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戦闘決着 屍龍の苦悩

「……そろそろいいだろう」


 その声は落ち着いていた。それでいながら、絶対的な強さを感じさせられる。腹の底に響いてくる和太鼓のような感覚だった。

 両翼は溶岩がそのまま翼の形となったような禍々しい色を持っている。相当の熱気があるのか、周囲の空間が歪んだように見えている。

 スーツを纏っていた胴体は、重油のような黒色の龍皮に覆われており、錬鉄した鋼のような金属光沢を放っていた。


「……こーれは逃げないとやっばいかもな」


 その圧倒的な存在感と魔力を放つ“完龍化”したキリュウの姿に、味方であるクルドすらもたじろぐ。


「……そのまま動くな」


 身を包むように生えていた両翼が直線に伸び、口元に熱線の元が集う。


「ゴ・バーグ・ズ・ガゴァッ!!!!」


 対する《大魔王》もその場から退くことなく、地上へ向けて白色の魔法陣を展開する。


「それじゃ無理だって。なんで撤退しないのかなぁ」


 不可解なように空を見上げ、眉をひそめるクルド。

 それは《大魔王》の放たんとする魔術規模を、肌で認知した上での発言だった。


「けっして弱くはない。寧ろとんでもなく強い。あたしとラディとイブキが3人でかかっても多分ふつーに負けるくらい……でも……それにしても相手が悪すぎるってさ」


 “マナ”と呼ばれる魔力の尺度で端的に表すなら、キリュウの放たんとしている“ブレス”は《大魔王》の放った大魔法の凡そ三倍のマナを有していた。

 そしてその“差”は純粋な規模として表れる。


 衝突する2つのエネルギー。白色の魔法は赤黒いブレスに力なく呑まれてゆく。それが《大魔王》本体へと到達するに、そう時間はかからなかった。


 マグマのように轟々とうねり、津波のようにその身体を呑み込んでゆく。有していた杖は一秒もかからずに溶けてなくなり、掲げていた右手すら、内側から蒸発してゆくように乾き、消滅していった。


「逃げよ逃げよっ」


 クルドはここでポケットから綿を取り出し、自分の身体を隠せるほどにそれを増幅させる。簡易的なシェルターである。

 彼女が綿の中へ身を潜めた直後、《大魔王》の身体が大きな音を立てて弾ける。

 そこを起点として広がってゆく赤黒い魔力の波長は、まるで巨大な打ち上げ花火のようだった。


「おっかないなぁほんと」


 クルドは恐る恐る、綿の塊から顔だけをひょこっと出して外の様子を伺う。

 周辺の木々は焦げ、地面も所々溶解してグズグズになっている。

 自分を守っていた綿の塊にはめいっぱいの“凍結魔廻印”を組み込んでいた為、その被害が彼女に行き渡ることは無かったが、綿の表面はきつね色に焦げている。

 もう少しでも強ければ簡単に無力化されてしまっただろうなと彼女は身を震わせながら感じた。


「……続けるか?」


 既にヒトの姿へと戻っていたキリュウが彼女の元へと歩いてくる。


「それ以前にさ、被害とか大丈夫なの?」


「配慮はした。避難場所に私の“重油”は届いてないはずだ」


「なるほど、ちなみに続けるかそうかって言われると無理だね。あの《大魔王》に上手いこと時間稼がれちゃったみたい」


「龍魔力の追跡は可能か? 地下に眠っていた“ゾンビ”の持つ魔力を辿れば、《タイラント》に辿り着くかもしれない」


「……やってみる。でもどうかな、アベル・ダリガードの時もやってみたんだけど追えなかったんだよね。その気になればすぐにでも本体とゾンビ側との“切断”は出来るっぽい」


