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クライム・カースト

 

 公安ギルド────。バルボレス王国直属の大規模ギルドの通称であり、様々な地へと趣き成果を上げる『上級冒険家』や、大型陸上生物が王都へ接近した際に派遣される特別部隊『対大型生物特別討伐班』など、様々な戦力がその本部の周辺に備えられている。


 中でも強力なのは、バルボレス国王及びその親族に何かしらの危険が生じた際に出動、護衛に当たる『王族直属護衛騎士団』。


 個人の力こそメテンに劣るものの、彼らの長い時間をかけて練り上げられてきた団結力と連携力、莫大な資金をかけて作られた特注の鎧や武器の数々は、時に完龍化したメテンすらも凌駕する力を発揮することすらある。


 そんな王直騎士団の本部と隣り合わせで配備されている、完龍化されたメテンをはじめとした“危険人物達”を収容する施設、七つの独房(カラミティ・ゲージ)の中で笑う、ひとりの収容者。


「おもしろそうなのが入ってきたようだね」


 パチリと開く大きな二重の瞳を爛々と輝かせて呟くその青年。

 人工的にすら見えるサラサラしたエメラルドグリーンの髪をかき上げ、不思議そうに見つめてくる看守を手招きする。


「今日は特別に楽しそうだな。イルム」


「当然だよ看守長さん。ちゃんとハマってた歯車に芋虫とかが感じかな?」


「相変わらず、お前の言うことはわけがわからんなぁ」


 “看守長”と言われた巨漢の男は、まるで気の置けない友人に向けるような視線をその独房に向けていた。

 イルムと呼ばれた青年は、何度も“美少女”と間違えられたほどの美しい笑顔を看守長へ向け、続ける。


「僕もわけがわからないんだ。だからこそワクワクするんだよ。まったく、新しいことに対して否定から入る損な性格してなくてよかったぁ」


 看守長はその笑顔に向けて何のためらいもなく鍵を投げ渡すと、


「次はどこに行くつもりだ?」


「一般罪人収容所までお願いできるかな? ほんの数時間でいいんだ。大丈夫。いつもみたいに手足は縛ってくれて構わない。常に猟銃を僕の後頭部に突きつけて、ゆっくりお散歩しよう」


「俺は悲しいよ。そうでもしないとお前を外へ連れ出してやれないことがな」


「僕はここ、好きだよ? こんな愉快な仲間達、僕が昔持っていたお城の中以上さ」


 手足を縛られて出てきたイルムは、そのほかの部屋へ呼びかけるように告げる。


「おいおいイルムゥ! またてめーだけ外出るんかぁ!? 俺にも出させろよッ!! 糞爆弾野郎ボコりてーんだ!!!」


「あへへ……くらいあんと…にっ、なってくださいイルム。ここで私…ばいきんぐをつくりたいです」


 イルムは応えた者達に笑みを向け、


「ん~。君たちのそれ、逃亡前提じゃないか。僕だって少ししたらここ戻るつもりだよ? 交渉はもう少し頭よくしてかないと」


「おねがいしますイルム。たいへんきょうしゅくですが、ごけんとういただけるとうれしいです」


「ビジネス用語? でお願いしてもだめだよクリーオ。罪はちゃんと受け入れて、みんなで仲良く! ここで骨を埋めようじゃないか」



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



 一般罪人収容所は、公安ギルドの管理する大きな岩穴を掘り込まれて出来た巨大な収容所である。

 王都からの距離も遠くはなく、黒龍の被害が活発化するまでは監視も充分に行き届いていた。


 ただ、黒龍等の被害によって人材が削られてゆくことで収容所に駐在する騎士団も減っていき、現在はその監視すらもうまく行き届いていない状況となっていた。


「おい性欲おばけ! 変なとこ突っ立ってんじゃねえぞクソがッ!!」


「あ?」


 自分より二回りほど大きな男に肩をぶつけられ反射的に睨み返すのは、キリュウに為す術なく殴り飛ばされ下級犯罪者の牢屋に収容されたメギト。


 すぐに自分が現在“性犯罪を犯したやさぐれた中年男”の身体を乗っ取っていたことを思い出し、口を押える。


「おい性欲おばけ。“あ”ってどーゆーことだ? “あ”ってよぉ……この収容所の鉄の掟ェ! もう忘れたってのかあああ!?」


「忘れて……ねぇ…です」


「聞こえねぇなあ!? このクソ変態野郎が!!」


 こめかみをこん棒で殴打されて倒れるメギト。出血した頭部を抑え、フラフラと立ち上がる。


「俺様は優しいからもういっぺんいってやらぁ!! この監獄の序列は“クライム・カースト”によって分けられる!! 一番偉いのが殺人未遂!! 次に偉いのが暴行に人身売買!! てめーみてぇな? 強姦未遂とかいうゴミ糞にショーもねぇ〜罪は? いっちばん……しィィィィいたァァァァ!!!」


