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生首の神饌  作者: 西季幽司
第二章「名探偵参上」
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猿神の罠④

「さあ、どうぞ」と招き入れられた。先導する瑠璃子が足を僅かに引きずっていた。聞くのも悪いと思って黙っていた。

「ご遠慮なく召し上がって下さいな。田舎なもので、たいしたおもてなしは出来ませんけど」と瑠璃子に言われたが、食卓に料理がところ狭しと並べられている。

 美貌の社長夫人、瑠璃子が自ら腕を振るった料理だという。山と海に囲まれた今井町に相応しく、山海の珍味を贅沢にあしらった料理だ。美嶽家には谷という通いの家政婦がいるが、今日の料理はほとんどが瑠璃子の手によるものだという。

 東京で会った奈保子が食卓を囲んだ。相変わらず美しい。瑠璃子の凛とした美しさと違い、柔らかさを感じさせる美しさだ。父親の遺伝子だろう。

 食事が始まる。こういう時は如才がない西脇が巧みに話題を提供する。芸能界の関することが多かったが、若い奈保子などはテレビでは言えない芸能人の話題に興味津々の様子だった。「まあ」、「本当ですか~⁉」と言いながら西脇の話にくるくると表情を変えた。

 賑やかな食卓となった。実際、「今日は賑やかだこと」と瑠璃子も奈保子も言っていた。

 後藤は挨拶だけ済ませると、さっさと自室に戻っていった。

 美嶽家は山肌を切り崩して造成した平地の上に建っており、今井町を一望に見渡すことができる絶好の立地だ。下手に民家はなく、やや傾斜の急な山肌が続いているだけだ。

 敷地の端に物置が立っている。土台を切り崩して地下室を作り、その上にバス・トイレ付きの立派なコテージ風の建物を建て、後藤の住居としている。食事は一人、その住居でとる。「一緒に食事をした方が楽しいのに」と瑠璃子は言う。どんなこだわりがあるのか、後藤は一人で食事をすることに拘った。理由は誰も分からないらしい。

「後藤さんって、ご親戚の方ですか?」と聞くと「いえ。うちの運転手です。運転手兼何でも屋さんとでも言えば良いのか」と貴広が答えた。

 それ以上は後藤の素性に触れたくない様子だった。

 奈保子が笑顔で話し始めた。「タケさん。何時も同じ服を着ているでしょう?」タケさんというのは後藤のことだ。後藤猛という名前だという。

「子供の頃、毎日、同じ服を着て汚いと文句を言ったことがあるの。そしたらタケさん、顔を真っ赤にして、翌日、緑色でデザインが同じジャージを十着ばかり買ってきたんですよ~毎日、着替えて洗濯するから、汚くないんですって。はは。流石にあきれて、タケさんのジャージ姿に文句を言う気が無くなりました」

「後藤さんは奈保子に甘いから」と瑠璃子が言う。

 奈保子の物心がついた頃から美嶽家で働いているそうで「子供が見ると泣き出しそうな強面なのに奈保子は後藤さんを怖がったことが一度もありませんでした。むしろ後藤さんに懐いていて、後藤さんも憎からず思ったのでしょうね。奈保子の言うことは何でも聞いてしまうので困っています」

 瑠璃子の言葉に奈保子が「えへっ」と可愛く笑った。

 結局、後藤について分かったのは、美嶽家の運転手兼何でも屋だということと奈保子が子供の頃から美嶽家で働いているということ、それに常に緑色のジャージを着ているということだった。

「奥さんとは大学のゼミでお知り合いになられたとか」馴れ初めを尋ねると、奈保子が「ロマンチックなんですよ~」と嫌がる両親を後目に二人の馴れ初めを話してくれた。

 瑠璃子は貴広の二学年下、病気で半年、休学していたそうで三年でゼミに入ってきた時、本来、貴広は入れ違いで卒業していたはずだった。ところが学費を稼ぐことに夢中でアルバイトに精を出しすぎ、留年したお陰で瑠璃子と知り合うことができた。

 美貌の瑠璃子は入学した時から噂の的だった。貴広もその存在は知っていたそうだ。だが、目立たない学生だった貴広にとって瑠璃子は高根の花だった。

 瑠璃子がゼミに入って来た時、ゼミの教授から「一番、長くゼミにいるのは君だから」という理由で、貴広は新入ゼミ生の教育係りに指名された。そこで初めて瑠璃子と話をする機会に恵まれた。とは言え、急速に仲良くなった訳ではない。ゼミの先輩として、たまに会話をする程度だった。

 転機はゼミの忘年会だった。

 留年組の貴広はゼミ生の中で少し浮いた存在だった。本来の同級生は卒業してしまっている。宴席の隅で、一人、ちびちびとお酒を飲んでいた。宴会がお開きに近づくと、貴広の前に瑠璃子が仁王立ちになった。そして瑠璃子が言った。「先輩、送っていただけませんか?」

 瑠璃子の一言で、賑やかだった宴席は水を打ったように静まり返った。言われた貴広よりも周りの人間が驚いた。

「えっ、僕がですか⁉」貴広は聞き直したと言う。瑠璃子が頷いた。

 貴広は畳の上に投げ出してあった上着を掴むと立ち上がった。瑠璃子を送って行った。二人はこうして知り合った。奈保子はこの二人の出会いの話が大好きだと言う。

「何故、自分なんて選んだのか、未だに分からない」と貴広は笑う。それに対して、瑠璃子は「次男坊で、うちに婿養子に来てくれそうだったから」と笑って答えた。そして、「何時までも愚図愚図、誘ってこないから、私の方から声をかけたの。全く、情けない」と恨み言を言った。

 大学四年生の時に奈保子を妊娠し、瑠璃子は大学を中退して貴広と結婚した。貴広は教師としての第一歩を歩み始めていたが、美嶽家に婿に入り、この町にやってきた。

 教師になれなかったことは全く後悔していないが、瑠璃子に大学を中退させてしまったことは未だに後悔していると言う。だが、瑠璃子は「大学で、欲しいものはみんな手に入れました。卒業に未練なんてありません」とさらりと言ってのける。格好良い。

 二人のやり取りを奈保子は満面の笑顔で見つめていた。

「鬼牟田先生、西脇さん。書斎で、もう少し飲みませんか?」

 そろそろ満腹になってきた頃だ。自分たちの話題に辟易したようで貴広が誘ってきた。

「いいですね~美嶽さんからもう少し地元の歴史について話を聞きたいと思っていたのです」

 圭亮が直ぐに反応した。

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