気まずい二番弟子
ラディの家から徒歩で少しの場所にある、持ち主のわからない荒廃した畑。
そこから立ちのぼる哀れ極まる絶叫。殺風景な畑を血と涙で塗り殴るように、イブキは拳を叩き落す。
「クソッ!! クソッ!!!」
「穴掘ってんじゃねえよ。ミミズでも掘り出して食うのか?」
小馬鹿にするように吐き捨てるのは、面倒くさそうに前髪を弄りながら肩を回すラディ。
全身を震わせて泣きじゃくるイブキのすぐ横に短剣を突き刺し、再起を促す。
「俺は飯も作らなきゃなんねえんだよ。早いとこ追い込まれて、さっさと吐けよ」
「お、おま……その! あおってくる…かんじの……ムカつく言い回し辞めろ!!!」
短剣を掴んで投げ飛ばし、ラディを睨む。対する彼はわざとらしくため息をついた後、
「あのなぁ、ハッキリ言って今でもおまえはリタイアすべきだって思ってんだぜ俺は。このくだらねぇ修行だって俺に何のメリットもねぇ。時間の無駄としかおもわねぇ、でも付き合ってやってんだ。俺の良心でな。付き合って頂いている立場にいるんだからよ、文句言われるのはお話が違うぜ。寧ろ謝れ、俺の言い回しをムカつくとか言ったことをな」
「だ、誰がッ!! この……クソッ!!」
「頭丸めた方が誠意がこもるか? ジャパニーズ」
『こんな奴に頼まなきゃよかった』とイブキは心底後悔した。
「まだまだいきますよっルーツちゃんっ! 強い力は基礎体力あってのものですっ!」
「は、はい……! ひぃ……ひぃ……」
必要以上に声を張り上げて弟子を鼓舞しつつ近づいてくる馴染みのある声。
「はいっこのへんで休憩しましょうっ! ここは人通りも少ないですからね。なんか二人ほどいますけどほっといちゃいましょうっ!」
「お、おす……!」
わざとらしくイブキらの視界に入る場所でランニングを中断して休憩に入るレイとルーツ。
ーーな、なんでこんなとこで休むんだわざわざ……マジで勘弁してくれ
苦虫を嚙み潰したような表情でレイらから背を向け、
「場所、他にないのか? 正直今俺……」
「無理だな。ブレスの練習は広い場所でやらなきゃ被害出てめんどくせえことになんだよ」
ごもっともな理由につき、何も言い返すことなくため息交じりに再び構えるイブキ。
「やる前から言ってるが、俺は練習してブレスを覚えたわけじゃねえ。他のメテンや魔物との戦いの中で偶然ついてきたもんなんだ。つーかみんなそうやって覚えてく。この身体で転生したその瞬間から備わってるもんの一個なんだろう。感覚的には教わるっつうより“思い出す”に近い」
「そして……思い出す…には……一度追い込まれて……無理矢理潜在能力を引き出す…しか…ねぇ……か」
「そうだ。俺はそれしかしらねぇ。とりあえず後遺症でない程度には追い込んでやるから、あとはおまえ自身でなんとかしろ」
静かに頷き、イブキは力任せに飛び込む。ラディはその猛禽類のように鋭い目を凝らして彼の黒い拳を見切り、華麗に躱して脇腹を蹴り上げる。
「……ッア!?」
悶絶する暇もなく続いてやってきた前蹴りは胸板を穿ち、後方数メートルほどイブキの身体は飛ばされる。
「ア……グッ!!」
両手を着いたまま大口を開けるイブキ。
腹に溜めた龍魔力を放出するイメージ────。
やってくるのはブレスではなく、過度の疲労からやってくる嗚咽だった。
「オ……ヴォエェ!!」
「気持ち悪いな。そんな思いきり口空けなくてもいいだろう」
「だって……こうしねえと……」
「あ~あ。みてくださいルーツちゃん。教える側があれだと折角の修行もただの拷問になるんですね~」
やたら大きな声で皮肉が飛んでくる。