 白目を剥いた気持ちの悪い笑みを直近に近づけ、メギトを煽り立ててくる、


「やっちまいましょうぜガローさぁん!! 新しい奴隷も作りてぇとこだったんでい!!」


「未遂ってとこがだせーよな未遂ってとこがよー!! グゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!」


「おいグゴー! 気持ちわりー笑い声で笑ってんじゃねぇ!!」


「グゴオオオオオオ!!!!!!!!」


 ガローと呼ばれた巨漢に腹を殴られ、グゴーと呼ばれた男は地の上でのたうち回る。


「グゴーよ。俺様は三回ここに捕まってんだよ。しかもその内一回は殺人未遂。カーストもここじゃ最上位!! てめーはなんだ? なんだっけ? 言ってみろ?」


「は、はたけあらしですゥ」


「カスじゃねえか!!!」


 ガローに蹴飛ばされたグゴーがメギトめがけて飛んでいき、二人そろって壁に叩きつけられる。


 泡を吹いて気絶したグゴーをどかし、ギリギリと歯を軋ませてあふれ出んとする殺意を抑える。


 ーーはっ。平和なもんだ。なーにがクライム・カーストじゃ。人ひとり殺し損ねた程度で王様気取りできるたぁな。今すぐぶっ殺してやりてぇが、流石に王都と近すぎる。ここで俺が暴れたところで…王直騎士団とか全勢力注ぎ込まれて全部ぱぁだ。我慢だ。我慢しろ。


「すみません、でした。言うことは……何でも聞きます」


 感情を押し殺し、演じるように言葉を羅列するメギト。ガロー四角い頬を悪そうに歪ませ、


「じゃあよ、裸になってどーやって強姦しようとして失敗したかここで再現しろ」


「え?」


「おぉい! なに? “え”ってなに? はい! ここにお前好みのエロい女いました! 君はその女をジュルジュルヨダレ垂らしながら見てます! 我慢できそうにありません! さあどうしよう! まずどうしましたか!!!」


 失神するグゴーを指差して女役とし、ガローは命令を急かす。


 ーーやっぱ……こいつだけでも今殺すか?


 抑え込んでいた殺意は限界まで圧縮された空気のように爆発寸前。というより、既に穴という穴から漏れ出してすらいた。


「あん? なんだその眼は? このカースト最上位の俺様の命令が聞けねぇってのかぁ!?」


 こん棒を振りかぶるガロー。メギトは拳を握りしめ、


 ーーこ、これは流石に……我慢できねぇ!!!!


「エロい女がいたら? 愚問だね。匂いを嗅ぐと思うよ」


 軽快でかつ純粋無垢な少年のようにハキハキとした声が、両者の間をすり抜けるように響く。


「あん? 誰だおめッ」


 後ろでにまにまと笑いかけてくるに見つめてくる、女神のように整った顔立ちに慄くように、ガローの動きが止まる。


「お、おお……お、おおおおお!!!」


 まるで日光を浴びて成長する若葉のように生えているアホ毛と、何故か両手両足を縛り付けるように巻かれた包帯が特徴的な人物だった。


 それに引けを取らないレベルに整った顔立ちと、美しいエメラルドグリーン色をした瞳と髪。

 端的に言い表せば、絶世の美女だった。


「へへッ。女神様すら俺様にゾッコンってわけかい。なぁあんた、一体どんな罪をッ」


「いいかい、ご飯食べる時はまず匂いから入ると思うんだ、香りを楽しむ感じだね。寝るときはどうだろう? 僕は自分の枕の匂いを嗅ぐかな。何とも言えない香りが眠気を誘うんだ。わかるかい? 食と睡眠、二つとも三大欲求に含まれてる。性欲だって同じさ。異性の香りで程よくムラムラして……興奮するんだなぁ……って」