「では何故、私の龍魔力と結合して魔道回路を焼いている時、《タイラント》は奴らとの魔道回路を切断しなかった? わざわざあんなものを寄越す必要は無かったはずだ」


「んまぁ、そこが引っかかるんだよね。明らかにゾンビ達を護ってるよ。どうして簡単に切り捨てていくらでも補充が効くゾンビ達にそんなことしたのかな……」


 静けさの戻った深夜の空を見つめ、クルドは大きな欠伸をかく。


「やばっそろそろデンチ切れるかも。龍魔力同士の結合、はじめてやってみたもんだから流石に疲れるね」


「そうか。ならば後のことは私が引き継ぐ。暫くフレイマ嬢の身体を乗っ取っていたとすると、ブライツベルンの屋敷付近に何かがあるかもしれない」


 返事はない。クルドは立ったまま眠りこけているようだった。キリュウはその小さな身体を軽々と持ち上げ、運んでゆく。


 その大きな背中の少し後ろを、エメラルドグリーン色のスライムが続いて行った。


  ※


「……クルドちゃん……かぁ」


「ああ?」


 横で感心するような色を持った声で人名を呟いたエメラルドグリーン色のスライムを、メギトは疲れきった瞳で睨む。


「いや、なんでもないよ。それにしてもなんとか上手くいったようだね。これで君の大好きなお祭りを守ることができたってところかな?」


「まさか……てめぇの親父があんなにクソよええとは思わねぇでしたね」


「あのおじさん相手によくやったと思うけどなぁ」


 釈然としない様子で身体をくねらせるイルムを気にせず、メギトは再度目を閉じて意識を集中させる。


 ーー今俺が持ってるゾンビ兵共の数は108体。その内何体かは間に合わず焼き焦げてるはずだ。今のうちに切っとかねぇと。掘り起こされりゃ溜まったもんじゃねぇ


 その表情は徐々に曇っていく。思った以上に地下に潜む“ゾンビ兵”の魔力検知が上手くいっていないようだった。


「どうゆう事だ……? なんで繋がらねぇ……?」


「どうしたの?」


 緑髪の美青年に姿を変え、バツが悪そうに顔を伏せるメギトを覗き込んでくる。

 そのからかってくるような、小馬鹿しているような至極腹立たしい表情は彼の視界の中で歪んでゆく。耳は【キーン】というノイズがかかったような異音に包まれ、呼吸が荒くなってゆく。


 パニックという状態だった。


「クソァ!! どういうことだ!? どーゆーことだ!! なんで!! なんで地下のゾンビ兵共と交信が取れねぇ!? なんだ!? なんなんだぁ!!?」


「流石に人が来ちゃうよ。落ち着かないと」


 頭を抱え、蹲る。スライムの声は聞こえなくなった。


 ーー俺がやった。ゾンビ兵に植え付けられたお前の魔道回路を書き換えることで無力化した。


「て、てめぇ……!」


 飛び起きるように目を開け、立ち上がる。そこは何も無い真っ暗な空間。

 先程までメギトが収容されていた独房も、ねずみ色の壁と色あせた煎餅布団を除いて何一つ置いていない殺風景なものだったが、この場所はそれ以上の“暗闇”だった。


「……出てこい! ここに呼んだってこたぁ……俺に話があるってことだよなぁ!?」


 メギトはこの空間を何度か訪れていた。故に、この異様な場面の転換にも動じることは無い。自分の主である黒龍からの呼び出しである。


「どういうつもりだぁ? さっき言ってきやがったことに乗っ取るならぁ、てめぇがゾンビ兵共を潰したってことだよなぁ!?」


 虚空に向け、吼える。そこからしばらくもない内に答えは帰ってきた。

 ひたすらに低く、それでいてやけに落ち着いた威厳のある声だった。


「俺が判断し、潰した。お前がこれから行わんとするジェノサイドを封じ込める為にな」


「ざけんじゃねぇぞ!! 俺達が行うことにてめぇは何も口出さねぇ、ただ一時的にてめぇの支配下として動く! そーゆーことだったはずだぁ!!」


「確かに言った。だが、お前のそれはこのバルボレス王国の歴史を崩壊させかねない大きすぎる行いだ。行き過ぎるなとも、事前に言っておいた筈だ」


「返しやがれ!!!」


 咆哮と共に肉体を“完龍化”させ、その異形の爪で虚空を斬る……が、


「な、なんだ……か、身体が……うごか……ねぇ……!!」


 斬り裂いた途端、身体がピクリとも動かなくなるのを感じる。

 動こうとどれだけ力を入れてみても、まるで歯が立たない。

 自身の腕に視線を落とし、その原因を理解する。


「……おい、なにする……つもり……だ?」


 腕だけでなく、足や胴体にすらがっちりと固められた黒い龍の尾のような形をした鎖を睨みつける。


「……制御だ。お前の龍魔力により深く干渉し、生成するゾンビ兵の量を制限する」


「お、おい……んだよそれ……ざけんじゃねぇぞおい!! やめろッ!! クソッ!! 離せ!! こんなんで制御です!? “光の聖女”の野郎のアレが許されて……俺んがダメだぁ!? ぶさけろ!!!」


