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赤い星

「赤い……星……!!」


 夜空を見つめ、つぶやくメギト。どうやら再び監獄ではないどこかに飛ばされてしまったらしい。


「またどっかに飛ばしやがったですか。今度は……過去ってかぁ?」


 右手に並んだ団地を睨みつけ、つぶやく。

 荒んで乾いた大地を踏みしめ、荒れ果てた壁に触れようと手を伸ばす。


 ところが、捉えることは出来ない。メギトの伸ばした手はまるで映像スクリーンのように壁を貫通する。無論、めり込むような手にはなんの感触もない。


 ーー……触れねぇ。夢? いや……


 手を引き、再びその荒れ果てた街並みを見やる。そこに人気はほとんどないが、メギトはその理由を知っていた。


 ーー……これは……俺が住んでたナインダの団地か?


「ねぇ、おかあさん! みてみて! 空の上にあるお星様! 赤くてとっても綺麗!」


「赤い星……ああ、本当に綺麗ね、いちばん大きい!」


 突然背後から聞こえてくる明るい親子の会話。殺伐とした地に水をもたらすように、少年の言葉は明るかった。


「ハキム、なにをしているの? 手なんか合わせちゃって……」


「東にある国が神様にお願いする時はこうするんだって! でもここの神様は別の神様と一緒にみんなを戦わせるから嫌い! 僕はあの赤いお星様にお願いする!」


 ハキムと言う少年の言葉に母親らしき痩せこけた人物は少々口を噤むも、すぐに微笑み、


「……そうね。神様がひとつになるまでは、この赤いお星様にお願いしましょう」


 ーーなんだこれァ……赤い星……? まさかこのガキッ……!!


 どこか哀愁漂う親子2人の背中を、メギトは拳を震わせながら見つめていた。


 ーー俺の過去……か。あのスライム野郎、変なもん見せてきやがってッ!


 バツの悪そうな顔で俯く。すると、突如脳を突きされたような強い頭痛に見舞われる。

「ぐぅ」と情けない声を出して膝を崩すと、大地がまるで渦を巻くようにぐにゃぐにゃに歪んでいるのに気が付いた。


 ーーやべぇッ……クソいてぇ……


 走り抜けてゆくように頭痛は収まっていた。かわりに広がるのは、先程の荒れ果てた大地ではなく、古びた病院の一室と、そこで泣きじゃくる三人の男。一人は中年、二人は若者だった。


 ーー母さんが死んだ時か。泣いてんのは親父と兄貴と俺ってかぁ?


