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バルボレスの魔王

 罪人の夜は昼間以上に騒がしかった。

 というのも今日は皆が恐れ、影で軽蔑していた“暴君ガロー”が重大犯罪者収容所に移行することが決まったのだから、かつてのクライム・カーストに悩まされていた軽度犯罪者達の喜びようは凄まじいものだった。


 どこから取り寄せたのか、酒瓶の蓋を片手に踊り狂う罪人らを横目に、メギトはひとり収容部屋の煎餅布団に腰掛け、右手を開く。


「おい、出てこい」


 そのつぶやきに応えるように右手の皮はどろりと溶け、ローションのような粘り気のある液体に変化する。


「さっきぶりだね。メテンさん!」


 当然のように軽快に語りかけてくるその液体。開いたままの掌に集まってゆき、エメラルドグリーン色をしたぶよぶよの球体へと変化する。


「………スライムっつう奴か。初めて触ったが…触感はわるくねぇな」


『噂には聞いていたが』と関心するようにスライムを転がすメギト。

 スライム状の球体は気分が悪そうな声で、


「ちょ、ちょっと! 目が……めが回ってしまったよ。(スライム)を触るのは初めてなのかい?」


「ああ、俺は転生する前からスライムに触れたことはねかったですねぇ。まぁ、そんなことはどうでもいい。俺をメテンだって分かるっつうことは、あんたに残された選択肢は……」


「君に協力するか、死ぬか……かな?」


 掌で愉快そうに跳ねるスライム。メギトは微笑し、


「そうだ。どーやって見破ったのかはしんねぇがな。ま、そもそもてめぇにどんだけの価値があるか……俺はなんも分からねぇもんでよぉ。下手にボロ出されちゃあたまったたもんじゃねぇ」


「なるほど、つまりラブレターを送れってことかな?」


「ふざけてんのか?」


「大真面目だよ? 僕が前率いてた“魔王軍”も、入軍試験に僕宛てのラブレター描かせてたし。ラブレターほど熱意に溢れた申請書は無いよ。溢れ出す想いとトキメキ……! 面倒がって造られた堅苦しい履歴書なんかよりもずっと自分が表現されるからね」


「魔王軍を……率いてた…だ?」


 スライムの熱弁の大部分を無視し、気に留めた言葉だけを呟く。

 ぶにゅっと不貞腐れたように身を平たくさせるスライムは、


「うーん気になるのそこかぁ。そうです! 何を隠そう少し前まではこの僕があの“バルボレス王直騎士団の宿敵・魔王軍”を率いていたイルムとも……いや、頬から分裂したから……イルムのほっぺたです! 趣味は人を見ることだったんだけど…独房に入ってからは中々見る機会もなくなってしまったね」


「ケッヒヒヒィイイイイハハァ! そりゃビビりましたねぇ」


 腹を抱えて下品に笑うメギト。ひとしきり笑い飛ばした後再び語気を強め、


「マオウだかなんだかしんねぇけど、おめぇみてぇなクソガキ相手にしてるほど暇じゃあねぇんでよぉ、もう一回ふざけたら握りつぶすことにしますわ」


「クソガキ? 僕、こうみえて36だけど?」


「あ?」


 より強い語気で返ってきた言葉に眉をひそめ、掌でグニョグニョ動くイルムと名乗ったスライムを壁に叩きつける。


「ギャ!」


 壁に直撃して四散したスライムに向けて舌打ちし、メギトは右手を構える。


「わけわかんねぇ奴だ。今のうちに潰しとくしかねぇですね……糞共はバカ騒ぎしててこっちに目ェ向けるわけねぇし……監視カメラとかいうめんどくせぇもんもバルボレス(ここ)はねぇもん……」


「“殺した人間をゾンビに変えることが出来るメテン”名前はメギト」

「これ本名じゃないよね? 親からもらった名前くらい覚えておこうよ」


「メテンになる前の出身国は“ナインダ”。宗教紛争の絶えない貧しい国」

「大変だったんだね。ご苦労様」


「メテンとなってからもうすぐ3年。黒龍の配下として2年と少し」

「黒龍の配下としては珍しく、自ら出向いて直接手を下すことも多い」

「何回かこれでボスの黒龍サマに怒られてるね?」


「死体を乗っ取って自分の身体とする能力が備わってて、入れ替えた回数は3年間で25回。内メテンの身体を乗っ取ったのは2回」

「もう元の自分の身体どんなんだったか忘れちゃったんじゃない?」


「既に完全同調を遂げて完龍化済み」

「ガイコツみたいなカッチョいい格好になれるようだね」

「それからそれからっと……」


 淡々と紡がれてゆく、誰にも伝えていなかったはずの自分の情報。

 流石に気味悪がって固まるメギトを差し置き、スライムは辺りの空気を取り込むようにしてぶくぶくと膨れ上がりながら、


「そして今現在、自分が大事に時間をかけて作り上げた恐怖のゾンビ軍団を王都の地面の内に大量に埋めてある。これでナニをするのかなぁ?」


「……ッ!?」


 目を見開き、膨れ上がり続けるスライムを見据える。

 人ひとり分程までに大きくなった身体は先程の美青年の姿として再結成され、


  「すげぇいい表情すんじゃん」


 ぐにゃりと歪む整った口角が不気味だった。


「おまえ……何故それを」


「あれ、自分の情報しゃべられるよりそっちの方が気になった感じ?」


「いいから答えやがれェ!! 潰されてぇのか!?」


 右手を龍皮化させて叫ぶメギト。イルムは嬉しそうに笑い、


「やっと僕に興味を持ってくれたみたいだね。君の右手の中にいた時、少しだけ龍魔力を見せてもらったんだけど…あちこちから君の気配がするものだから…えーまさかねーって思ってさ。また黒龍に怒られちゃうよ?」