「……もう一回だ。というかなにか来ないのか? 龍魔力が喉に押し込んでいく感覚とか……」
「それが分かったら……こんな……なってねぇ……」
「あーあー。違うんだよなぁ〜。まず体内の龍魔力の流動コントロールからなんだよなぁ〜。見てくださいルーツちゃんっ。教えるのが下手くそだと……」
「おい、うるせぇよさっきから」
さすがに耐えられなくなったラディは犬歯を剥き出しにしてレイを睨みつける。彼女も負けじと顎を突き出して睨み返し、
「えー? なーんにも? 別にラディさんにむけて言ってるわけじゃないですよ〜? ただなんというか〜? 教え方があまりにも……ねぇ?」
「だいたいおまえがつまらねぇ理由でイブキを拒絶したのがおかしいんだろうが。一番弟子が恋しくなったか? 姑とかになったらクソ厄介そうだな、おまえ」
「うっわー顔真っ赤ですよラディさ〜ん! 悔しかったですか? もしよかったらこのレイ先生がアドバイザーになってあげてもいーんですよ〜?」
ラディは舌打ちすると共に彼女から目を背け、イブキの肩を掴む。
「イブキ、場所を変えるぞ。少し歩くが、実は同じような空き地を知っている」
「え? ええ?」
「イブキ君は本当にいいんですか? もしもう一回お願いしてくれれば、もしかしたーらこのわたしが…」
その言葉に誘われるようにレイを見やるイブキ。しかし、彼女の後ろで靡いている銀髪が目に止まり、再び目を伏せ、
「……いや…いいっす。先生、ブレス……嫌なんでしょう?」
「だそうだ。“元”、レイ先生」
「う……あう……」
潤む師の瞳に、イブキは慄く。
「い、いやその……だって先生あの時はあんなに……」
「……どうしたいんだか言えよ。めんどくせぇな」
「……たいです」
ラディに唆され、レイは小さく口を開く。
「……? タイ?」
「お、おしえたいですぅーーー!!! ま、まだイブギ…ぐん……もっ!! わたしが……おしえなぎゃ……やなんですぅうううううっ!!!」
「ああそうか良かったな。やっと飯が作れる」
ラディは呆れたようにイブキを彼女の元に突き出し、前髪をいじりながら足早に去ってゆく。
「せ、先生……」
「ごめんなしゃい……イブキ君……。わたし……強くなろうとするイブキくん……に……あんなこと……」
「い、いやいいっすよ…。俺もデリカシーないこと言ってすんませんっした……。良かったら…教えてください。ブレス」
視線を逸らして謝罪するイブキ。その言葉を聞いたレイはすぐにぱぁっと明るくなり、
「いいでしょうっ! メテンの持つ超必殺奥義“ブレス”っ! 龍皮化とかなんとかとかそれよりもずっと取得難易度は高いですよっ! なにせ、さっきも言った通り、身体の龍魔力を完全に操作できるようにならないとダメなんでっ! というかそれさえ出来ればグッと強くなれますっ! 両足の龍皮化もすぐですっ!」
「す、すぐなんすか!?」
「はいっ!!」
突然閃いたように、レイは後ろでオドオドしていたルーツの肩を抱いてイブキと向き合わせると、
「そうそうっ! 二番弟子のルーツちゃんですっ! イブキ君初の妹分っ! こう見えてこの子中々剣の扱いじょーずなんですよ〜。ボサっとしてるとすぐ抜かれちゃうかもしれませんっ!」
朱色の双眸に、イブキの姿は映されていなかった。俯くようにして彼から視線を逸らし、両手をモジモジと組ませている。
「……あっ」
イブキも同じように視線を逸らす。二人の間で取り巻く気疎い空気を理解出来ていない様子のレイは、
「ど、どうしたんですか? 2人とも……」
「……ごめんなさい、しはん。わ、私は……あの……イケメンさんの……お料理を……」