 手で振り払ってもその空間が消えることはなく、立ち去ろうとしても見えない壁のようなもので隔離されてるらしく、出られない。


 仕方がないので、一歩引いた立ち位置で彼らのやり取りを見守ることに決めた。


「腹に銃弾が15発命中したらしい。痛かったろうに」


「どうして……どうして母さんがこんなことに……!!」


「……ナインダの神が……二人いるからだ」


 そう呟く父親の横顔は、憎悪に歪んでいた。メギトも、そして彼の兄も同じように俯き、涙を流している。


「それにしてもどうしてだ? 三日前に設置したばかりの陣地にいきなり敵のゲリラ兵だなんて……まさかスパイか?」


「兄さん! 今はそんなこと言うべきじゃない! 母さんが死んだんだぞ!」


「いや、サキムの判断は正しい。たとえ身内が死のうとも、敵の手は緩まない。人の涙は……あまりにも隙が大きいからな」


「父さん!!!」


「ハキム。今は堪えるんだ、そして……果たすぞ。神の統一……いや、神など最早どうでもいい。彼女への……手向けの為に……西側の神を討つッ!」


 ーー技術は向こうの方が三倍は上手だ。俺らんとこの神は伝統とかいうのにうるさかったからなぁ。新しいものを取り入れんのを嫌がった結果がこの劣勢だ。


 眼前の自分は声を殺して泣いていた。母親の眠るベッドに額を押し当て、身体を震わせている。父と兄も泣いていたが、決して顔を下へ向けることはない。


 一瞬視線を逸らせば、飛んできた銃弾に対処ができなくなるから────。


 悲しみに暮れる男三人の燃え上がる怒りを照らすように、窓の外には“赤い星”が煌めいていた。



 先程と同じようにやってきた頭痛から開放されると、今度は成人を迎えた兄と自分が、直立した岩石のようなボロボロの墓の前で難しい顔をしていた姿があった。


「身体中に手榴弾を巻き付け、敵軍に突っ込んでいったらしい。アジトひとつと道連れだそうだ」


「さ、さすが父さんだ。アジトひとつの没落は大きい!」


「俺達もいざとなれば、自らの命を以て奴らを地獄に叩き落とす。わかっているな? ハキム」


「……わかっているッ!」


「おまえ、手に握っているそれはなんだ?」


 ハキムはギクリとなり、手に持っていたチラシを後ろに隠す。兄はそれを奪い取り、その内容を睨みつける。


「……ハキムッ! そのチラシに書いてある文章……どこで拾った!! 敵国を支援してる国のものだぞ!!」


「は? 敵の……? 敵の奴らは……こんな楽しそうに……」


「いいから捨てろ!! 持っているだけで重罪だ! 焼いてしまえ!!」


 兄は手に持っていたライターでチラシを炙り始める。真っ黒になってゆくそれをぼーっと眺めながら、ハキムは口を開いた。


「……なぁ、兄さん。俺達はなんで……こんな糞みてぇに戦ってんだ? 同じ人間なのによ……なんだぁ、この楽しそうな姿は」


 「それはアイツらがナインダの教えを理解していないからだ。現世で娯楽を徹底して排除することで、死後の世界で極楽が待っている。現世はたったの60年。だが死後の世界はその何倍の月日を……」


 「《シンガープリンス》奇跡の25万人生ライブってなんだ? なんであんないつ撃たれて死ぬかもわかんねぇ糞目立つ位置に立ってんだ? この兄ちゃんはよ」


 「おい ハキム。いいかげんにしろ!」


 ハキムは止まらなかった。


 「なんで他の人間共は……武器一個もねぇ丸腰で騒いでんだ? なぁ……なぁ!!」


 ーーそうだ。思い出した。確かこのちょっと後にゃあ……


「おいおいやめてくれよ。その裏面にある水着の姉ちゃんの画像……気に入ってんだよなぁ、俺」


「……ッ!?」


 すぐに兄弟は背中を合わせ、それぞれ別々の方角を警戒する。様々な修羅場を潜り抜けてきたことで身についた、死角を消す警戒体制である。しかし、


「……多い。どうなっている?」


 まるで意味もないかのように、墓場の至る場所から敵の軍服を着た巨漢たちが、二人を囲むようにして現れた。


「……何故この場所がわかった」


「簡単に口聞いてんじゃねぇぞ! このバケモノがっ!!」


 兄の問いかけに返ってきた答えは、酷い怒気を孕んでいた。


「テメェらは最早俺達の“神”だけの敵じゃねえ。この地球上全てが!! テメェらの敵なんだぜ?」


「テメェらの親父が弾持って突っ込んだせいで……俺の兄弟はみんな死んだんだ!!楽に逝けると思うなよ??」


 万事休す。今のふたりにはその言葉がよく似合っていた。


「……俺にも来たか。この時が」


 そんな状況の中、兄はニィっと笑ってみせる。後ろで事を見つめているメギトはこの後彼が何を起こすかを理解しているが故に、覚悟を決めた兄の姿を小馬鹿にするように鼻で笑う。


 ーー酔ってんな、ありゃあ。色んな死にざまを見てきたせいで“死”に妙な美徳を感じてやがる。ま、最期までてめぇを綺麗にみせようって頑張ってるのはおもしれえもんだ。絶望しかできねえ後ろのガキにくらべりゃあな。


 兄は両手で抱えるように構えたマシンガンを無差別に放ち、前線の敵兵を次々と撃ち殺してゆく。誇りがどうだとか両親の仇だとか精いっぱいに吠え、灰色の大地を真っ赤に染め上げる。