「クソッ!! こんな訳わかんねぇやつに俺の計画がッ!大死祭がッ!! 糞ッ!!!!」


 声を押し殺して絶叫するメギトの様を、イルムは不思議そうに眺め、


「君話聞いてた? 力になりたいから調べてたんだけど……」


「力だぁ!? てめぇ如きに何が出来んですか!? ええ!?」


「はい!性犯罪者のフリしてる黒龍の幹部さんの正体を暴くことが出来ます!」


「クソが!!!」


 叫喚と共に右手を振りおろし、イルムの身体を斜めから掻き切る。身体からずり落ちた生首は決して笑顔を絶やさずに、


「僕の身体はこの世の全て。このバルボレスにある物質、生物ありとあらゆるものを生成でき、成り代われる」


「……あ?」


 首なしの胴体がイルムの首を拾い、断面部分に乗せる。瞬時に繋がった首をコキコキと鳴らしながら、彼はつづけた。


「どんな人間にも本当に微量の魔力が流れている。ここまでは分かるよね?」


「らしいな。それ使って魔廻機とかいうもんの魔道回路回すとかなんとか…ですっけね。知識お披露目タイムってか?」


「ううん。メテンはたまにこれわかんない人いるから一応だよ。で、僕はその個人で流れている魔道回路の全てさ」


「全て……だぁ? モブの雑魚魔力があってなんだっつーんです?」


「う~ん。君あれかな、『とりあえず攻撃技だけ覚えとけばいいや』って言っちゃう人?」


 下に見られたような言い回しに苛立ち、血管を浮きだたせるメギト。

 呆れるように言い放ったイルムの肌がエメラルドグリーンに変色し、そのままドロリと溶けるように崩れてゆく。

 そして再び人型として形を再結成すると、今度はライムグリーンの長髪を揺らすおしとやかな少女の姿へと変わり、


「合ってるかな。この間までキミだった女の子。西の名家ブライツベルン一族御令嬢の……」


「……けッ、つまりてめぇはどいつにでも成り代われるっつーことだな。んなもんぶっ殺しゃあ俺にだって出来らぁ」


 失笑するように言葉を吐き捨て、壁に寄りかかるメギト。フレイマの姿をしたイルムは、不気味な笑みを浮かべながら自らの胸を揉みしだき、続ける。


「確かにそうだね。君も殺した人間を操ったり、乗り移ったり出来る。ただ君のゾンビ軍団達は“活動時間”という限界があるよね? 活動不能なレベルの攻撃をうけるか、ある程度暴れきると体内の龍魔力を使い切って動かなくなってしまう。そしてなにより、能力の発動には“死体”が必要だ。それを用意するのって労力的に物凄く面倒だと思うんだ。まぁ、それが趣味なら知らないけど。つーかこの身体えっろ」


「要するにノーリスクで分離する身体の一部分だけで人ひとり作れる自分のが優秀っていいてェわけですか。わりぃが、そんくれぇの枷なら事前にぶっ殺して埋めておくとか、そーゆー準備しとくだけでなんとでもなるですねぇ。今だって俺が一声かけりゃあ、この土食い破って出てきまっせ?」


「君が呼べるのはあくまでも従順な死体だけだよ」


 そう言ってイルムは立ち上がり、指をパチンと鳴らす。

 その音に応えるように別のスライムが檻の中へとやってくるなり、先ほどのイルムと同じように身を震わせて身体を膨れ上がらせる。


「またスライムか。今度はどの部分です?」


「僕の足の小指だよ。まあ見ていて」


 呟くイルムは、横で人型に形を整えたスライムの肩に手を乗せ、誇らしげに鼻を鳴らす。

 エメラルドグリーンの肌は筋骨隆々とした色黒の皮膚や鋼鉄の鎧へと変わり、薄く延ばされ靡いていたスライムは紅と白のリバーシブルで出来たマントに変わる。

 銀色のオールバックの髪形に真っ赤な瞳、程よく浮き出るほうれい線。知らない人物だったが、何処か底の知れないオーラを醸し出す初老の男性だった。


「この人は前に死んじゃった僕のお父さんです!」


 爽快なサムズアップと共に父親を紹介するイルム。


「親父……?」


「そう、僕が魔王なら当然、お父さんは“先代魔王”といったとこだね。多分バルボレスの王国にとってみれば、僕なんかよりもずっとお父さんの方が“魔王”として馴染みが深いと思うな」


