力の誇示③
圭亮の来訪を歓迎していないのだ。当然だろう。地元の刑事にすれば、警視庁の横やりで素人探偵の面倒を押し付けられて嬉しいはずがない。
藤代によれば生長は県警本部より派遣されてきた刑事で、かなりの切れ者だと言う。美嶽セメントの独身寮に宿泊している刑事の一人のようだ。
「鬼牟田先生、ようこそいらっしゃいました」
車が美嶽セメントの正面玄関に到着すると、美嶽貴広が飛び出してきた。社長自らのお出迎えだ。先日、都内のホテルで会ったばかりだ。圭亮の到着を待ち侘びていたようで、貴広は満面の笑顔で出迎えてくれた。圭亮は何時もの癖で、貴広の手をがっちりと握った。
貴広の後ろから見慣れぬ男が顔を出した。男は「山口県警の生長です」と名乗った。須磨から教えられた現場の捜査責任者だ。四十代後半だろう。太い眉毛に涼やかな目、色黒で多少、団子鼻なことを除けば、なかなかの男前だ。百八十センチを超える長身で、スタイルも良い。
圭亮が右手を差し出したが、生長は一瞥しただけで無視した。
西脇たちにも「自由に使って下さい」と会議室が割り振られた。テレビ局の会議室と違って、広々としているし、窓があるので閉塞感がない。会議室の壁には会社のポスターや業績を示すパネルが飾られていた。
着いてすぐに、「鬼牟田さん。ちょっと――」と圭亮が生長に連れて行かれてしまった。西脇がついて行こうとすると、「鬼牟田さんだけで、お願いします」と同行を断られた。
仕方がない。ここで警察と争って良いことなど、ひとつもない。後々、圭亮から情報を仕入れるだけだ。給湯室に行けばコーヒーが飲み放題だという。コーヒーを飲んで待っていることにした。
程なくして圭亮が戻って来ると、「やあ、コーヒーですか。良い匂いですね」と会議室に戻ってくるなり言った。
「給湯室に行けば、コーヒーが飲み放題ですよ」藤代が教える。
「何の話だったのですか?」早速、西脇が尋ねる。圭亮が「犯罪現場を案内して頂けるというお話でした。碇屋恭一氏の頭部が見つかった神社に東野正純氏の遺体が見つかった山林、それに宝来家です」と答えたものだから驚いた。
「警察が犯罪現場を案内してくれるのですか⁉」
藤代が目を丸くしている。
「せめてコ-ヒーを一杯だけでも~」と言う圭亮の尻を叩くようにして、「直ぐに行きます」と返事に行かせた。
碇屋恭一の生首が発見された神社と宝来家は美嶽セメントから車で直ぐの場所にある。先ずは東野正純の遺体が発見された山中の現場から回ってみてどうかと提案された。山の中腹まで車で山道を登り、そこから足場の悪い山の斜面を下って行くことになる。ちょっとした登山だ。日がある内に回った方が良い。
美嶽セメントの玄関前に集合すると、生長ともう一人、若い刑事が現れた。若い刑事は浅井と名乗った。アラサーだろう。卵型の輪郭なので、実際より太って見えてしまう。薄い唇と吊り上った眉毛が気の強さを感じさせた。
「よろしくお願いします」と頭を下げると、浅井は「どうも~東京のテレビ局の人だそうですね。ああ、鬼牟田さん。サタデー・ホットライン、見ていますよ」と明るく返事をした。
愛想の良い若者だ。
生長と浅井が警察車両に乗り込む。先導してくれるようだ。それに、西脇に圭亮、山口放送局の二人を乗せたワゴン車が続く。
圭亮は長い体を器用に折り畳んで後部座席に収まる。
「警察が現場を案内してくれるなんて、どういうことでしょう?」と西脇が聞くと、「どういうことなのでしょうね」と圭亮も不思議そうな表情だった。
山中に向かう途中、宝来家と山申神社を通り過ぎた。
やがて、ワゴン車は道幅の狭い山道に分け入った。蛇行する山道を走る。片側が斜面になっている。道を踏み外せば谷底に転落してしまう。菊本は黙々と車を運転していた。菊本の無言が時に頼もしく、時に重苦しく感じられた。
離合のために道幅が多少、広くなっている場所に二台並んで車を停めた。二台でギリギリだった。
「ここからは徒歩です。気を付けて下さい」車を降りた生長が先に立って歩き始める。
本当に現場を案内してくれるようだ。
ガードレールを跨ぐ。吸い込まれそうな緑が眼下に続いている。この急斜面を下って行くのだ。うっかり転倒しようものなら、何処までも転げて落ちて行きそうだ。
道なき道を行く。西脇は鬱蒼と繁る雑草や、斜面に根を張る木の枝に掴まりながら、よたよたと斜面を下っていった。雑草に足を取られそうになったり、木の根に躓きかけたりしながら、なんとか坂を下って行く。
圭亮は長い腕で木をつかみながらさくさく降りて行く。意外に運動神経が良い。それでも顎が上がっていた。日頃の運動不足がたたっているのだ。だが、それは西脇も同じだ。同じように顎を上げて斜面を下っているに違いない。
藤代はへっぴり腰だが足取り軽く斜面を下って行く。走るのが趣味だと言っていた。足腰は丈夫のようだ。
カメラを抱えた菊本が一番、大変そうだった。何度か足を滑らせてはずり落ちた。その度に藤代に助け起こされていた。
「遺体を・・・発見したのは・・・はあ、はあ・・・どなたですか?」
苦しい息のもと圭亮が生長に尋ねる。長い足は斜面を下るのに適していないで、持て余していた。山の中は意外に喧しい。鳥の鳴き声や風が木々を揺らす音がひっきりなしに聞こえてくる。それでも西脇は圭亮と生長の会話に聞き耳を立てた。
「山狩りに参加した地元のボランティアです。山菜採りが趣味だということで、山に詳しいと聞きました。この近くに山菜がよく採れる場所があるそうです。今時分ですと、春の七草のシーズンですのでセリやナズナなんかが採れるそうです」
「ああ、そうですか・・・じゃあ・・・遅かれ早かれ遺体は・・・発見されていた・・・でしょうね」
暫く斜面を下ると、木々の間に立ち入り禁止の黄色い規制線が見えてきた。遺体の首吊り現場だ。