 ガローが美人に言い寄るよりも先に羅列された美人の言葉を、この場にいる誰もが理解に及んでいなかった。


「何言ってんだ……お前」


 ポロリと漏れた一言は、“性犯罪者”の演技ではなかった。


「おっちゃん、もし君の鼻が詰まっていたら今頃君は牢屋にいなかったかもね!」


「お、おめぇ……なんだその…声」


 ガローは後ずさりするようにその美人と距離を取る。

 その声色は少なくとも女性的ではなく、年端のない少年のようなものだった。


「ああ、君も僕のこと可愛い女の子とか思ってたんだ。いやぁごめんね、みんなの為にちんちん切ってあげたいなって気持ちもあるんだけど、すごく痛いらしいからなぁ……」


「き、気持ちわりぃ!! 寄ってくんじゃねぇ!!」


 気味の悪そうに前蹴りをかますガロー。

 両手足共に縛り付けられている緑髪の美青年は、その蹴りを躱すことも受け止めることもなく、


「がっ!!! ぐおおおおおおおおおッ!!!! い、いっっっっってええええええええええええ!!!!!!!!!」


 不自然な程綺麗に蹴りが直撃し、後方に吹き飛ぶ美青年。

 腹部を抑え、狂ったように悶え苦しむ。


「こんっなッ! カワイー顔して男だァ!? 気色わりーんだよッ!!」


 棍棒を振り上げるガロー。相当興奮しているのか瞳は血走しっており、顔面は真っ赤に染まっていた。


「ちょっ! ガローさん! これ以上はヤバいですって!」


 流石に焦りはじめた取り巻き数人がガローを牽制しようとその肩を掴むと、クルミを割るように棍棒を彼らの頭に叩きつけ、潰してゆく。

 その異常なまでに凶暴化した振る舞いを、メギトは怪しむように見つめていた。


「しねぇ!! 俺に逆らうやつはァ!! みーなっごろしだああああああ!!!!」


「ひ、ひいいいい!! ごめんなさーいっ!! 女の子よりもかわいい顔でごめんなさああああああああああああい!!!!!!」


 芋虫のように身体をくねらせて許しを乞う美青年。問答無用にその泣き顔めがけて棍棒が振り下ろされた刹那、


「おい。何をしている」


「か、看守長さんっ!!!!」


 美青年の表情はぱあっと明るみ、アホ毛が元気を取り戻したようにピンと立つ。

 対照的にみるみる青くなってゆくガローを覗き込み、


「それにしてもキミ、めっちゃくちゃ顔四角いな」


「イルム、下がっていろ。久しぶりにこの下等犯罪者共の収容所に来てみたが……ここまで酷いとはな」


「な、なんで……七つの独房(カラミティ・ゲージ)の監獄所長が……こ、ここにぃ……」


 棍棒を手放して後退るガロー。大顎をへし折られて戦意を喪失したクワガタのように両手足を縮め込み、大部屋の隅に逃げ込む。


「ど、どうか……重刑だけは勘弁を……」


「おおやったじゃん! おめでとう!! 罪が重くなったからもっと威張れるよ!!」


 身体をくねらせて祝福する美青年。看守長は怯えるガローの首根っこを掴んで引き摺り、


「安心しろ。これからお前が行くのは殺人犯の蔓延る“重大殺人犯収容所”だ。一般収容所の監視も強めておこう。人手不足とはいえ……ここまでとはな」


「じゅ、じゅうだい……しゅうよう…………」


「黙って着いてこい」


 予期せずに打ち込まれた膝蹴りに悶えるガローの髪を引っ張って持ち上げ、看守長は続ける。


「俺はお前にイラついてんだ。よくもやってくれたな」


「あ……あへ…………ええへへへえへへ」


 涙と鼻水でぐしょぐしょになった顔面に打ち込まれた拳には“大切な友の仇”を彷彿とさせる確かな『私怨』があった。


「うぉおおおお!!! 看守長さんすげええええ!!」


「こ、これでクソガローからの支配から解放されるぜー!!」


「重大犯罪者収容所はここと違ってネズミ一匹逃げられない鉄の檻ッ!! 王都に協力してるっつーオークの連中も看守やってるらしいぜ!!」


「ははっ! そいつァいい!!」


 先程まで取り巻きをしていた者達の狂喜する声だった。

 クライム・カーストで保たれていたはずの絶対の順列が、この日を以って跡形もなく崩れ去っていった瞬間だった。


「自慢のカーストが崩れるまで4分42秒! 気持ちいくらいの手のひら返し! こーゆーのなんだよなーこーゆうの!」


 いつの間にか隣につき、連行されてゆくガローに手を振りながら語りかけてくる美青年。


「おまえ……なんなんだ?」


「見てわからない? イモムシだよ。嘘ついて捕まりました! 以後よろしく!」


 懐疑的な視線で訴えた問いにすら、ふざけたような答えが返ってきた。


 そのおちゃらけた雰囲気が鬱陶しく、眉をひそめて背を向ける。

 そんなメギトの態度をまるで気にしていない様子の美青年は、満面の笑みをこちらに向け、おもむろに頬を突き出すと、


「ごめん。ほっぺた痒くてさ…掻いて欲しいんだ。こんなに縛られちゃ痒いとこ一つ搔けない」


「……ふざけてんのか? ここ監獄だぞ」


「それならもうちょっとちゃんとふざけるかな。“ほっぺた掻いてください”なんてふざけ方、流石に地味すぎない?」


「あークソうるせぇ……さっさと貸せ」


「やったー!」


 顔だけを背けたまま彼の頬に触れる。女性的な柔らかさを持った肌触り。そして確かに感じる魔道回路。


 能力上の関係で、一般人の持つ魔道回路についてそこそこの知識を持っていたメギトだが、そんな彼が思わず眉をひそめて固まってしまうほどには、その青年が持つ魔道回路は極めて“異形”だった。


「……待ってるよ。君の力になりたいんだ」


 こちらが抱いた違和感を見抜いたように、そしてそれをまったく隠す様子もなく、青年は告げる。

 そんなどこまでもおちゃらけた様子の青年に向け、メギトはただ眼力を強めて問いかける。


「おまえ……まじでなんなんだ?」


「だから、イモムシだって言ってるでしょ」


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