 後に控えていた敵兵からの銃弾を身体中で浴び、声にならない絶叫を上げている。両足が吹き飛び、腹からは腸のような細長い内臓が零れていた。

 それでも残った右手で銃を構え、その身が血の海に沈んでいくまで狂ったようにマシンガンを打ち続けていた。


「……にィ……さん」


 結果、兄の身体はヒトとしての原型を留めていなかった。唯一残っていたのはマシンガンを握りしめていた右腕。


 無論、流れ弾が何発も身体にめり込んだハキムも無事では済まなかった。広がってゆく自分の生き血。もう助からないと悟っていながらも諦めず、芋虫のように這いずって空を見上げ、


「あ、赤い星……お願いだ……俺を救ってくれ嫌だ死にたくない!! なんでだ!? 前お願いしたよなぁ!? なんで俺はこんな地獄を見てんだ!? なあ教えてくれよなんでだ!! 俺はなんであのチラシの奴らみてえに銃を捨てて踊れねえんだ? いかれてんだろイカれてんだろ!! 赤い星……赤い星あかいほしあかいほし!!」


 群青色の空に煌めく赤い星を見上げ、念仏のようにブツブツと続ける彼の眉間に銃口が押し当てられる。左手を負傷した敵兵のものだった。


「赤い星だ? おまえ……もしや自軍(うち)の偵察機のこと惑星だとか思っていたのか?」


「……え?」


 吐き捨てられたような言葉にハキムは固まっていた。この言葉が“ハキム”として受けた人生最後の言葉となる。

 脳天を撃ち抜かれ、動かなくなった自分の姿を馬鹿にしたように見下ろす。


 ーーくだらねえ人生だ。元々神とかどーでもいいのによ、周りや身内の同調圧力にやられてひたすら戦う。目的とかなんもねえでな。縋ってた赤い星も敵のもんでよお……奪うもん根こそぎ奪われて、結果てめぇの名も捨ててな。


 見せるべきものを見せ終わったのか、敵兵をはじめ死体が流す鮮血の広がりすらも、まるでこの空間自体が一時停止したように固まった。

 実質的に閉じ込められてしまったメギトはトボトボと硬直した死線を端にある一つの大きな石段を目指して歩き出す。


「てか“メギト”ってあれか、この墓地ン名前でしたね。すっかり忘れてたか。まあなんでもいいが、見せるもん見せたんならさっさと出したらどうです? それともまだなんかあんのか? こんなもんみせて一体なんに……」


 皮肉めいた叫びは、自身の脳内を走り抜けていったキーンというカナキリ音に掻き消される。同時にやってきた激しい頭痛に頭を抱えつつも、視線だけはしっかりと前方に集中させた。


「……まだなんかあるみてえですね」


 そう確信したのは、彼の死ぬ間際を映した空間が、水性の絵の具が渦を巻いて混ざり合うようにグニャグニャに歪み始めたからであった。

 兵士や過去の自分が流した血液の色や、父の眠る墓の灰色、惨劇を隠すように広がっていた群青に、矢を指すように紅くまぶしい“偵察機”の赤などすべてが混ざり合い、グニャグニャしたエメラルドグリーン色の異空間が形成される。


 不気味なほど美しいエメラルドグリーンの空から降り注いでくるのは、大小様々な形をしたシャボン玉。


「なんだ。このふざけた空間は……」


 目の前でふわふわ揺れる一番大きなシャボン玉を怪しげに見つめる。よく見るとその丸い空間の中で、一組のカップルが手をつなぎ、愛を確かめ合うようにキスを交わしている。


「……ああ?」


 反射的にそのシャボン玉を手で振り払う。幻影だから意味はないかとハッとなったが、先ほどまでの過去の空間とは違い、そのシャボン玉は手ではじくことが出来るようだった。


 再び辺りを見渡す。今度は自分の能力が認められ、アーティストとして取材を受けている一人の青年の姿がシャボン玉に映し出されていた。メギトは再び手で引き裂くように弾く。


