最初の一撃
自分の挨拶代わりの一撃を無傷で受け止めた彼女は受け止めた拳を離さず、そのまま引き寄せお返しと言わんばかりにもう片方の手で拳を握り顔に向かって殴る。
それを雷の魔力で強化した片腕でガードする。本来なら雷による反射ダメージを負う筈だが、受けている様子は見られない。それどころか彼女は片脚を折り畳んで足裏を自分の方へと向けて腹部に蹴りを放とうとしている。
流れる様な攻撃に対して笑みを浮かべた彼はそれを容易く防ぎ、更にそこから舞うかのように回転し、その勢いのままに彼女の横腹へと蹴りを放つ。
鋭い蹴り、稲妻か何かと呼んでも差し支えのないその一撃をあろう事か彼女はそのまま受け止めた。その時、彼は感じた。その蹴りによる足から伝わる感触がまるで硬い金属の様だと。
予想外の感触に僅かに動きが鈍る、その隙を逃さず彼女は蹴りで伸びた足を掴んで引き寄せてその勢いのまま拳を腹部へボディブローを決めた。
ズドンッ!!という並の戦士ではまず出せない威力に身体が宙に浮き、その数瞬後にはまるで自分が石礫になった様な加速を味わった。
魔力で強化してある筈の腹部から張り裂けんばかりの痛みが襲いかかり、内臓を吐き出しそうになる程の衝撃が身体全体に響き渡る。
進行方向の樹木や岩があって突き破って叩きつけられて停止してもそれとほぼ同時に彼女も突っ込んでタックルや飛び膝蹴りにストレートパンチを繰り出して彼に立て直す暇を与えなかった。
何度やられたかわからない追撃の中、小さくないダメージを負った彼は彼女の能力を理解した。
彼女の能力は魔力の奪取。それも体内外問わず制限無く吸収し自分のものにする能力。しかもこれは身体を魔力で強化する魔猿にとって相性が悪く、更に自分の様な魔力特化型には致命的な相性の悪さだった。
魔力の奪取に加えて彼女自身の肉体も並みの攻撃では歯が立たない程頑丈でおそらく本気でない筈の攻撃でもこの威力。彼女の土俵に立つなどまず無理な話であった。
圧倒的強者に殺される……自分がやってきたことがそのまま返ってきたわけだ……と彼はどこか納得してしまった。
昔の栄光に縋るだけ何もしてこなかった惨めでつまらない一生が終わると確信し、ふと再度追撃に来た彼女の顔が視界に入った。
その顔は笑ってもなければ怒りで歪めてもいなかった。ただ淡々と作業をこなしていると言わんばかりの冷たいものだ。
視線も自分を見ている様で見ておらず、どこか冷めたもので言外に『この程度か』と落胆している様だった。
──見覚えがある。そう見覚えがあった。
たまらなく嫌で蓋をしていた灰色がかった記憶を掘り返して気付いた。
それは顔と視線は死にかけの母を見捨てた父と同じだった。
かつて……次々と同年代に実力を追い越され自暴自棄になっていた時、周りが腫れ物扱いしてくる中で唯一そんな扱いをせずに信じてくれた病弱だった母。
病で倒れて雷樹桃が必要になった時恵んでくれと頼んでも備蓄の無駄だと言って拒否して、だったら決闘を挑んで瞬殺された自分を見下ろしていた族長の父が同じ顔をしていた。
結局、母は助からずそれがきっかけで自分は禁忌を犯した。
そんな記憶を思い出して沸々と怒りの様な感情が湧き上がった。
別に自分が負けるのはいい。完膚なきまで叩きのめされて殺されるのは森の掟だ。
……………だが、その顔でその視線で殺されるのは真っ平ごめんだッ!!
「──ガアアアアッ!!」
「──ッ!」
吹き飛ばされた痛みを腹の底からの叫びで誤魔化し高速で流れる景色の中で必死に手を伸ばして大樹に爪を立てて止まり、もう片方の拳を彼女に向かって突き出す。
急に突き出された拳を前に彼女は空中で回転してなんとか躱して別の木に着地する。そしてその木を足場として再度追撃を試みる。
彼は突き出した拳を躱されて追撃が止むとすぐに大樹から爪を引き抜き地面に降りて今度はその追撃を真正面から受け止める。
追撃のタックルを防がれた彼女は次に繰り出すは空中での前転からの踵落とし。それを彼は腕を交差させて受け止めた。
バコンッと地面の砕け陥没し衝撃で周りの木々が倒壊していく。その破壊を齎した攻撃を彼は歯を食い縛り耐える。
そして彼は彼女の足を掴み、その場でハンマー投げの要領で回転してそのまま自分諸共投擲した。
投げ飛ばした先は偶然か必然か、かつて彼がいた部族の修練場であった。
投げ飛ばして目を回している彼女に向かって彼は全力で駆け抜ける。
自分の右手に全身の魔力を集中させて雷爪を出す。しかし、何度もやられた追撃で負傷して傷を再生させるのに魔力を消耗し過ぎてしまい、これではただ彼女に餌をやるだけ。
………なら、ありったけを込める。魔力を奪取するなら食い切れない程のやつを食わせればいい。限界を超えて命を燃やして文字通り死ぬ気で魔力を生成して全て雷爪にする。
そんな思いで全力で魔力を生成して右手に込める。心臓が痛いほど鳴り、頭の中でプチプチと何かが弾ける感覚を覚える。
こんな事すれば確実に死ぬ。
だが、それがどうした。
目の前の彼女の……ボスに一撃でも与えられるならそれでいいッ!!
「ガアアアアアアアッ!!!!」
全身全霊の一撃を今自分ができる最高の雷爪を今起き上がったボス目掛けて振り落とす。
ザンッ!!という確かな手応え。
「い゛ぁっ…!?」
始めて聞くボスの苦悶な声。
騒めく周りの元同族の連中。
嫌な記憶しかない修練場の地面に広がる鮮血。
その鮮血は間違い無くボスが彼の雷爪で顔に負って流れたものだった。




