限の暗闇が広がっていた。
危ない。底なしの闇に落ちてしまう。
そこで目が覚めた。
一瞬、どこで寝ているのか分からなかった。自宅ではない。テレビ局の仮眠室でもない。ホテルかと思ったが、それも違う。美嶽家の客室で寝ていることを思い出すまで、ベッドの上でぼんやりと天井をながめていた。
「石突って言うのですよ」
美嶽セメントの会議室で夢の話をした時、圭亮がそう教えてくれた。
「石突?」
「槍の柄の部分です。刃の部分が槍頭で反対側の柄の部分を石突と言います。戦場で、槍を保管する時、槍頭の反対側、柄の部分を地面に突き立てて保管することがあるそうです。その際、柄の保護と槍を振る時のバランスをとるための重りの役割があるそうです」
「へえ~それで、僕の夢にどんな意味があるのでしょうか?」
「西脇さんはイタコの末裔ですからね。当然、亡くなった宝来宗治さんが何かを伝えようとしていたのでしょう。ふむふむ」と言って、圭亮が考え込んだ。
至って真剣だ。茶化している訳ではなさそうだ。
「止めて下さい。気持ちの悪い。それより、どうでした。美嶽邸の寝心地は?」
「最高でした。流石は社長さん宅ですね~客間だけで幾つあるのでしょうか?」
「二階には奈保子さんの部屋もありましたよ。先生、眠れなかったのではありませんか?」
「そんな・・・ぐっすり眠れました」と圭亮が答えた時、「鬼牟田さん」と生長が会議室に現れた。「鬼牟田さん。ちょっと」と圭亮が出て行くと、途端に暇になった。
なかなか帰ってこない。ワークホリックの西脇はこういう時、どうやって時間を潰したら良いのか分からない。
椅子にふんぞり返って「ああ~暇だ~」と口に出した時、藤代と菊本が会議室に顔を出した。藤代と菊本は隣町のホテルに滞在している。「どうでした? 西脇さん。美嶽社長の家は?」
「ああ~豪華だったよ。流石に社長さん宅だね~ホテルに泊まっているのと変わらないくらい、いや、ホテルなんかより広々しているし、ベッドなんて柔らかくて寝心地が良かった」
「ところで西脇さん」と藤代が声を潜める。「我々がここに来た時、碇屋象二郎と一緒でした」
「碇屋象二郎? 誰、それ?」
「殺害された碇屋恭一の弟です。どうやら事情聴取を受けるみたいです」
「それで鬼牟田先生が呼ばれたのかなあ~」
「おや、そう言えば鬼牟田先生がいらっしゃらない」
「うん。さっき生長刑事に呼ばれて出て行った。碇屋象二郎ってどういう男?」
「はい」と藤代が説明する。
碇屋恭一には三つ下に象二郎という弟が、六つ下に末っ子の美羽がいる。象二郎は東野正純、失踪した宝来直樹と同い年、美羽が美嶽奈保子と同い年だ。
「兄に輪をかけたような乱暴者だという評判です。彼――」と言って藤代は菊本を指さした。「彼が仕入れてきた情報なのですが、碇屋恭一、東野正純、宝来直樹の三人が美嶽奈保子さんの花婿候補だったという話です」
菊本はどういうコネを持っているのだろうか?
「奈保子さんって今年、大学を卒業予定だよね。結婚って、ちょっと早くない?」
「ブチ早いかと言われると、田舎だと、そんなものですよ。それに、美嶽家は女系家族ですからね。代々、美しい娘が生まれ、出来の良い婿を迎えることで繁栄してきました。先代も入り婿、今の貴広さんも入り婿です。宝来直樹は失踪、碇屋恭一と東野正純が殺されたとなると奈保子さんの花婿候補がいなくなってしまったことになります。碇屋象二郎は兄がいなくなれば、自分こそ奈保子さんの花婿に相応しいと思ったのではないでしょうか?」
「それが犯行の動機って訳? でも、実の兄を殺すかね?」
「仲の悪い兄弟だったそうです。西脇さんだってご存じのはずです。凶悪事件の場合、動機は家族間のトラブルがブチ多いってこと」
「まあね~」と頷いた後、「美嶽家に後藤っていうやつがいたけど、彼、どういった人間なの?」と尋ねてみた。
「後藤に会いましたか?」
「会った。見るからに今回の事件の犯人って雰囲気だった。ほら、鬼牟田先生、言っていたでしょう~力の誇示だって。いかにも力を誇示しそうなタイプ」
「そうですね。碇屋恭一亡き今、この町で碇屋象二郎と双璧を成す存在と言ったら後藤でしょうね。いや、後藤の方が上かもしれません。こいつ」と言って、また藤代は菊本を指さした。いつの間にか給湯室に行ってコーヒーを煎れてきたようだ。黙ってコーヒーを飲んでいた。
「こいつが仕入れてきた情報では、何せ後藤は人殺しなのですから。人を殺して服役していたそうです」
「藤代さん。さっきから気になっていたんだけど、菊本君、どういうコネを持っているの?」
「ああ、すいません。彼ね。隣の柳井の出身なのです。今井町の子供は中学から柳井の学校に通いますから、この町出身の友人がいるそうです。その友人は碇屋恭一のひとつ下で、中学の後輩にあたります。しかも、西脇さん。その友人というのが、ここ美嶽セメントに勤めているのです」