「はっ。たしかに見た目だけみりゃあ中々の貫録だ。それに既に死んでるっつうことは……」


「うん。僕はこの地の歴史上に存在したどんな偉人や強者も再現できるよ。無論、お父さんやお爺ちゃんを命を懸けて倒しちゃった“伝説の勇者”とかいう人だってね」


 ゆっくりと立ち上がり、再現された先代魔王を眺めるメギト。

 貫録こそあるものの、その眼に力は灯っておらず、蝋人形のように表情は固まっている。まるで魂だけが綺麗に抜け落ちた抜け殻のようだった。


「こりゃあねぇな。図体だけ真似たところでなんになるってんです? 強さもちゃんと再現してくんねえと意味ねぇでしょう」


「触ってごらん。牢獄の中で力を発揮してもらうのは難しいから、それで使えるかそうじゃないか判断して貰おう」


 不信気味にイルムを睨みつけたあと、先代魔王の腹に手を触れる。


「────ッ!?」


 瞬間、マグマのように熱いナニカ容赦なく右手に流し込まれてる。


 山を焦がす紅蓮の炎。

 建造物を丸呑む大津波。

 煉瓦を剥がして飛ばす大旋風。

 怒れる神が下す落雷。

 歴史を破壊する大地震。


 ────脳裏に浮かぶ、故郷に落とされた黒い塊。


「ガッ………アガッ!? ハァ……ハァ……」


「大丈夫? 水飲む?」


 心配そうにこちらを眺めるイルムに向け、脂汗に塗れた笑みを向けるメギト。


「……条件はなんだ?」


「ん?」


「てめぇの目的はなんだ? 脱獄か? 言え」


「やっと興味を持ってくれたか。ラブコールを送るのも疲れるよ」


「いいから言いやがれ。そいつの力ぁ……本物くせぇようで…下手なメテンより余程つええ……。それに先代魔王とかいう箔がついてんなら尚いい。それに……出せんのはこいつだけじゃねぇんだろ?」


 ギラギラと眼を光らせ、言い放つ。イルムは元の丸いスライムの姿に戻り、


「もちろん。さっきも言った通り、僕はこのバルボレスの歴史ならなんでも再現可能だよ。僕の眼玉から初代国王だって造れるし、僕のベロから最強の団長と謳われる24代目王直騎士団団長だって呼び寄せられる。勿論、強さも完全再現さ。まっ、メテンの魔力はバルボレス産のものじゃないから無理だけどね」


 先代魔王の頭に飛び乗り、身体を細長くくねらせて言い放つイルム。

 そのまま先代魔王の身体をシートを被せるようにスライムで丸呑み、


「協力の条件だっけ? 君の企てている“お祭り”を特等席より一歩後ろの席で眺めさせて欲しい────。かな?」


「……は?」


 訳が分からないと言うように眉をひそめるメギトに対し、呆れたように嘆息するイルムは続ける。


「人にとって一番の娯楽は“神視点”だよ? 対して思い入れのない赤の他人が辿る運命を、自分に火の粉が振りかからない絶妙な距離感で追ってくんだよ。君の魔力の流動を調べていた時気が付いた。君の物語はとてつもなく面白そうだってね」


「はっ。つまり本腰入れて関わるのはこええってことですね? そんなんで魔王がやれるってんなら、やっぱここの国民は雑魚極まりねぇですな」


「だって下手に関わって僕がまた王都や黒龍に狙われたりしたら嫌だもん。僕は傍観者。適当に武器だけを渡してそれが窓の外でぼかんぼかん暴れている様子をコーヒーとか片手にして観るんだよ。でもただの傍観者じゃないよ。たまに君たちの動きを面白くするんだ。少しずつ歯車を変えては君たちが目的を達成出来たり出来なかったりする様子を……」


「“何故か”!」

「“上から”!」

「“たまに解説とかしちゃいながら”!」

「 ひたすらに観戦していたいッ!!」


 スーパーボールのように独房の中をぴょんぴょんと跳ね回りながら演説まがいに叫ぶイルムを右手で掴み取るメギトは、


「わからねぇし気持ちわりい奴ですが……俺の邪魔をしねぇで力をよこしてくれるってんならくそでけェ力だ。借りねぇっつう選択肢はねえ」


 ほくそ笑むメギトと、その手のひらで舞うように身体をくねらせるイルム。


「それじゃ、キミのお祭りの詳細と進行状況を教えてくれるかな。作戦会議と洒落こもうよ」


お知らせ


お疲れ様です。カキドラゴです。日頃から当作品をご拝読頂き、ありがとうございます。


さて、去年の八月下旬より連載を開始させて頂き、「原則一週間に一回投稿」を目指していた当作ですが、私自身の都合により「二週間に一話の投稿」とさせて頂きます。勝手な都合で申し訳ございません。


近頃は仕事につれ、創作関連でも様々な取り組みを行っており、私の体力と時間上当作のみに力を注ぐことが難しくなってきました。それ故の多忙が理由にあたります。

完結まではなんとか頑張りますので、どうか応援よろしくお願いいたします。


そしてもし宜しければ感想、ブックマーク、ポイントの方もよろしくお願いいたします。本当に励みになります。

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