 どうしてか、シャボン玉の内部に広がる他者の幸せは無性にメギトの神経を逆撫でした。

 赤ん坊を幸せそうに抱く母親、クリスマスパーティーを祝う四人家族、大金を手にワイングラスを回す富豪。とにかくありとあらゆる幸せを裂き、叩き潰し、破壊した。


 鮮やかな花々に包まれた結婚式を映したシャボン玉に至ってはブレスまで放って潰した。広がるものはあくまでも幻影故意味は無かったが、胸が晴れやかになってゆくのを感じた。


「俺はクリスマスがどういう行事だったのかもしらねぇ。ガキは産まれてもすぐに死ぬから嬉しくもなんともねぇ。あのシューゲツとか言うのが、女引き連れて歩いてきやがった時はイラついたな……奴らの幸せそうな顔ったらねぇ……そうだ。俺は……」


「他人の幸せを徹底的に破壊したい。そうだろう?」


 気がつけば目の前に立っていたイルムが、グッと目に力を込めてそう呟いた。


「恨むことが多すぎると他人に向けるしか無いんだよね」


「……見たのか?」


「少しだけだよ? 」


 イルムはにっこり笑って呟く。隠しているつもりは無かったメギトだが、実際に自分の心の中を見られるのはとてつもなく腹立たしかった。


「ここはどこだ? あんたが俺に見せたナニカってのはわかるんですがね」


「君の無意識領域だよ。言い換えると龍魔力の核。今の君の身体はこの核以外全て黒龍に支配されてしまっているからね。視覚聴覚嗅覚、とりあえずなんでもが全部黒龍に筒抜け状態。しばらくエッチなことも出来ないね」


「くだらねぇこと言ってんじゃねぇぞ?」


 怒気を強め、言い放つ。表情ひとつ変えないイルムはひたすらに不気味だった。

「このまま潰してやろうか」とも考えたが、イルムの厄介さは黒龍譲り。更に仮に本当にここが自分の核だとするならば、無闇に力を振るうのは少しまずいかもしれない。

 そうして考え込んでいると、必然的に頭が冷えてゆくのがわかった。


「まぁ、この際俺の核に入り込んだ方法だとかはどうでもいい。結局は俺の力を振るい、願いを叶えることが一番大事なことですわな」


「君は本当に真面目な子だね。応援したくて堪らないよ」


「……あ?」


「本心だよ。真面目な子は損をしやすいから応援したくなるんだ。でも残念、今のままだと君は真っ黒い鎖でがんじがらめさ。その願いも、黒龍の意志とは反しているからね」


「それを掻い潜る方法とか言うのが、てめぇの支配下に堕ちること……だったなぁ。なんの関係があんのか分かんねぇけどよ」


「簡単かんたん。僕の一部を君の核に住まわせて力をお借りします。少なくとも地上にいるゾンビ君達は動かせると思うよ」


「……てめぇが私的に俺の力を使わないって保証は?」


「使うつもりは無いけど、保証なんてそんなものある訳ないよ。紙にでも書いておく? 破り捨てればちり紙と一緒だけど」


「話になんねぇじゃねぇか。ちったぁマシな交渉を……」


「じゃあ君は黒龍さんに一生支配されたままだ。お疲れ様」


 メギトにとってその言葉は、「既に自分には後がない」ということを確信させるようなものだった。

 元々藁に縋るような思いで目の前のイルムを核にまで呼び込んだのだ。自分に残された選択肢など、とうに無くなっている。


「……俺の願いは一つだ。糞共に地獄を見せる。メテンを全員潰して……元いた世界(あっち)に戻ってまた地獄を見せる。この世の平和とかいう不平等なもんを根こそぎ奪い取る」


 「その為なら……てめぇみてぇなふざけた野郎に力使われるくらいわけねぇわな」


「やっぱり君は真面目な奴だ。そうだなぁ……僕のどの部分を住まわせたい?」


 イルムは不気味に笑い、そう言った。


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