 力を振り絞り、両手に巻き付いた鎖を無理矢理引きちぎる。

 血だらけになった両腕で胴体を縛り付ける鎖を掴む頃には、全てが遅かった。


「がぁ……あっ……がっ!!」


 胸を貫き、肉体を食い破るように体内へ侵入してゆく龍の尾。

 この溶岩を直接内蔵に流し込まれたような激痛は、かつて黒龍から“洗礼”を受けた時以来だった。


「やめ……ろ……や゛め゛!!!」


 ……………………


 ……………


 ……



「ろ゛お゛!!!!」


 絶叫と共に視界が変わる。眼前に広がる灰色の独房と、角に張り付いたスライム形態のイルム。


 一瞬『振り切れたか』と期待するも改めて胸に手を当て、理解する。

 自身の身体にはより深い“黒龍の魔力”が刻み込まれてしまったことを。


「なんかキミ、臭くなった?」


「ハァ……ハァ……あ?」


 恐る恐るこちらに近付いてくるイルムを血走った眼光で睨みつける。


「ごめん、体臭じゃなくて魔力の話。ゴミ捨て場みたいな臭いがする魔力だよ」


「……黒龍の野郎が……より深く俺の身体に入り込んだようで。糞ッ!!」


「ふーん。ところで君はどうして黒龍の下に身を置いているのかな? 今のところ君の邪魔しかしてないんじゃない?」


「力をやると……言われた。俺は平和ボケしてる糞共を潰してぇだけですからね」


 目を伏せたメギトの様子をイルムは見逃さなかった。が、敢えてなにも触れないように彼は口を開く。


「……どこまで使えそうかな? ゾンビ兵を作ることは?」


「出来ねぇですね。増やすことも大分苦労する。ただ、地上にいるゾンビ兵はまだ使えるらしい」


「その地上のゾンビ兵は?」


「西の名家んとこのが16体と……スラムんとこに5体、雷龍のガールフレンドに1体」


「なるほど、それを今この場で動かすことは?」


「………糞ッ!」


 床を殴り、そのまま壁に寄りかかる。黒龍によって自分の能力が大きく制限されたことを改めて理解する。


 平和ボケしてる糞共に地獄を見せる────。


 描いた野望は、小さな牢獄の中でひっそりと終わりを迎えていた。


「うーん。やられちゃったね」


 身体を人の形へと変化させ、同じように項垂れるイルム。

 そんな彼に所謂“奇跡の打開策”を期待してしまうほどには、メギト自身に手は残っていなかった。


「もしかして、僕がまだなにか手を残しているとか思ってる?」


 ギクリと表情が凍りつき、眉が動く。既に見透かされていることはわかっていたが、意地でも首を縦に振ることはしなかった。


「……その通りだよって僕が言ったらどうする?」


「……どういうことだ?」


「うはっ超いい反応!」


「殺されてぇのか?」


「じょ、ジョーダンだよ? 殺さないでね?」


「……いや、殺すしかねぇかもなぁ。俺の野望が潰れちまったもんで、てめぇと手を組む無くなったわけだしよ。今のてめぇは俺にとって……唯一正体を知ってるただのふざけた野郎ってだけですからねぇ」


「脅しのつもりかな? とてつもなく焦っているようだね」


「……ッ!!」


 衝動的に繰り出した拳は、部分的にスライム化されたイルムの右手に包まれる。


「焦らない焦らない。とりあえず僕の話を聞いて欲しいかな」


「………なんかあんだな?」


 拳を退かせ、壁に寄りかかる。ひんやりとした心地の良い壁の温度に、熱くなっていた頭が少し冷やされる。


「あるよ。あるけど……そうだなぁ……」


 向かいの壁に寄りかかるイルムは、不敵な笑みを浮かべて続ける。


「うん。実質的に君は僕の配下となってしまうね」


「……どういうことだ?」


「これ以上の情報を今この状態で言うのにはあまりにも危険すぎる。自分でもわかってるかと思うけど、黒龍にとって今の君はもう裸同然なんだ。今こうして僕となにか悪いことを企んでいることすら、奴には筒抜けさ」


「……わかってら、それをくぐり抜ける糸口をテメーは持ってるが……?」


「そう、今この場で全部話してしまうと即座に黒龍に対策されて出来なくなる。だから僕はこの場では“打開策を持っている”としか言うことができない」


「……成功率はあんのです?」


「それも言えない。外側の魔道回路から乗っ取られちゃってるから、魔力を通して会話も聞かれてしまう。だから僕は“もしかしたらイケるかも”としか言えない。これ以上を話すには……実際に僕に全てを捧げた後……かな?……でも!」


 メギトの眼前に迫り、イルムは片膝を立てて平伏するように頭を下げる。

 しばらくの間下がっていた顔が上がって目が合うと、


「……僕を信用して欲しい」


 押し黙るメギト。イルムも同じようにそれ以上はなにも言わなかった。


 実際、メギトにとっては非常に危険な賭けではあった。

 出会って間もないふざけきった男に“自分の全てを捧げる”────。

 それも確かな根拠すら持ち合わせていなければ、最悪なにか得体の知れない魔廻印なんかを植え付けられてしまう可能性すらあった。


 ーー流石に危険過ぎるか……?


 両者の間に産まれた静寂の中でメギトの脳裏に映るのは、彼がメテンとなるよりずっと前に見て願った、“赤い星”だった。

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