「え? もしかしてきつくやり過ぎちゃいました……?」
「ごめんなさいっ!!」
振り切るように、彼女は既に遠くなっていたラディの背中を追いかけていった。
「そ、そんな……やっぱり女の子にはもっと……」
「……違うと…思うっす」
レイはぱちくりと目を開き、イブキの方を見やる。
「イブキ君、なんか元気無さそうですね。どうしちゃったんですか?」
「いや、その……俺……」
「はい?」
重たい口を開き、イブキはポツポツと自身の罪を師に打ち明けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……この辺ならいけるかな」
ゆっくりとしゃがみこみ、土の質感を確かめるクルド。手のひらでサラサラと流れてゆく土を見つめ、小さく頷く。
「人払いは済ませておいた。お前の希望通りにな」
その小さな背中に向けて話しかけるのは、黒いスーツを纏った大男キリュウ。ネクタイを締め直し、少女の行動を待っている。
「ありがと、流石にキリュウさんの名前使えばすぐにみんな退いてくね」
「……魔導回路を“焼く”だそうだな」
クルドの皮肉をキリュウはまるで気に求めていない。寧ろ『そんなことはいいから早く進めろ』と言うように腕を組んで下準備を待っていた。
「圧を飛ばさないでってば、怖いよ」
ムスッと口を噤みながらぽつりと愚痴を零すクルドは、どこかで拾ってきた細い木の枝を使って地面に魔法陣を描き、
「あの時もいったけど……やっぱりこの国の地面からあの“アベル・ダリガード”と同じタイプをした魔力を感じるんだよね。もちろん、今まではこんなこと無かったわけだし……純粋に怪しいわけ」
「黒角化した魔物が地中に埋め込まれている……ということか」
「そんな感じで、さらに付け足すなら多分、埋まってるのは魔物ってより“黒角化した死体”。そんでその死体を埋め込んだ人物と、イブキが追っかけてたって言う“タイラント”は同一人物」
「……そう思う理由は?」
「キリュウさん。ゾンビってさ、土の中から這い出てくるんだってね。ラディが言ってた」
魔法陣を書き終え、木の棒を投げ捨てて立ち上がるクルドは興味深そうに続ける。
「あたしとしたことが、その時はすっかり見落としてたけど……アベル・ダリガードも間違いなくゾンビ化してた。魔道回路死んでたしね。イブキと初めて会った時に倒したメテンも同じようにゾンビになってた。どっちも黒角生えてたし」
「どの道、黒龍の幹部が“なにかを企んでいる”という状況には変わりないか」
スーツの上着を脱ぎ捨て、魔法陣の真上で拳を構えるキリュウ。
その右腕は徐々に赤々と燃え上がり、やがてその近くにいるだけで火傷してしまうほどの熱気を帯びてゆく。
「……やっば」
クルドは素早くポケットから深緑色に光る鉱石を取り出し、魔法陣の角5つに並べてからそそくさと身を引く。
「……いくぞ」
マグマのように赤黒く燃え上がる超高温の物質を纏ったキリュウの拳は、描かれた魔法陣の丁度中央部に向かって思い切り振り下ろされる。
ドムッ! という鈍い音が鳴るも、それ以降は比較的静かに、そして正確に拳が地面にめり込んでいき、マグマのような物質が流し込まれてゆく。
それに呼応するように5つの鉱石はエメラルドグリーンに光り輝き、ガタガタと震えながら地中に潜り込む。
「……んっ。できたできた」
したり顔のクルドは腕を組んで頷き、ポケットから鉱石と同じ色で輝く綿を取り出し、キリュウへ向けて飛ばす。
キリュウの背から吸い込まれてゆく綿を確認したクルドは両手を胸元で祈るように合わせ、呟く。
「──── 魔道接合」




